エネルギー・環境ビジネスにおけるシナリオプランニングの手法(4)

コロナ自粛に悩む経営戦略スタッフのために


東京大学公共政策大学院 元客員教授

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部長 島 耕造

 シナリオプランニング手法を紹介しています。こうやって進めれば私企業の経営戦略検討に役立つだろう、と実践経験をもとに書いています。

 前回、ビジネス書を漁るのに熱心な企画部門の若手スタッフを登場させた(架空のお話。モデルはいません)。この若者がシナリオプロジェクトの担当である。今後のシナリオスタディの進め方について、上司に相談をしに来た。
 先日の経営陣ワークショップを踏まえて当社の10年先未来を考えるに、不確実性が高くて経営への影響が大きい課題を「アジア大規模投資プロジェクトは10年後に稼いでいるか? それとも失敗して撤退しているか?」、そして、「コロナ禍=パンデミックが2020/21年に一過性で収束するのか? それとも5-10年周期で繰り返されるか?」、この2つの課題を選びました。それぞれのテーマについて更にスタディを進めたい、こういう相談である。
 この2テーマは経営トップの皆さんが先日のワークショップで、皆さんで選んだのですから・・・と言う。この若者は「アジア投資が順調に稼ぎ、コロナ禍が2020/21年に収束する未来が、当社にとっての最善のビジネス環境であります!」と、実に、マヌケな結論を持ってきた。
 経営企画部長 島 耕造は、教育に熱心である。ビジネス書の書き手なんかよりよほど洞察力と指導力を鍛えている。
 若手たちを集め、面と向かって諭す。
 「なぜ、データカードを疑問文の型式で書いて、ワークショップを始めたのか。将来展開が見通しにくい課題だナ、と分かってもらいたいからだ。つまり、未来展開のありようを問いかけている疑問文に対する答えは、幾通りも思いついてよい。企画部隊が用意した疑問文をきっかけに、経営トップたちは、更なる課題を見つけ、アイディアを出してゆく。これこそが、シナリオストーリーの萌芽なんだ」。
 「ワークショップの結論ではなくて、あの「場」の議論を想いだしたまえ。ひとつの疑問文カードから、実にさまざま、思い付きが広がっていっただろう。彼らは、疑問文型式で用意された「問い」、を懸命に問い直し、問い深めていった。彼らは当社の未来を真剣に語り、語ることによって、当社の未来を創った。私は、こういうクリエイティブな「場」を励ます役目、つまりファシリティターに廻った。この直観的な思考と自由闊達な意見交換の、集団的ダイナミズムこそが、シナリオプランニングの手法だ」。
 「君たちがアタマがよいのはわかっておる。が、君たちはワークショップの着地点から、着地点をそのまま受け取って、その先の仕事をやろうとする。分析的、演繹的に・・・こんなのはマネジメントサポートになっていない。トップたちが当社の長期未来を懸念し、自問し、何かを掴もうと探索していた、あの「場」の熱気・・・ そこから次のステップを提案したまえ。君たちも、当社の未来の一部になりたまえ」。
 そして部長 島 耕造は、ワークショップの最終仕上がり画面(前稿を参照)に、青いサインペンで、2つの太い破線、を描いた。

 「これが、君たちの次の仕事に必要な補助線だ。アジア大規模投資プロジェクトの成否、について、あの時の経営陣は明らかに情報不足で、皆がデータの不備に不満だった。10年後のプロジェクトの成功を条件づける事象は何か?失敗に導かれてしまう環境変化は何か?この課題には深い調査が必要だ。たぶんシナリオ型式での論点整理になる。われわれ企画とアジア事業部門が共同してスタディをする。それから、この、大きな楕円形の囲みだ。何か見えてきたか、君?」

 あ、注目すべき問題連関が現れている。
 2020年のコロナ禍の経験をへて、日本社会は、情報系ICTと物流系の2つのインフラ、それも需要端にとどくインフラがライフラインであることを知った。そして両インフラを支えるエネルギーの重要性。当社の存在意義と成長の方向が見える。パンデミックは繰り返すのか? 鎖国? 国内のエネルギー、物流、ICTのインフラ強化? もし、こういう政策を政府が採用すると高コスト社会になる。たぶんいろんな原料や製品のライフ・サイクル・アセスメントは悪くなる。CO2に悪影響かも・・・。そして、「新しい生活様式」は定着するのか? 会社組織のあり方は、どう変わるのか?
 部長 島 耕造は命じた。「みんな、この未来の問題連関をシステム化して、掴んでみてくれ」
 部長は、この手書きの破線を書き込んだスライド1枚を携えて、社長と面談に行き、スタディの方向が了承された。調査を強化し、現業部門と議論しながらシナリオ作品を仕上げてゆくのだ。次回の経営戦略会議でのディスカッションは3か月後と、決まった・・・。

 ここで、シナリオプランニングの技法解説をする。
 シナリオ作品を制作するに、帰納的アプローチと演繹的アプローチがある。2つのアプローチの違いは、どのような手順でシナリオ作品の基本フレームワークを見出してゆくのか、という実践技法にかかわる区別である。

 違いを説明しよう。
 帰納的アプローチでは、ワークショップで収集したデータカードを、現在から未来に向かう時系列上で、話しの筋道が追えるストーリーになるよう、並べてゆく。このアプローチはけっこう手間がかかる。大画面に貼りつけた、たくさんのデータを目の前にして、じっくりと眺めている。取りこぼさないよう、むやみに捨てないよう、注意する。カード同士の因果関係や前後関係、新たな事象が出現しそうなタイミングをヒントに、将来までの道筋を、長時間、試行錯誤しつつ、書いてみる。こんな作業からシナリオ作品のフレームワークが見つかるのが、帰納的アプローチであります。
 データカードを時間軸で並べてゆくと、いろいろなストーリーが大画面の上で一同に会する。ここで、たくさんの異なったストーリー同士が干渉しあったり、衝突したり、融合を始めたりする。このロジックの流れを生かしてゆけば、自然と、基本のフレームワークが成立してくるのだ。
 もちろんシナリオ作品は、経営戦略ディスカッションに使うのだから、長期ビジョン・ミッション・バリューを念頭に置きつつ、未来に向かう自社の足どりを書き進んでゆくのだ。

 帰納的アプローチでは、例えば以下のような途中作業が見られます。

次回は演繹的アプローチについて、解説します。