低炭素シナリオの概要とその実現可能性:運輸部門での検証(第2部)
低炭素シナリオのCO2削減策
小林 茂樹
中部交通研究所 主席研究員
第1部では、IPCC特別報告書(SR1.5)[1]の中で利用された多くのIAM(統合評価モデル:Integrated-assessment-model)シナリオとIEA-ETPシナリオ[2]のBASEシナリオを中心に、シナリオ全体の差を概観したが、ここでは、BASE→2DS/1.5DSでのCO2削減策に注目して、IAMとETPシナリオの差を分析した。
1.CO2排出量の定義
第1部でも述べたように、CO2排出量の変化は、エネルギー消費量の変化と密接に関連しているが、地球全体で考える時には、エネルギーとは直接的には関係しない土地利用変化や森林に起因する排出/吸収もあり、議論している排出量の対象を明確にすることが重要である。いくつかの定義の排出量の関連をシナリオ毎に示したのが、図1である。森林などの自然関連の排出も含めた全体の排出量(T)を右端に(青)、そして次に、それから森林などの排出(AF)を除いた燃料燃焼に起因するエネルギー起源の排出量(ENE+IP)(茶)、さらにそれを需要側(D)と供給側(S)に分けたものを左端に示した。この時に産業部門での燃料そのものでなく、プロセス起因の排出(例えば、セメント業の石灰石分解による排出)を含むかどうかが、チュックすべき重要な点である。IEA-ETPでは、このIPを含んだ排出量がエネルギー起源排出量および産業部門CO2として扱われるが、IEA-WEO[3]では、これが含まれていない。SR1.5のIAMシナリオのCO2排出量データでは、基本的には、IPを含むデータのはずであるが、後で示すように必ずしも明確でない。
各種CO2排出量のシナリオ間の差を少し見てみたい(図1)。BASE→2DS→1.5DSとなるにつれ、全体の排出量(T)は急激に低くなっている。また、森林等に起因する排出量AFがBASEでは正(排出)であるが、2DS、1.5DSでは負(吸収)になっている。電力がメインの供給側の排出量はBASE→2DS→1.5DS と削減され、さらに1.5DSでは負になっており、バイオ燃料火力などのネガティブエミッション技術に大きく依存していることを示している。需要側の産業、建物、運輸の排出量、比率もシナリオ毎に異なっている。 産業の比率はBASE→2DS→1.5DSと低下傾向にあり(33→24→24%)、逆に運輸は増加傾向にある(48→56→55%)。建物はほぼ横ばいにある(19→19→21%)。これは、低炭素化の速度が大きく影響していると考えられ、運輸部門が最も低炭素化が困難であることを示していると考えられる。
第1部でも述べたが、SR1.5のIAMデータは多くのシナリオの分布の中央値を用いて分析を行っている。実際には、データに大きな分布があり、常にこのことを頭に置いておく必要がある。図2にエネルギー起源CO2排出量と需要側CO2排出量の2010年でのデータの分布を示した(2010年値は、本来実績値で、大きな分布があるのはおかしいが、1つには、各機関の定義の差やデータ源の差、もう1つは、2010年値もより古い年を基準にした推定値である可能性があり、分布が生じていると考えられる)。分布の大きさの指標として、5-95%範囲の中央値に対する比率を見てみると、エネ起源CO2では±3%、需要側CO2は±15%とエネ起源データより分布が広がっている。参考のために、IEA-ETPおよびIEA-WEOのデータも矢印で示した。エネ起源CO2では、IAMデータと比較的よい一致を示しているが、需要側CO2では、IEAデータがIAM中央値よりかなり高く、分布の上限に近い位置にある。需要側CO2のデータにIPが含まれていないと判断され、これ以降、IAM需要側データにはIPを加えたデータでETPデータと比較している。
2.BASE→2DS/1.5DSにおけるCO2削減策の分析
