孫氏投資のビル・ゲイツ・ファンド

再生エネ常時利用技術を推進


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「サンケイビジネスアイ」からの転載:2020年6月10日付)

 フォーブスの世界富豪ランキングでは、アマゾン創始者のジェフ・べゾス氏に次ぐ世界第2位、約1000億ドル(約10兆7700億円)以上の資産を保有するビル・ゲイツ氏は、慈善活動に熱心なことでも知られている。彼の大きな関心は世界の貧困の撲滅にある。そのため、最貧国における飢饉、栄養失調などの健康問題にも深い関心を持ち、新型コロナウイルスの影響が拡大する前から専門家に会い、話を聞いては新型感染症の拡大に備えるように警鐘を鳴らしていた。感染症が広がれば大きな被害を受けるのは、備えがなく、十分な治療を受けられない最貧国の人たちだからだ。

電源開発に注力

 彼が健康問題と同様に関心を持っているのが、エネルギー問題だ。世界に10億人といわれる電気がない生活をしている人に安価な電気を安定的に届けることが、自給自足経済の最貧国が発展するためには必須だと考えているからだ。自給自足経済の最貧国の人たちは、温暖化が進めば農業に大きな影響を受けることから、ゲイツ氏は温暖化の問題にも関心を持ち、温室効果ガスを排出しない競争力のある電源の開発に力を入れている。

 まず手掛けたのは、原子力発電だ。2005年から原子力技術の検討を始めた。その結果、廃棄物である劣化ウランを利用した新技術であれば、安全性に優れ、廃棄物を生まず、核拡散も引き起こさない原子炉を作りあげることが可能になると考えた。新型炉の開発と実用化を図るテラパワーを08年に設立し、会長を務めている。

 ゲイツ氏は再生可能エネルギーにも力を入れている。特に天候次第で発電量が変わり不安定電源となる太陽光、風力発電の電気をいつも使えるようにする技術に関心を示している。

 ゲイツ氏が、再生エネと原子力に力を入れるのは、現状の技術を前提にすると再生エネだけでは、電気料金が大きく上昇するからだ。安定的に安価な電気を供給するには、エネルギーを組み合わせることが重要とゲイツ氏は考えている。

 仮に将来、再生エネの電気を安価、安定的に供給するための新技術が実現すれば、二酸化炭素を排出しない電気のコスト下落が実現する。

 エネルギー問題を解決するのは、原子力と再生エネの新技術と考えるゲイツ氏が中心になって15年に設立された革新的エネルギーベンチャー(BEV)と呼ばれるファンドだ。成果を出すには10年単位の時間が必要な息の長い技術開発に投資するファンドだ。

世界の資産家続々

 ゲイツ氏が中心になり設立したファンドには、多くの企業、資産家が出資している。企業ではマイクロソフト、GE、石油大手の仏トタルなどに加え、ウエルスファーゴ、BNPパリバなどの金融機関も名を連ねているが、日本の企業は残念ながら見当たらない。個人の主な出資者としては、べゾス氏、フェイスブックのザッカーバーグ氏、ジョージ・ソロス氏、マイケル・ブルームバーグ氏、中国アリババ創始者の馬雲氏、インド・タタグループのラタン・タタ氏と、世界の資産家リストを見るようだ。日本からはソフトバンクの孫正義氏が名を連ねている。

 ファンドが対象とする投資先は、電力部門に加え、二酸化炭素排出量の多い運輸部門、あるいは農業部門、製造部門などの排出削減に大きく寄与する革新的な技術開発を行っている企業だ。ゲイツ氏が関心を持つエネルギー分野での投資は、次の考えに基づき行われているようだ。

 ゲイツ氏は、競争力のある電力を安定的に供給するため、原子力に加え、再生エネを常に利用可能にする新技術開発を行うベンチャー企業を有力な投資先として挙げている。再生エネからの電気を安定的に利用するためには、今でもリチウムイオン蓄電池を使えば、風が吹かず、日照もないときでもためた電気を使えるが、ゲイツ氏は現状の蓄電池の放電時間は実用的ではなくコストも高いと考え、週、月単位で利用可能な競争力のある蓄電技術が必要としている。

 そんな中で投資先企業の一つが、新型蓄電池の商業化の実証試験開始を発表した。電気自動車(EV)メーカー、テスラで蓄電池部門の責任者を務めていたマテオ・ジャラメロ氏とMIT(マサチューセッツ工科大)教授などにより17年に設立されたForm Energy(フォーム・エナジー)は、当初からBEV、サウジアラビア・アラムコ、MITのベンチャーファンドなどからの出資を受けていた。18年には、イタリア政府系石油会社ENIなどが新たに出資者に加わった。

長時間蓄電池に期待

 Form Energyが開発しているのは、長時間利用可能な蓄電池だ。現在、EVなどに利用されているリチウムイオン電池を太陽光・風力発電からの余剰電気の蓄電に利用した場合には、最も利用時間が長いものでも4時間程度しか利用できない。コストも高い。同社の蓄電池は連続150時間使用可能だ。さらに、コストもリチウムイオン電池の5分の1以下とされている。

 大規模なリチウムイオン蓄電池を送電系統の中に導入する必要に迫られたのはオーストラリアだった。南オーストラリア州は石炭、天然ガスに恵まれている豪州の中では珍しく化石燃料のない州だ。ただ、南極からの風量には恵まれているため、石炭火力を廃止し大規模な風力発電設備を導入したが、その結果、16年から夏場の電力需要が高いとき、凪になると停電するようになった。また電気料金も風力発電量が多いデンマークを抜き世界一といわれるほど上昇した。

 この状態をみかねたテスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏が州首相に持ち掛け、100日間の工事で17年末に導入したのが、世界最大10万キロワット(12.9万キロワット時)の蓄電池だった。電力供給は改善され、今年4月の蓄電池の能力は15万キロワット(19.35万キロワット時)に増強された。

 風力発電と蓄電池の組み合わせでうまくいっているが、問題はコストだ。当初の10万キロワット蓄電池の価格は9580万豪州ドル(約72億円)。テスラと組んでいるパナソニック製ではなく韓国製電池だが、風力発電設備にこの費用を加えると発電コストは高くなる。しかも、蓄電池が使える時間は1.3時間程度だ。

 Form Energyの電池は、今までの報道を総合すると水系空気電池のようだが、詳細は発表されていない。ミネソタ州の電力会社が、この新型電池を風力発電設備と組み合わせて実証試験を実施する、と5月初旬に報道された。ミネソタ州は風量に恵まれているが、例えば北極から超低気圧が来襲すると風力発電設備は長期にわたり使用できなくなる。150時間利用可能な1メガワット単位の蓄電池が23年までに導入されるが、規模の拡大は容易とされている。商業ベースの稼働が実証されれば、ゲイツ氏の構想が再生エネ拡大に大きく寄与することになる。