原子力発電とタクソノミー
~欧州委員会への公開書簡をめぐって~
前田 一郎
環境政策アナリスト
6月3日、欧州の25の電力会社および13の原子力関係団体が、フォンデアライエン欧州委員会委員長、ミシェルEU理事会常任議長、サッソリ欧州議会議長らに対する公開書簡を発表した。前例のない新型コロナウィルスによるパンデミックの中で原子力は低炭素エネルギーの中心的役割を果たしているとして、以下の2点を求めている。
- ①
- 原子力投資のための明確なシグナルを出し続けること。
- ②
- EUタクソノミーにおける原子力の位置づけを迅速に解決するため、科学に基づいた環境評価を行うこと。
今回の公開書簡を提示することで今後のタクソノミー審議においてこれら原子力産業は重要なステークホルダーになることを企図している。
今後の審議はいわゆる非立法行為(原語はdelegated act)により行われる。これは欧州委員会に対して欧州の指令・規則・決定(などの立法行為)の一部の「本質的でない」部分の修正、改正をすることにより、欧州委員会は具体的な細則を規定することができるものであり、今回の原子力発電に関する評価はこれによることになる。欧州議会およびEU理事会が反対をしなければ欧州委員会はこの規定を採用することになり、効力を発する。
EUタクソノミー規制においては「2020年末までの数ケ月の間に持続可能なファイナンスプラットフォーム」が立ち上げられ、ここで多様な専門家とステークホルダーが集まり、タクソノミーの技術的基準について助言を提供することになっている。このプラットフォームでは、2019年12月に合意された持続可能な経済活動のためのグリーンリスト分類システムに入っている対象技術を精査することになっている。加盟国、EU、関係する市場当事者たちは、2021年末までに気候関連対象技術について、2020年末までに環境対象技術について、その要求に適合させるため活動を開始することになっている。
このプラットフォームはさまざまな公的および民間組織からなる。すなわち欧州環境機関、欧州監督当局(欧州の銀行、保険、証券などの監督を担当)、欧州投資銀行、欧州基本権機関に加え、産業界、特定分野の科学専門家、ESG関連民間団体、労働機関、学術機関も入っており、当然原子力産業界もメンバーに入る。加盟国は加盟国の持続可能ファイナンス専門家グループを通じて諮問することとなっている。
いわゆる非立法行為が欧州委員会に採択された後、加盟国および欧州議会はこれに反対することができる。したがって、これは予定されたタイムテーブル内に効力を発するかは確実ではない。欧州議会とEU理事会の2019年12月のタクソノミー基準合意時、原子力が特に排除されず欧州の原子力関係者はこれを歓迎したが、同時にいわゆる「著しく(環境を)害することがない」(Do No Significant Harm;DNSH)原則を巡ってこれが強化された場合、原子燃料サイクルに関連する汚染リスクによって原子力が持続可能産業の最終リストから外されるかもしれないという懸念がつきまとっている。
今回の公開書簡は原子力に関する当該産業の立場を提示するとともに、原子力は持続可能な電力供給源として認められるべきであるとの信念を明確にした。しかしながら、今後議論がすすむにつれ、環境グループや原子力への懸念を持つドイツなど加盟国からの反論に遭遇することも十分予想される。
興味深いことにドイツは7月、13年ぶりにEU理事会議長国になった。当然EUの立法にも責任をもち、議長国としては中立の立場を保持しつつも原子力のフェーズアウトおよび短期的には石炭への投資を維持するという、現在のドイツの政策はタクソノミーの議論にある程度の影響を与えるであろう。
今後しばらくはタクソノミーについてのコンセンサスに向けて交渉が行われるが、まだ多くの困難が予想される。
- 出典:
- 2020年6月3日付けEuractive ニューズレター
2015年7月31日 JETRO ビジネス通信