ここでは、まずBASE→2DS/1.5DSシナリオでのCO2削減における各セクターの寄与率、および残留CO2排出量を分析する(図3)。対象としている排出量は、エネルギー起源のCO2排出である。ETP とIAMの排出パスのデータは、比較的よく一致している(第1部で示したように、さらに供給側、需要側に分解していくと、両者は多少異なった傾向を示す)。各セクターのCO2排出量を比較する時に、直接排出量のみを比較するか、最大の間接排出である電力関連排出を含めて比較するかで、傾向が大きく異なる。
まず最初に、直接排出量での削減率を分析する。2050年でのCO2削減への最大の寄与セクターは、すでにゼロ/ネガティブ排出を達成している電力部門で、40-50%を占める。最終消費部門の寄与率は、IAMとETPで多少異なり、その主な原因は、供給側の電力以外の排出の予測の差である。産業部門の寄与は、IAMでは10%程度であるのに、ETPでは20%、運輸部門の寄与は、IAMでは10数%、ETPでは20%と、かなりの差が認められる。
次に、電力部門排出量を、最終消費の各セクターへ配分した排出量で削減率を分析する。消費エネルギーで電力比率が高い産業、建物部門の比率が、直接排出の場合よりかなり高くなり、排出比率が、産業、建物、運輸の順番になっている。ETPとIAMを比較すると、全体にETPの方が比率は高く(ETPで、その他の比率が低いため)、産業、運輸で約5%、建物で数%の差となっている。運輸部門の寄与率は最終消費の中で最も低く、低炭素化が最も困難であるとよく言われることを実証している。
次に2DS、1.5DSシナリオの残留排出量を分析する。2050年に電力部門はほぼゼロ排出を達成しているので、直接排出と間接排出を考慮した場合での差が小さくなっている。残留排出量の大小関係は、ETPとIAMで異なり、ETPでは、産業、運輸、建物の順に小さくなっていくが、IAMでは、運輸、産業、建物の順になっている。また、1.5DSでは、供給側排出に大きさ差が認められ、最終消費部門の排出は、IAMの方が高いのに、供給側も足したエネルギー起源排出では、逆にIAMの方が低くなっている。また、2DSと1.5DSの差を見ても、IAMでは、運輸での差が大きいが、ETPでは、産業、運輸共にその差が大きくなっている。
3.最終消費部門でのCO2排出量の分析
ここでは、最終消費部門のCO2排出量削減の方策(省エネ、低炭素化)および地域別(OECD、N-OECD)寄与を分析する。部門全体(図4)でみると、BASE→1.5DSの削減策としての省エネと低炭素化の寄与率は、IAMとETPでかなり異なっている。IAMでは低炭素化の比率が高く、ETPでは省エネの比率がIAMよりかなり高くなっている。これは、後で示す各セクター別のデータでも共通した特徴である。図でBASEシナリオの排出量を比べると、ETPの方が高く、第1部で述べたように、これは、途上国での消費エネルギーの想定の差を主に反映しており、詳細は不明であるが、IAMよりETPでは各種のCO2削減策の導入速度が遅く、その分省エネ導入の余地が高いということが、ETPの省エネ比率が高い理由の1つと理解できる。
地域別の寄与を見ると、IAM、ETP共に大きな差はないものの、IAMの方が先進国の比率がやや高い。しかし、共通して言えることは、今後急成長する途上国の比率が高く、途上国の消費エネルギーの急増、それに伴って急増するCO2排出を削減しなければ、2DSや1.5DSシナリオの達成は望めない。地域別寄与は、後で述べるようにセクター毎に多少異なった傾向を示している。
次に、最終消費部門の部門毎にCO2削減の傾向の差を分析する(図5)。方策の分析で、どの部門にも共通してETPの方が省エネ比率が高いのは、すでに述べた。BASEシナリオでの現在からの省エネ等の技術進展の想定の差が、削減比率には大きく影響するので、BASEシナリオのCO2排出がETPで高い産業、運輸では、その差が反映されていると考えられる。省エネで下げたCO2のレベル(ピンクの線)を比較すると、産業では、IAM、ETP共にほぼ同じレベルにある。建物、運輸では、ETPの方が低く、想定しているCO2削減策の中で、ETPの方がより高効率の技術を多く導入するシナリオになっていると考えられる。
