歴史の中のニューノーマル
書評:ジェームズ・C・スコット 著、 立木 勝 訳『反穀物の人類史 ―国家誕生のディープヒストリ― 』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞からの転載:2020年5月29日付)
古代史には、偉大な文明が突然消滅し、その後に暗黒時代が何百年も続くことがある。ギリシャもメソポタミアも然り。
四大文明の農耕国家は、徴税をしやすい米などの穀物を選び、奴隷やそれ同然の臣民に強制的に耕作させて富を築いた。都には壮麗な建築を造り、また歴史を編さんした。後世の歴史家はこれら遺物を愛好し、それが消滅すると暗黒時代と名付けた。
農耕国家には致命的な弱点があった。大勢の人が、多くの家畜と共に集住することで、パンデミックに対し脆弱だった。もともと群れで行動する動物には伝染病が付き物だった。それが家畜化され、多くの人々と不衛生な状況で集住し、家畜から人に伝染病が移った。人口が増え、交易が進むにつれ、パンデミックはますます頻繁になった。
歴史では、ふつう、狩猟採集や移動耕作は原始的な形態であり、一つの場所に集まって住み、穀物を育てるようになることが進歩であり、それが国家に発展した、と語られる。だが実際は、もっと紆余曲折があった。1万年前から穀物はあり、定住の痕跡もあるけれど、その地域は限られ、また定住地はしばしば放棄された。1万年前の人口は4百万人、それが5千年前になっても5百万人と、ほとんど増えていない。理由は伝染病だ。定住は持続可能でなかった。古代国家も極めて脆弱だった。
さて暗黒時代は、庶民にとっては、決して暗黒ではなかった。国家の支配を逃れ、辺境に着いたが、そこでの暮らしは悪くなかった。辺境での移動農耕や狩猟採集は、国家支配の下の強制労働に比べれば、体への負担は少なかった。国家による搾取的な徴税も無かった。辺境の多彩な食事の方が、穀物国家よりも、栄養も良かった。
歴史とは、常に、勝者や権力者が、己を正当化すべく書く。我々のよく習う歴史もそうで、奴隷と臣民を支配する穀物国家の立場で書いてある。だから奴隷や臣民が辺境に逃げ出し、国家が崩壊すると「暗黒時代」とされる。だが、伝染病から逃げた人々は、同時に国家権力からも逃げ、隷属状態を脱して自由になった。このような「ニューノーマル」は、歴史上、至る所で繰り返し現れた。
さて今、我々は巣ごもり生活を余儀なくされている。だがこの先に、狭い家に住み、満員電車で通勤し、長時間勤務するのではない、自由で健康なニューノーマルが待っているかもしれない。
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『反穀物の人類史 ―国家誕生のディープヒストリ― 』
ジェームズ・C・スコット 著、立木 勝 訳(出版社:みすず書房)
ISBN-13: 978-4622088653