低炭素シナリオの概要とその実現可能性:運輸部門での検証(第4部)
低炭素シナリオに電気自動車は必須か?
小林 茂樹
中部交通研究所 主席研究員
第1部、第2部で、IEA-ETPとSR1.5-IAMのシナリオを比較し、全体像では比較的よく一致するが、最終消費部門の部門毎に見ると、多少異なる傾向を示す。また、IEA-ETPを用いて、低炭素シナリオの実現可能性を検証することへの大きな問題はないことがわかった。さらに、産業、建物、運輸の3部門の中では運輸は最も差が小さく、ETPシナリオの方が低炭素側の予測になっており、より安全サイドの検証ができることがわかった。第3部では、乗用車(LDV:Light-Duty Vehicle)部門でのCO2削減が、効率改善によるエネルギー消費の削減、およびバイオ燃料や電動化による燃料の低炭素化によって達成されるが示された。しかし、低炭素シナリオで想定されている電動化のスピードが、現状の市場動向の外挿からすると達成が容易ではなく、シナリオの実現可能性が懸念された。
そこで、第4部では、乗用車部門に対して、IEAのETP2017の詳細データを用いて、懸念される電動化のスピードを抑制した条件下で、低炭素シナリオ(2℃、1.5℃シナリオ)の実現可能性を検証した。
1.はじめに
2018年10月に発行されたIPCCの「1.5℃気温上昇のインパクトとそのGHGガス排出パスに関する特別報告書(SR1.5)」[1]で示された多くの1.5℃シナリオや、IEAのエネルギー技術展望(ETP)2017[2]に含まれる低炭素シナリオで描かれた将来像には、現状の延長線としてそれらのシナリオの実現可能性を見たときに、再生可能エネルギーの導入、ネガティブエミッション技術の導入、運輸部門をはじめとした電力化のスピードなどの懸念材料があり、COPなどの国際政治の議論の場で具体的に論じる前に、より詳細な分析をする必要がある。
ここでは、運輸部門の乗用車部門(LDV:Light-Duty Vehicle)に絞って、懸念材料として挙げられる電気自動車の導入量が抑制された時に、他の対策でそれを補って低炭素シナリオ達成が可能かをIEA-ETPシナリオの詳細データを用いて検討した。
2.乗用車部門(LDV)の低炭素シナリオにおける主要削減策と懸念材料
乗用車部門の主要なCO2削減策は、Avoid-Shift-Improve[3]の3つの視点で分類することができる。Avoidでは、個人的な移動抑制(Demand-Management)と都市構造等による移動需要抑制(Integrated land-use planning)が考えられる。Shiftでは、乗用車から徒歩、自転車、公共交通へのシフトがCO2削減に有効である。Improveでは、個々の自動車の効率(燃費)改善だけでなく、交通システム全体での渋滞解消等の改善も含まれ、また、エタノール等のバイオ燃料導入による燃料の低炭素化が長期的には、非常に重要な削減策となる。
ETP2017の乗用車部門におけるB2DS(Beyond 2°C Scenario:1.5℃シナリオ)、および2DS(2℃シナリオ)のRTS(Reference Technology Scenario:3℃シナリオ)からのCO2削減策の内訳を見てみると、図1に示すように60%は活動量削減(乗用車利用削減)や効率(燃費)改善による省エネで、40%が燃料の低炭素化である。特にB2DSでは効率改善の寄与率が高いが、これは、単純な燃費改善だけでなく、電動車保有台数増加による従来車→電動車の効率差による省エネによる改善も含まれている。低炭素化の中では、電動化による低炭素化の寄与率が高い。これは、化石燃料→電気による炭素強度の差によるが、特に2060年では、すでに電力部門の炭素強度がほぼゼロになっていることがさらに寄与率を高めている。バイオ燃料の寄与は小さいが、これは後で示すように、ETPシナリオでは、低炭素化が困難な他の部門(トラック、船舶、航空)へ優先的にバイオ燃料を配分していることから、乗用車部門への配分は比較的少ないことによる。