地域別の寄与は、IAM、ETP共通してみられる傾向として、産業での先進国の比率は低く、建物、運輸では比較的高いことがある。これは、産業では、現在の先進技術のレベルは今後も大きくは変化せず、先進国から途上国への技術移転で、CO2削減が実現されると解釈できる。一方、建物、運輸では、今後も技術の進展があり、それが、先進国、途上国両方に普及していくことでCO2削減が実現される。建物での省エネ技術導入余地は、2DSでほぼ飽和し、1.5DSへは低炭素化がメインの方策となる。
1.5DSでのCO2排出のレベルを比較してみると、産業では、IAM、ETPで大きな差はないが、建物、運輸では、ETPの方が低く、部門間の削減配分に対する想定の差が認められる。これに影響する要因として、将来の需要、すなわち消費エネルギーの想定差、導入される低炭素技術の種類、比率などが考えられる。詳細な分析をするためのデータはデータベースには存在しないが、部分的には、後で示す電気やバイオの消費レベルの差から議論できる。
4.最終消費部門での低炭素エネルギー消費
最終消費部門での低炭素エネルギーである電気、バイオは、低炭素化の方策として主要なもので、前節でのIAMとETPの差の理解にも有用な情報である。電気の消費は、部門全体、各部門共に2010年から2060年に向けて増加傾向にある。各シナリオ間の差の分析には、消費エネルギー全体がBASE→1.5DSに向けて減少傾向にあるので、絶対値より図に示した燃料mix(%)の方が理解しやすい。2060年の電気消費(%)は、BASE→2DS/1.5DSで増加傾向が認められるが、特に運輸部門で顕著である。産業、建物でIAMの方が増加傾向が強く、運輸では、逆にETPの方が強い。
電気消費に比べ、バイオ消費はやや異なった傾向を示している。部門全体(FE全体)でみると2010年に比べ、ETPではやや増加傾向にあるものの、IAMでは横ばいである。産業では、全体とよく似た傾向であるが、建物では、2010年から2060年に向けて大きく減少している。これは、特に途上国での従来バイオ(薪)の消費減少を反映したものである。運輸部門では、低炭素化の主要な方策であり、2010年比でも大きく伸びているし、 BASE→2DS/1.5DSでも顕著な増加傾向が認められる。
低炭素エネルギーである電気、バイオの消費は、各部門でのCO2排出量削減の重要な方策である。ここで議論しているCO2排出量は、直接排出であり、各部門での電気、バイオ消費によるCO2排出は、ゼロとなる。そのため、置換した元のエネルギーの炭素強度分だけ、CO2を削減したことになり、それが、化石燃料の石炭、石油、天然ガスであるかにより、削減量は異なり、詳細な議論は、それらの比率が判らないとできないが、大きな変化があれば、その傾向は見て取れる。そこで、図4、5の1.5DSのCO2排出レベルと消費エネルギー、炭素強度、低炭素エネルギー(電気+バイオ)消費との関係を調べた。最終消費部門全体の1.5DSシナリオでのCO2排出量(図4)は、ETPの方が少し低いが、これは、ETPの方が消費エネルギー、炭素強度共に低いことによると考えられる。炭素強度と、低炭素エネルギー消費量とは、相関があり、ETPの方が、燃料mixでの比率が高い(図6)。産業部門では、1.5DS/B2DSのCO2排出量(図5)は、IAMの方が低いが、これは、IAMの方が炭素強度が非常に低いことによるものである。ただ、低炭素エネルギー消費の比率は、IAMの方がやや高いだけで、化石燃料間の消費比率がより低炭素になっていることが寄与していると考えられる。建物部門、および運輸部門では、共にETPの方がCO2排出量は低いが、これは、ETPの方が消費エネルギー、炭素強度共に低いためである。また、炭素強度と低炭素エネルギーの比率は相関があり、ETPの方が低炭素エネルギーの比率が高い。
