低炭素シナリオの概要とその実現可能性:運輸部門での検証(第1部)

低炭素シナリオの概要


中部交通研究所 主席研究員

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 IPCCの評価報告書[1]や特別報告書[2]で2℃や1.5℃シナリオが紹介され、国際社会での温暖化対策の議論の場である国連の気候変動枠条約のCOPでも、目標値の議論に基本的な情報として利用されている。ただ、このような低炭素シナリオの多くのものでは、急速な再生可能エネルギーの導入による電力のゼロエミッション化、バイオエネルギーとCCS(CO2回収・貯留)の組み合わせによるネガティブエミッション技術の活用等の議論の余地のある方策が主要な削減技術として想定されており、実現可能性への懸念がある。低炭素シナリオは、将来の気温上昇を目標値以下に抑えるために、現在から将来に向けて何をなすべきかを示す“規範的な”シナリオで、政策の選択肢を議論する前に、シナリオの実現可能性を検証する必要がある。
 ここでは、運輸部門の乗用車部門に焦点を絞って、詳細なデータを元に、運輸部門で最大の懸念材料である電動車の導入スピードを抑制したシナリオを考え、他のCO2削減策で代替して目標が達成可能かを検証した。第1部では、検証に用いるIEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)のETP(Energy Technology Perspectives)シナリオをIPCCの特別報告書で利用された多くのIAM(統合評価モデル:Integrated-assessment-model)シナリオとの比較で、ETPシナリオの特徴とその差異を明確にしようとした。第2部では、ベースシナリオから低炭素シナリオへの削減策に注目して、両者のシナリオを比較してIEA-ETPシナリオを利用する際の留意点を明らかにした。第3部では、運輸部門における両者のシナリオ差異を分析し、さらにCO2削減策の具体例を紹介して、そのハードルの高さを示した。第4部では、IEA-ETPの低炭素シナリオである2DS、B2DSシナリオを用いて、運輸の乗用車部門に焦点を絞り、電動車の導入を抑制し、追加削減策としてモーダルシフト等による乗用車の使用抑制、およびバイオ燃料消費の増大を取り入れて、目標のCO2排出レベルが維持できるかを検証した。

1.シナリオの定義とエネルギー消費の比較

1.1 シナリオの定義
 IPCCの特別報告書(SR1.5)[2]では、2100年での気温上昇と21世紀中の気温上昇オーバーシュートの温度幅でシナリオを細かく定義している。ただ、2℃、1.5℃シナリオと大括りで扱うときは、“2100年での気温上昇が50%の確率で、各々2℃、1.5℃を超えない”シナリオと定義している。一方、IEA-ETP[3]では、元々長期的に気温上昇が安定化した時の値で、シナリオの名称を定義しており、例えば、6DS/4DS(6℃/4℃)シナリオとは、安定化時の気温上昇が約5.5℃/4℃で、2100年時点での気温上昇は、それより低く4℃/3℃程度と報告されている。しかし、最近はIPCCの定義と同様に、2DS(2℃)シナリオは、2100年での気温上昇が2℃を50%確率で越えないシナリオと定義されており、B2DS(Beyond 2°C Scenario)シナリオは、2060年にゼロエミッションを達成し、50%の確率で1.75℃を超えないとしている。
 SR1.5-IAM[2](特別報告書で利用された多くの統合評価モデルのシナリオ、これ以降、IAMと略称)のCO2排出パスとETPの各シナリオの排出パスが、同じ気温上昇目標なら類似のパスであるはずで、それを、エネルギー起源CO2排出量で比較したのが図1である。SR1.5-IAMのBASEシナリオは、登録されたシナリオの名称にBASEを含むものを抽出したもので、2100年での平均気温上昇は4℃である。それに対応するのは、IEA-ETPでは6DSシナリオで、2100年での気温上昇は同じく4℃であり、排出パスはIAMの幅(25-75%確率)のほぼ中央に位置し、良い一致を示している。それ以外のRTS(Reference Technology Scenario、4DSと同等)、2DS、B2DSもIAMの3DS、2DS、1.5DSの分布の中に含まれており、CO2排出パスの視点からは、両者のシナリオは、同じ定義の元で設定されていると考えることができる。ETP-B2DSの2100年での気温上昇が1.75℃であり、1.5℃シナリオではないのでは?との疑問があるかもしれないが、IEAのネガティブエミッション(NE)への消極的なスタンス(2060年以降のCO2排出はゼロをキープし、NEを利用しない)とIAMの強いNE依存の差から、2100年での温度差は説明でき、ETP-B2DSは2060年までのCO2排出パスに関しては、1.5℃シナリオとみなせると結論した。


