シナリオプランニングの手法から~コロナ禍を考える(2)

現状分析の技法(1)


東京大学公共政策大学院 元客員教授

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 このシリーズではとりわけ、シナリオプランニングで使われる「現状分析の技法」解説をやりましょう。現在、複数のエネルギー企業・研究機関が、新型コロナをテーマにシナリオスタディに入っているが、揃ってこの作業に難渋しているようなのだ。
 コロナ禍に見舞われたとたん、一斉に、騒がしく、大量のコロナ関連情報がメディアを介して押し寄せてきた。某社のシナリオスタディチームでは、これらを手分けして読み込み、シナリオ作品の最初のパートである現状分析を取りまとめようとする。どこかで聞いたような話をつなげて、800字の作文ができた。経営会議の場でスラスラと読んでくれればそれでよい・・・ これではエネルギー調査会関連の委員会の中間報告(案)の前文、みたいだ。専門性が弱くとも作文能力で書けてしまうだろう。
 シナリオ手法では、ここは、違う。現状分析パートは、のっけから読者に不確実な未来を予感させるよう、データを揃えて語りかけ、聴く者の健全な批判的な知性と感性を挑発すべきなのだ。

 さて、現状分析作業にはノウハウがある。それは分析者の目に留まった解説記事を、次々と、論理的にすっきり、はっきり、整理してゆく、という技法です。ここでもカードが活躍する。 
 “論理的にすっきり、はっきり”とは、すなわち論理学の分野の応用でして、右図で説明してみます。最初に、2つのデータの間にある関係を考えてみる。単純な図だが、基本です。

 まず、AからBへの一方向矢印で図示した関係の論理、つまり「前後関係」と「因果関係」は、一目瞭然、明快である。前後関係とは、Aの後にBが起こる、という関係。因果関係とは、Aが原因でBが起こる、という関係です。
 AとBを双方向矢印で結んだ関係は、ややこしい。AとBの間に変化を共にする関係が確かに観察されている。これを「相関関係」と呼ぶのだが、さて、どちらが原因でどちらが結果なのか、あるいは、AとBのどちらが先に起こっているのか、不明です。さらにAとBとの間に観察された相関関係は、全くの偶然なのかもしれないのだ。

 この前後関係、因果関係、相関関係、の3つの関係について、これから具体例で説明をしてみます。
 まず、これはもうおなじみのストーリーになりましたね。
 「PCR検査が増加したから、感染者数も増えた」・・・のだろうか? PCR検査体制整備と検査数の増加、は、感染者数増加の原因ではなかろう。2つの事象の間には前後関係が推測できるが、因果関係を認めがたい。
 さらに「BCG接種が行われている国々は、コロナ禍による重症化率が低い」 この2つの事象の間には相関関係が存在するようだが、今のところ因果関係は確かめられていない。

 次に、因果関係を逆転させたストーリーの例。
 「パブリックコメントの本数が多いほど、エネルギー調査会関連委員会での議論は甲論乙駁、盛り上がっている。だから、パブコメ数が多いのが、委員会の場の議論を盛り上げている原因である」
 この種の委員会の公式・非公式の議論の進行実態を振り返れば、これは、因果関係が逆である。AからBへの一方向矢印を逆向きにつけてしまった失敗例であります。

 少し前の本ですが『「社会調査」のウソ リサーチリテラシーのすすめ』谷岡一郎、平成12年 から、筆者は今なお学びます。この中に、いっぱいヘンテコな例が出てきて面白いので、引用します。
 昔、「子供をキレさせないための食事」という文科省の研究があったのだそうだ。ジャンクフードを食べる頻度と非行の間に相関関係が発見されたというので、栄養学者も参加して、血糖値がどうした、とか研究をした、という。この相関は単に、親のしつけの手抜き、という、おおもと原因から派生した2つの結果ではないのか。「A:ジャンクフードを食べる頻度」と「B:非行」に加えて「C:親のしつけの手抜き」のカードをもって来て、CからAとBに向かって因果関係の矢印を描けば、納得できる説明ストーリーができるだろう。栄養学的な因果関係は、それは栄養学者だから、何か頑張って研究成果を出してきたかもしれないが、説明としては補助的なものだったろう。

 最後に、相関関係が偶然の一致かもしれない、というお話の紹介。
 筆者は、博報堂生活総合研究所さんが2年ごとに発表する『生活定点』調査レポートのファンですが、このなかに面白い分析があります。それは、よく似たトレンドを示す2つの定点調査グラフを並べて見せて、さて、この2つの調査結果に、相関関係(や因果関係)を想定してよいのでしょうかしらん、と問いかけてくるもので、たとえば、こんな・・・


出所:博報堂生活総合研究所 HP

 むむ、「地球環境の保護について考えている」と「世の中のことでいやなことや腹の立つことが多い」という2つの質問の定点観測データを、時系列で並べて見せている。同じように男性30代をサンプルにして、同じように1990年代から直近までの期間。2つの問いに対して「そうだね、賛成!」の答えが、同じ形のトレンド線を見せている。どんな関係になっているのだろうか? なにか因果関係ストーリーを思いつかれましたか?

 それでは、これはどうでしょう?


出所:博報堂生活総合研究所 HP

 「環境を考えた生活をすることは自分にとって快適だと思う」と「バーゲン・セール・ディスカウント情報に関心がある」という2つの質問の定点観測データ。同じように女性30代をサンプルにして、同じように1990年代から直近までの期間。「そうだね、賛成!」の答えが、同じトレンド線を見せる。

 今回は、道具立ての解説までで紙面が終わってしまった。エネルギー関連企業の皆様を念頭に置いた現状分析の試みは、次回やってみましょう。今回説明した論理学の基本を用いて、手元に集めた数多のコロナ関連情報の品質チェックをするのです。