5.まとめ
第1部では、まず基本モデルとして利用する予定のIEA-ETPシナリオと、SR1.5の中で利用された多くのIAM(統合評価モデル:Integrated-assessment-model)シナリオのBASEシナリオを中心に、シナリオ全体の差を概観したが、第2部では、BASE→2DS/1.5DSでのCO2削減策に注目して、ETPとIAMシナリオの差を分析した。主要な点を以下にまとめると
[エネルギー起源のCO2排出パス]
- ・
- ETPとSR1.5-IAMのデータは、どのシナリオでも比較的よく一致している。
- ・
- BASE→2DS/1.5DSでのCO2排出量削減のセクター毎の寄与率を直接排出量で分析すると、2050年でのCO2削減への最大の寄与セクターは、すでにゼロ/ネガティブ排出を達成している電力部門で、40-50%を占める。
- ・
- 最終消費部門では、IAMとETPで各部門の寄与率自体は多少異なるが、BASE→1.5DSの2050年での産業、運輸が削減率は15-20%で、建物は5-6%とかなり低いという大小関係は共通している。
- ・
- 間接(電力部門)排出量を、最終消費の各セクターへ配分した排出量で分析すると、消費エネルギーで電力比率が高い産業、建物部門の削減寄与率が、直接排出の場合よりかなり高くなり、産業、建物、運輸の順番に低くなっている。運輸部門のCO2削減寄与率は最終消費の中で最も低く、低炭素化が最も困難であるとよく言われることを実証している。
- ・
- 2DS/1.5DSでの残留CO2排出量の2050年での大小関係は、ETPとIAMで異なり、ETPでは、産業(2DS/1.5DS:44/68%)、運輸(35/52)、建物(11/11)の順に小さくなっていくが、IAMでは、運輸(45/83%)、産業(27/70)、建物(15/32)の順になっている(電力部門がネガティブなので、100%を超える値になる)。
[最終消費部門のCO2排出量削減の方策(省エネ、低炭素化)および地域別(OECD、N-OECD)寄与]
- ・
- 部門全体でみると、BASE→1.5DSへの削減策としての省エネと低炭素化の比率は、IAMとETPでかなり異なっているが、共通して、全体に対する低炭素化の比率が高い。IAMではETPより低炭素化の比率が高く、逆にETPでは省エネの比率がIAMよりかなり高くなっている。これは、各セクター別のデータでも共通した特徴である。
- ・
- 地域別の寄与を見ると、IAM、ETP、大きな差はなく、圧倒的に途上国の割合が高く、今後人口増加、経済成長でCO2排出の急増が予測される途上国でのCO2削減の重要性が示されている。
[最終消費部門での低炭素エネルギー消費]
- ・
- 2060年の電気消費(%)は、BASE→2DS/1.5DSで増加傾向が認められるが、特に運輸部門で顕著である。産業、建物ではIAMの方が増加傾向は強く、運輸では、逆にETPの方が強い。
- ・
- 電気消費に比べ、バイオ消費はやや異なった傾向を示している。部門全体でみると2010→2060年で、ETPではやや増加傾向にあるものの、IAMでは横ばいである。
- ・
- 建物では、途上国での従来バイオの消費減少があり、2010→2060年で大きく減少している。運輸部門では、低炭素化の主要な方策であり、2010年比でも大きく伸び、 BASE→2DS/1.5DSでも顕著な増加傾向が認められる。
- <参考文献>
- [1]
- IPCC(2018):Special Report “Global Warming of 1.5 ºC”.
- [2]
- IEA(2017): ETP(Energy Technology Perspectives) 2017.
- [3]
- IEA(2019): WEO(World Energy Outlook) 2019.