図1で示したCO2削減の寄与率を見ると電動化の寄与が“ガソリン→電気”による燃料の低炭素化だけでなく、“従来車燃費(4-5L/100km)→電動車燃費(1.7L/100km)”の効率差による消費エネルギー減少の寄与も大きいことがわかる。シナリオの中で想定されている電動車(Plug-in Electric Vehicle:PEV=EV+PHEV、外部充電が可能な電気自動車)の販売台数、保有台数の変化を図2に示した。現状から2060年への台数の伸びはB2DS、2DSでは非常に高く、2018年比で販売台数では55-66倍、保有台数では239-334倍となっている。ここ数年のPEVの販売動向、保有台数[4]を将来へ直線および2次曲線で外挿してみると、図2のオレンジ色の帯で示されるように、RTSかそれよりも低いレベルになっている。B2DSや2DSで想定されている急速な伸びは、技術の“革新的な”進展による低コスト化、航続距離の延伸がないと達成困難と判断される。また、もう1つ、電動化の背景に電力部門のゼロ排出化が、CO2削減に大きく寄与しているが、再生可能エネルギーの拡大およびシェア急増の実現性およびそれによる電力供給安定性への懸念が増すことになる。
次に、バイオ燃料(BF)の変化であるが、図1でも示したように、BFの削減寄与率は低く、図3に示すように2018年比での消費量の伸びも0.7-1.3倍と大きくはない。ただ、運輸部門全体の伸び率は、2018年比で、3-8倍であり、現状の消費動向[5]の外挿(オレンジ色の帯)の倍程度である。先にも述べたように図の中央の棒グラフで示すように、低炭素化が困難なモード(貨物車、航空、船舶)への優先配分のために乗用車部門への配分は抑えられていることが背景にある[2]。
低炭素シナリオの実現可能性の視点でみると、電動車の急激な増大は、非常に不確実で、大きな懸念材料であるが、バイオ燃料は、必ずしも過大な想定量にはなっていない。よって、以下で、電動車の導入量を制限して、それをバイオ燃料や活動量(輸送量)抑制などで補うことが可能かを検討する。
3.削減ポテンシャルの評価
ここでは、ETP2017のB2DSと2DSシナリオの乗用車部門での主要指標の削減ポテンシャルを分析する。図4aに示すように、2060年に向けて乗用車の保有台数が急速に伸び、それに伴って活動量(人・km)も増大する。RTSに比べ、2060年での保有台数は約20%減少し、年間の航続距離も10%程度減少し、その積とも言える活動量(pkm)はさらに25%程度減少している。
モーダルシフトによる活動量削減のポテンシャルは、公共交通機関の整備や徒歩/自転車利用に関する国民性など地域による変動が大きく、多くのシナリオの中でも10%程度[6]から50%[7]程度まで分布が広い。ネット通販やテレワークの進展は、乗用車による移動削減に寄与することになり、新たな削減ポテンシャルと考えることができる。後の検証の追加削減策として、2DS、B2DSの想定からさらに10%活動量を削減可能とした。
現在かr2060年に向けて、活動量の増加に伴い消費エネルギーも増加するが、図4bに示すように燃料消費効率が改善されるので、消費エネルギーの増加は、活動量より緩やかになる。燃料消費効率は、車両効率改善や渋滞解消等のシステム改善により向上するが(図4b)、2060年には現状より50%以上効率が改善されている。車両だけの効率(=燃費)を技術別に見ると、従来内燃機関車(ICE)やHEVでは、2050-2060年で効率改善はほぼ飽和しており、軽量化や廃熱利用などで革新的な技術が出てこない限り、これ以上の大きな改善を見込むのは無理と考えられる。
2DS、B2DSでは、消費エネルギーは現状より2060年に向けて減少しているので、CO2排出もそれに伴って減少するが、図4cに示すように、炭素強度が急速に低下し、消費エネルギーの低下よりもCO2排出量は大きく低下する。2060年でのエネルギー消費における低炭素燃料(バイオ+電気)の比率は、RTSでは16%にすぎないが、2DSでは50%、B2DSでは70%になっている。さらに電力部門の炭素強度が、RTSでは100g-CO2/MJであるが、2DS、B2DSでは、それぞれ12、-3g-CO2/MJと大きく低下しており、低炭素化に寄与して、2010年比で各々56%、92%低下している。バイオ燃料に関しては、シナリオで想定されている量は、現状の動向の外挿よりも少なく(図3)、技術的にもセルロース系エタノールや藻類によるバイオ燃料製造のポテンシャルは高く、後の検証では、バイオ燃料のガソリンや軽油への混合率を100%、50%増量の2種類の増量シナリオを検討した。
