シンガポールに大量の再エネ電力が導入されるか
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
シンガポールは1963年、マラヤ連邦とボルネオの二州(サラワクとサバ)とともに、マレーシア連邦の一員として独立したが、水と天然ガスをマレーシアからの輸入に頼り、東京都23区ほどの大きさしかない島で農地もほとんどないために、食料も殆ど輸入に頼るしかなかった。生活に欠かせない水、食料、電力の自給率を上げることが、同国の重要施策となっている。
水については、雨水の貯留、下水の浄化、海水の淡水化などによって、少しずつ自給率を上げてきた。シンガポール湾を外海から切り離して淡水湖にするなどのプロジェクトを推進し、今ではほぼ70%の水を自給できるまでになっている注1)。食料については、野菜農場をビル内や屋上に開設するなどを推進したが、それには限度があることから、食料輸入先の多様化、分散化によって安定供給を確保してきた。この多様化は、今回のCovid-19のために輸入が滞ったのに対し有効に機能したと言われている。
電力については、発電用燃料として、大部分をマレーシアから輸入した天然ガスに依存し、若干の輸入石油と石炭が使われてきたが、2003年にインドネシアから654kmの海底パイプラインで天然ガスの輸入が始まり、さらには、2013年からはLNGの輸入も開始されたため、現在では電力の95%ほどが天然ガスによる火力発電になっている。残りは石油や石炭の他に太陽光やバイオマス利用で発電されているが、政府は太陽光発電を屋上設置や水上設置で拡張しようとしている。
このような状況の中で、インドネシアが、これまで20年契約で供給してきた天然ガスの輸出を、契約が終了する2023年に停止すると通告してきた。これはLNGの輸入によって代替することはできるが、天然ガスを発電用燃料とする限り、シンガポールが推進しようとしている地球温暖化ガスであるCO2の排出量削減が難しくなる。このタイミングで提案されたのが、オーストラリア北西部に巨大な太陽光発電設備を設置し、その電力の一部を海底設置の高圧直流送電線でシンガポールに送るというプロジェクトだ注2)。
これを提案したのは、シンガポールにあるSun Cable社注3)。その計画は、オーストラリアの北部地域Tennant Creekに2,200万枚のソーラーパネルを設置して1,000万キロワットを発電。その内の700万キロワットを北部準州の州都であるダーウインに供給し、300万キロワットを、世界最長となる3,800kmの海底設置高圧直流(HVDC)送電線でシンガポールに送るというものだ。これが実現すれば、シンガポールの電力需要の2割程を賄うことになり、同国の気候変動対応策として大きく貢献することになるのは確かだ。
HVDCラインの両端には大型蓄電池(20~30GWh)が設置され、送電量の平滑化を行う。現在送電ルートの調査を行っているということだが、これまでの海底設置HVDC送電線で最長のものは、アイスランドと英国やドイツに接続されている1,500km程のものであるだけに、この新プロジェクトが成功すれば、世界の電力供給網に大きな影響を与えるだろう。
しかし、これに着手することができたとしても、運用開始までには少なくとも10年が必要だと予測されている。HVDCラインが通るインドネシア近海は地震多発地帯であるし、盛んな漁業への影響も懸念されている。だが、Sun Cable社は資金調達の段階に入ったとし、まだ正式には関与していないシンガポール政府も関心を示していることから、この計画が実施に移される可能性は高そうだ。