図1.エネルギー起源CO2排出量の比較
 エネルギー起源CO2は、プロセス排出(IP)を含む。IAMの排出パス幅は、25-75%レンジを表示

1.2 社会経済的な指標とエネルギー消費 
[社会経済的な指標]
 将来のエネルギー消費やCO2排出に大きく影響する指標としては、社会経済的な指標である、経済成長と人口がある。SR1.5のDatabaseに登録されているシナリオの数は非常に多く、多くの機関が異なる前提条件のもとでシナリオを作成している。当然のことながら、そのデータの分布は非常に広く、通常用いられる中央値だけでは、背景にある多くのデータの情報を表現できているとは言えないが、現実問題として、最小値-最大値、25%-75%値などの情報を常に比較対象とすることはできない。これ以降、議論を簡単にするため、中央値のみを利用するが、ここでは、もう少し詳細を議論したい。
 人口およびGDPの予測を世界全体、先進国、途上国に分けて、ETPとIAMのデータを比較したのが、図2である。人口(世界)の2060年値で見ると、ETPとIAMの差は大きくはないが、ETPが約8%高い。IAMのデータは約270のシナリオの中央値で、図の右に示した5-95%値は、中央値の-10%、+9%と、分布は比較的狭い。一方、GDPの世界データは、まず2010年値で差が認められる。2060年値での差も人口のデータより大きく、ETPは23%高く、伸び率でみても多少高めになっている。IAMの2060年GDPデータは、約260のシナリオの中央値で、5-95%値は、中央値の-14%、+29%と、人口の場合よりは分布が広い。ETPとIAMの世界全体での差は、図2に示すように、主に途上国の予測値の差を反映しており、途上国の将来予測がより困難で差を生む要因であることを示している。
 経済成長のエネルギー消費への影響度はGDP弾性値(エネルギー消費の伸び率:%をGDPの伸び率:%で除した値)と呼ばれる指標で評価される。2010-2060年で計算されたGDP弾性値は、ETPは0.30、IAMは0.28で、ETPの方がやや高く、後で述べるように、一次エネルギーや最終消費エネルギーで、ETPの予測値が高い原因の1つとなっている。


図2.人口およびGDPの地域別変化の比較

[エネルギー消費]
 上で議論したように、エネルギー消費の駆動力である人口増加や経済成長の予測値(図2)がIAMよりETPの方が高く、当然のことながらエネルギー消費の予測値もBASEシナリオでは、ETPの方が高くなっている(図3)。2DS、1.5DSシナリオでは、より複雑な状況で、これ以降、主にBASEシナリオの比較に注目する。
 一次エネルギーおよび最終消費エネルギー共によく似た傾向を示しており、ETPとIAMの差は主に途上国の予測に起因している。また、これ以降の予測にも共通したことであるが、世界全体の傾向は、人口や経済規模で割合の高い途上国の挙動に大きく影響されており、先進国での省エネやCO2削減努力の世界全体への影響は小さい(→将来の社会を予測する際には、先進国でなく、途上国をより強く意識して行う必要がある)。エネルギー消費は、2010-2060年の間に世界全体では約2倍に、しかし、途上国ではより高い伸び率の2.3-2.6倍、先進国では、ほぼ横ばいの1.2-1.3倍になる。同じ期間に人口は1.5倍に、GDPは4倍になることを考えれば、BASEシナリオでも省エネ努力で、エネルギー消費が削減されていることがわかる。


図3.一次エネルギーおよび最終消費エネルギーの地域別変化の比較

2.CO2排出量の比較

 CO2排出量の変化は、エネルギー消費量の変化と密接に関連しているが、地球全体で考える時には、エネルギーとは直接的には関係しない土地利用変化や森林に起因する排出/吸収もあり、議論している排出量の対象を明確にすることが重要である。CO2排出の定義で、常に注意すべき点として、燃料燃焼とは別に産業プロセス(IP:Industrial Process)で排出されるCO2(例えばセメント製造での石灰石分解によるCO2排出などで全体の約10%程度の排出量)を含んでいるかどうかである。IEAのデータでも、WEO(World-energy-outlook)では、全体のCO2排出にこのIP-CO2が含まれていないのに、同じ機関が発行するETP(Energy-Technology-Perspectives)のCO2には、これが含まれている。IAMでは、明確な定義が示されていないが、ETPのデータとの比較で、需要側のCO2排出、産業からのCO2排出には、IPが含まれていないと判断され、以下のデータは、すべて、IPを加えたデータでETPと比較している。図4では、エネルギー消費全体に起因するCO2排出:エネルギー起源CO2(供給側+需要側CO2)、エネルギー供給側の排出(発電所や製油所などのエネルギー変換時の排出)、需要側の排出(産業、建物=民生、運輸など)に分けて示した。エネルギー起源CO2(BASEシナリオ)では、ETPとIAMの差は比較的小さいが、供給側CO2では、IAMが、需要側CO2では、ETPが高い傾向を示している。供給側CO2でメインの電力部門からのCO2は後で示すように、ETPの方がむしろ高く、供給側全体でIAMの方が高いということは、供給側の中での電力以外の排出が、IAMでETPよりかなり高いことを意味する。CO2排出の定義が明確でないので、供給側CO2の電力以外に含まれる排出量の中身が異なっている可能性もあるが、詳細は不明である。需要側CO2がETPで高いのは、後で示すように、需要側の産業、運輸部門でのCO2がETPの方が高いのを反映している。


