コロナウィルスと欧州グリーンディール(2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
4月7日付けの記事でコロナウィルスに席巻された欧州においてフォンデアライエン委員長の看板政策である欧州グリーンディールを棚上げしてコロナ対策に注力すべきとの議論が生じていることを紹介した。
こうした動きはもともと温暖化対策に懐疑的な東欧諸国(特にポーランド)から出ているものであり、驚くにはあたらないが、コロナウィルス禍にかかわらず、温暖化対策をより一層強化すべきとの声はそれ以上に強い。欧州では環境ロビーの声がことのほか強いという証左である。
3月26日にはWWF,CAN等のNGOが欧州議会、欧州理事会、欧州委員会に対し、コロナ禍からの景気回復策につき、以下のオープンレターを発出した。
https://www.wwf.eu/?uNewsID=361654
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- 景気回復パッケージはfuture proof で透明性をもって策定すべきである。
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- Business as Usual はオプションではない。ターゲットを特定しないエコノミーワイドの対策は時代遅れで環境を汚染する産業、技術に対する救命ボートになる。
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- 運輸部門の脱炭素化、建物リノベーション、再エネ導入加速、大規模自然回復プロジェクト等、公共の利益に合致した大規模でサステナブルなイニシアチブに資金を投入すべきである。
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- サステナブルファイナンス政策を加速し、サステナブルな投資とそうでない投資を峻別し、数兆ユーロの資金をbrown からgreen にシフトすべきである。
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- 景気刺激策はサステナブルな方向にビジネスモデルをシフトさせるfuture proof な企業を対象とすべきである。
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- 大企業への公的支援はEUの2050年ネットゼロエミッション目標との整合性を条件とすべきである。
景気刺激策において欧州グリーンディールを中核にすえるべきと主張するのみならず、グリーン化にとって「邪魔な」産業、技術を救済することはまかりならない、ということである。その選別基準として一昨年来、議論されているサステナブルファイナンスのタクソノミーが使われることは言うまでもない。
4月9日にはオーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシア、イタリア、ラトビア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スロバキア、スロヴェニア、アイルランド、マルタの17カ国の環境大臣が連名で以下の意見広告を発出した。
https://www.climatechangenews.com/2020/04/09/european-green-deal-must-central-resilient-recovery-covid-19/
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- 現在、コロナとの戦いに注力しているが、気候・環境危機を見失ってはならず、政治的モメンタムを維持せねばならない。
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- COVID-19の教訓は早期の行動が必要だということ。気候変動や生物多様性に関する行動を怠ることによるリスクやコストを最小化するため、野心レベルを維持すべき。気候行動の後退が環境、健康、経済に影響を与えることになってはならない。
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- 3月26日にEU首脳がグリーン経済、デジタル経済への移行を盛り込んだ包括的な景気回復パッケージの策定を欧州委員会に求めたことを歓迎。欧州委員会は欧州グリーンディールをパッケージ策定のフレームワークとすべきである。
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- 欧州グリーンディールは新たな成長戦略であり、経済刺激・雇用創出と費用効率的なグリーン経済への移行の2つの便益をもたらす。持続可能なモビリティ、再生可能エネルギー、建築物リノベーション、研究開発、生物多様性、循環型経済に関する投資を拡大すべきである。
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- 現下のコロナ危機に対し、化石燃料経済を今後数10年ロックインするような短期的な解決への誘惑に耐えなければならない
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- COP26は延期されたが、本年末前に2030年目標を引き上げるとの予定を堅持すべきである。欧州委員会が9月に2030年目標を90年比▲50-55%に引き上げる方向であることを評価する。EU-ETS、環境規制、セクター別目標を維持・強化すべきである。
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- EUは世界に対し、気候中立とパリ協定の達成に向けた指導的役割を果たすとの政治的シグナルを送るべきである。
EUではユーロ危機において甚大な影響を受けている国々への救済措置をめぐってドイツ、オランダとイタリア、スペイン、ギリシア、フランス等が激しく対立したが、コロナ危機をめぐってもコロナ債を主張するイタリア、スペイン、フランスとこれに反対するドイツ、オランダという同じ対立構図が現出した。EUの存続そのものにもかかわる問題と言われているが、温暖化政策ではブラッセルを中核にEU諸国の環境当局の横の結束が非常に強い。上記の国々の環境大臣が仲良く名前を連ねている。
欧州委員会は本年3月に欧州グリーンディールの第1弾として2050年ネットゼロエミッションを盛り込んだ欧州気候法案を提出した。2030年目標については現在の90年比▲40%を▲50-55%に引き上げるというのがフォンデアライエン体制の目論見であるが、欧州議会では90年比▲65%を目指すべきとの議論も生じている。これは欧州気候法案の議論をリードするスウェーデンのグーテランド議員(社会民主党)が提起したものであり、2050年ネットゼロエミッションを目指すには90年比▲50-55%では不十分だというのが理由だ。
https://www.euractiv.com/section/climate-environment/news/eu-lawmaker-puts-65-emissions-cut-on-the-table/
グリーンピースは「コロナウィルスで我々が学んだことは、政府が科学の声に耳を傾け、迅速な行動をとらねばならないということだ」としてこの動きを歓迎している。欧州議会内では中道左派の社民党(S&D)と最左派の欧州統一左派・北方緑の左派同盟(GUE/NGL)が▲65%目標を支持する一方、最大会派の欧州人民党(EPP)は▲50%を超える目標設定は厳格な費用便益分析を行うと共に中国、米国の出方も見る必要があるとの立場である。右派の欧州保守改革(ECR)は有志議員が連名で「温暖化対策よりもコロナ対策を優先すべきだ」とのレターを発出していることもあり、目標引き上げそのものに反対である。しかし欧州議会の勢力分布を見れば、▲65%への引き上げはハードルが高いとしても▲50-55%への引き上げに収斂する可能性が高い。
4月23日の欧州理事会においてEU首脳は欧州委員会に対して1兆ユーロの「景気回復基金(recovery fund)」案の作成を指示した。1兆ユーロの基金はGDPに応じて加盟国から調達され、具体的な使途については今後議論されることになるが、フォンデアライエン委員長は「欧州グリーンディールが景気回復のエンジンになる」と述べている。
https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/questions-remain-over-green-aspects-of-eu-recovery-plan/
https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/green-deal-will-be-our-motor-for-the-recovery-von-der-leyen-says/
欧州ではドイツが外出制限を緩和し、店舗を開け始める等、コロナ禍収束の兆しも見え始めているが、ユーロ圏の2020年の経済成長はマイナス7.7%との衝撃的な数字も出ている。こうした中で景気回復策においてグリーン分野への投資に重点を置くとしても、タクソノミーを厳格に適用し、「ダーティな産業は支援しない」という環境NGOの主張するような方針をどこまで追求するのか、今後の動向が注視される。