4.電動車導入抑制シナリオの検討
ここでは、低炭素シナリオにおける電動車(PEV=EV+PHEV)導入のスピードが、現状の市場動向から判断されるより急速で、実現可能性が懸念されるので、そのスピードを抑制した時に、他の方策で補うことでシナリオのCO2削減目標が達成可能になるかを検討する。
[シナリオの前提]
- ・
- ETP2017の2DS(2℃シナリオ)およびB2DS(1.5℃シナリオ)の電動車導入台数をRTS(3℃シナリオ)の想定台数に抑制する。
- #1
- EV→G-HEV
EVの保有台数をRTSのレベル(2.1億台)に減少させ、減少分はガソリンHEVへ変換 - #2
- EV→G-PHEV
EVの保有台数をRTSのレベル(2.1億台)に減少させ、減少分はガソリンPHEVへ変換 - #3
- EV+PHEV→G-HEV
EV+PHEVの保有台数をRTSのレベル(2.1+3.4億台)に減少させ、減少分はガソリンHEVへ変換 - ・
- 電動車をHEVやPHEVへ変換する際には、その効率(燃費)の差に応じて消費エネルギーを増加させる。
- ・
- 追加のCO2削減策として、各シナリオの活動量(pkm)を10%削減、さらに低炭素燃料であるバイオ燃料のガソリン、軽油への混合率を50%、100%増にする。
[検討結果1:電動車抑制による保有台数Mixへの影響]
まず、電動車導入を抑制してHEVやPHEVへ変換することによる保有台数Mixの変化を図5aに示す。2018年には、PEVの保有台数はわずか840万台であったのが、2060年にはRTSではEVが2.1億台、PHEVが3.4億台に増加する。抑制シナリオ#1と#2では、EVのみ2.1億台に削減し、#1では、削減分はHEVへ変換され、HEVの台数が大きく増加しており、#2ではPHEVへ変換され、PHEVの台数が増加している。#3ではPHEVも含めてRTSレベルに削減し、削減分はすべてHEVへ変換され、HEVの台数が大きく増加している。 PEV(=EV+PHEV)として台数を見ると、#0(変換前)、#1、#2、#3の台数は、B2DSでは、各々17.1、6.3、17.1、5.5億台、2DSでは、各々12.2、9.0、12.2、5.5億台である。PHEVはEVに比較すれば、車両コストも安く、航続距離が短いという問題もなく、市場での販売拡大が期待でき、シナリオの実現可能性からの懸念は小さいと考えられる。
[検討結果2:バイオ燃料増量の影響]
電動車抑制により、電動車の台数が減少し、それに比例して、電気消費が減少する。電動車の削減分は、HEVかPHEVに変換されるので、その減少分、ガソリン消費、およびPHEVに変換される場合は、電気消費も増加する(図5b)。その際、抑制シナリオ#1、#3では、電動車とHEVの効率の差から、消費エネルギー自体、90%(B2DS)、40-50%(2DS)増加している。#2ではEV→PHEVの効率差が小さいので、消費量増加も40%(B2DS)、35%(2DS)と少ない。
2060年のB2DS、2DSでのバイオ燃料(エタノール/バイオ軽油)混合率は、各々45/46%、39/30%であるが、電動車導入抑制によるCO2排出増加を削減する対策として、その混合率を100%(x2:シナリオA)、50%(x1.5:シナリオB)増加させた時のエネルギー消費Mixを図5bに示した。
各シナリオでのバイオ燃料消費量を見てみると、x2シナリオでは、2倍に、x1.5シナリオでは1.5倍になり、抑制前には、B2DS、2DSで、各々1.8、5.0EJであったが、x2シナリオでは、12-27EJ、x1.5シナリオでは、9-21EJに増加している。現在のLDVでのバイオ燃料消費3.7EJ[5]と比較するとこれらは、x2では3.2-7.3倍、x1.5では2.4-5.5倍になっている。かなり大きな伸びではあるが、最近のバイオ燃料消費の動向からみると、5倍程度の伸びは十分達成可能な範囲にある(図3)。