図4.CO2排出量の比較 a) エネルギー起源CO2、b) Supply-side CO2、c) Demand-side CO2

3.発電部門の比較

 エネルギー供給側の主要な部門である発電部門は、低炭素社会達成の重要なプレーヤーである。現在でも、コストが課題ではあるが、太陽光、風力などの再生可能エネルギーによる発電、さらには、バイオ燃料による火力発電は、ゼロエミッション、あるいはネガティブエミッション達成のための重要な技術である。将来、発電部門にCO2削減の役割をどの程度担ってもらうかは、ETPとIAMではかなり異なっている。
 図5に発電量と発電部門のCO2排出量を示すが、BASEシナリオで比較すると、発電量ではIAMが高く、CO2排出量では、ETPが高い。すなわち、発電部門の炭素強度が、IAMの方がかなり低いので、このような逆転が生じている。これは、2DS、1.5DSの削減シナリオでも共通しているが、IAMの方が電力の低炭素化の速度が早いためである。もう1つ、ETPとIAMのシナリオで大きく異なる点が、消費エネルギーの電化の程度である。図5aを見てわかるように、IAMでは、BASEより2DS、さらに1.5DSの方が発電量が増加傾向を示しており、全体の消費エネルギーは削減傾向にあるので(図3)、電力の占める割合が大きく増加している。これは、低炭素化が比較的簡単な電力にCO2削減策を強く依存させているためである。今回は最終消費部門の詳細は議論しないが、電力化のスピードは産業、建物部門でIAMの方が早く、それが、全体として発電部門の発電量の変化の差に表れている。


図5.発電部門:a) 発電量、b) 発電部門のCO2排出量

 IAMのデータは中央値で議論しているが、少しデータの分布(5-95%)についても見てみたい。図3と図5のエネルギーデータは、中央値の-30%から+30-40%に収まっているが、図4のCO2データはそれより広く、±50%程度で、図5の発電部門のCO2データは、上限が約2倍とさらに分布が広がっているのがわかる。これは、発電部門での燃料mixの想定がシナリオ間で異なり、炭素強度に分布が生じることが大きく影響していると思われる。

4. 最終消費部門の比較

 最終消費部門の主要セクターである産業、建物(=民生)、運輸部門の消費エネルギーとCO2排出量の比較を図6に示す。ここでは、世界のデータのみ示したが、これまで同様、ETPとIAMの差は、途上国の差を主に反映している。ここで少し気になるのが、産業、建物部門での2010年値に差が認められることで、最終消費部門全体では差は顕著でなく(図3、4)、セクター間配分の定義で、ETPとIAMの間で差が存在する可能性がある。ただ、最も興味のある運輸部門では、2010年値の差もほとんどなく、BASEシナリオでの2060年値の差も最も小さく、ETP、IAMの前提条件の差が他の部門より小さいと考えられる。
 建物部門のエネルギー消費とCO2排出量を他の2部門と比較すると、CO2排出量のみ建物部門が非常に低い。これは、建物部門の燃料Mixで、他に比べ、電力比率が高いことに起因している。


図6.最終消費部門:a) 消費エネルギー、b) CO2排出量

5.まとめ

 今回は、主にBASEシナリオに焦点を当て、ETPとIAMシナリオの差を概観した。主要な点を以下にまとめると

シナリオの前提条件である人口やGDPは、ETPの方が高く設定されており、消費エネルギーが高くなる要因になっている。
ETPとIAMの差は、途上国の予測値の差を反映しており、途上国の予測の重要性を示している。
CO2排出量では、エネルギー起源CO2(供給側+需要側CO2)では、両者の差は小さいが、供給側CO2では、IAMが、需要側CO2では、ETPの方が高い。
供給側CO2の差は、発電部門でなく、製油所などのその他の供給部門からのCO2の差、それも途上国の差を反映している。
需要側CO2の差は、主に産業と運輸部門からのCO2の差を反映している。
発電量は、BASEシナリオでは、IAMの方が高いが、発電部門CO2では、ETPの方が高く、炭素強度の差から説明される。消費エネルギーはBASE→2DS→1.5DSと削減傾向にあるが、発電量は、IAMでは、逆で、より高くなる傾向があり、CO2削減策として電化に強く依存していることによるものである。


<参考文献>
 
[1]
IPCC(2014):IPCC’s Fifth Assessment Report (AR5); Mitigation of Climate Change.
[2]
IPCC(2018):Special Report “Global Warming of 1.5 ºC”.
[3]
IEA(2017): ETP(Energy Technology Perspectives) 2017.