[検討結果3:WTW-CO2排出量]
ここでは、以上、述べてきた電動車導入抑制シナリオで電気→ガソリンに変換されたことによるCO2排出量増加(燃料Cint)、および変換による効率差を考慮した消費エネルギー増によるCO2排出増加(燃費差)を削減するために、バイオ燃料の増量(x1.5、x2)と活動量(pkm)の削減(10%)の効果をWTW-CO2量(well-to-wheel:走行時だけでなく燃料製造時も含めた排出量)で評価した。図6の右側の棒グラフの青色部分は、電動車をHEVあるいはPHEVへ変換した時に効率差による消費エネルギー増に伴うCO2排出の増加量(燃費差)、水色部分はエネルギー種を電気からガソリンへ変換したことによるCO2排出の増加量(燃料Cint)で、EVの台数削減の多い#3、#1シナリオで増加量が多い。
図6の右側の棒グラフの横の下向き▽で示した量が活動量削減(緑色)とバイオ燃料増量(うす緑色)によるCO2削減量である。B2DSの#2シナリオでは、電動車抑制によるCO2増量(青+水色:棒グラフ)が他のシナリオより少なく、バイオ燃料増量等による削減で、B2DSレベルには復帰しないが、削減前でも2DSより低いレベルは保っている。その他のシナリオでは、増加したCO2がx2シナリオでは2DSのレベルまで削減されているが、x1.5シナリオでは2DSのレベルに到達していない。
以上見たように、電動車導入量を抑制しても、活動量削減やバイオ燃料倍増により、2DSレベルのCO2排出への復帰は可能である。バイオ燃料消費のレベルは、現状の外挿で考えられるレベルよりやや高いものもあるが、土地利用変化によるCO2排出増加や食料競合などの懸念のないレベルでのバイオ燃料増量であり、実現可能な範囲にあると考えられる。低炭素シナリオ達成に、必ずしも電動車の急速な導入は必要ないと結論される。ここで、もう1つ、この分析により示されたことで、重要な情報として、EV導入は航続距離やコスト等から将来の急速な導入は困難と考えられるが、#2シナリオで示されるようなPHEVへの変換であれば、EVの懸念材料は緩和され、HEVよりはCO2削減能も高く、折衷案として非常に有力な対策であることが示されたことである。
EVは、効率も高く、CO2排出量の視点でも、電力部門が低炭素化されれば、ゼロ排出、さらにネガティブ排出の方策となりうるが、現状では、高コスト、航続距離が短いと、消費財普及の条件を見たしていない。ただ、長期的に考えれば、CO2削減の重要な方策であることは間違いなく、今後の技術開発、特に次世代電池の開発に力を入れる必要がある。また、今回、電動車抑制の代替技術として有効であることがわかったバイオ燃料に関しては、現状でもブラジルのエタノール以外は、経済的には化石燃料と競合性がない。食料競合や土地利用変化によるCO2排出などの懸念を考えると、セルロース系エタノールや藻類からのバイオ燃料製造の技術開発による低コスト、大量製造の技術が確立されることが望まれる。
- <参考文献>
- [1]
- IPCC(2018):Special Report “Global Warming of 1.5 ºC”.
- [2]
- IEA(2017):ETP(Energy Technology Perspectives) 2017.
- [3]
- TUMI(2019):Sustainable Urban Transport: Avoid-Shift-Improve (A-S-I).
- [4]
- IEA(2019):Global EV Outlook 2019.
- [5]
- REN21(2019):Renewables 2019 Global Status Report.
- [6]
- GEA(2012):Global Energy Assessment.
- [7]
- ITDP(2014):A Global High Shift Scenario.