温暖化対策よりも車好きな独国会、EV拡大を後押し
アウトバーンへの制限速度設定は反対多数で否決
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2020年2月号からの転載)
ドイツ・デュッセルドルフ郊外にある企業を何度か訪問したことがある。デュッセルドルフのホテルからタクシーに乗り、アウトバーン(高速道路網)を使って向かう途中、タクシーのスピードメーターをのぞくと180kmを指していた。そのタクシーも時々、他の車に追い抜かれていた。
制限速度がないことで有名なアウトバーンだが、一部区間で制限速度が設けられている。今は全長の30%ほどに制限があるらしい。私の記憶が正しければ、デュッセルドルフ市内の区間は100㎞と表示されていた。これを見落としてスピード違反をすると、場合によっては大変なことになるようだ。私が訪ねた企業の幹部は制限速度の表示を見落としてスピード違反をしてしまい、1年間の免許停止を食らったそうだ。
そのアウトバーン全体に制限速度を設けようとする試みがドイツで出てきた。目的は、経済的に有利な速度で走行させることによって自動車の燃費を向上させ、二酸化炭素(CO2)排出量を低減することだ。排出量の多い運輸部門に対する温暖化対策の一環だ。
2030年の温室効果ガス排出削減目標を実現するための気候保護法案にアウトバーンの制限速度設定を盛り込むとの見方もあったが、独連邦政府が設立した「移動体の将来委員会」が制限速度の設定を提案したところ、当の連邦政府が昨年初めに拒否したと報道され、政権にその気がないことが明らかになった。結局、環境政党である緑の党が130kmの速度制限法案を国会に提出し、昨年10月に採決したところ、反対が圧倒的多数となり否決された。
ドイツの国内総生産額の5%をたたき出し、82万人の直接雇用(関連産業も含めると300万人の雇用)を持つ自動車産業を支援するため、制限速度を設けることに反対したのだ。環境より経済が大事という“本音”が反映された採決結果だった。一方、昨年11月に国会を通過した気候保護法の中に自動車対策も盛り込まれた。ドイツ政府はどんな政策を導入するのだろうか。
連邦政府の気候保護法成立
ドイツ連邦政府の内閣は、温室効果ガス排出量を2030年に1990年比55%削減するため部門別の排出目標を定め、2050年に純排出量ゼロを目指す気候保護法案を昨年10月に承認した。同時に、具体的な実効策を定めた気候行動プログラムも決定した。
ドイツ政府は、経済と環境の間で揺れ動いている。大連立政権は2018年1月、温室効果ガスを2020年に1990年比40%削減する目標の達成を諦めると発表した。環境政党やNGOは何としても達成すべきと批判したが、経済競争力と国内雇用を維持する観点から国内電力の40%を国内産褐炭や輸入石炭で供給しているドイツにとって、目標達成の選択肢はなかった。温室効果ガス排出量の推移と目標は図の通りだ。
ドイツ政府は、欧州連合(EU)内で議論されていた2050年純排出量ゼロ目標や、2030年の削減目標引き上げにも反対の姿勢を示していた。背景には、温室効果ガスの削減には費用がかかり、経済に悪影響を与えるとのドイツ政府の懸念があった。ところが、昨年の欧州議会選挙で、緑の党が大連立を組む社会民主党の得票率を上回る20%以上をドイツ国内で獲得するなど気候変動が国民の関心事に浮上したことから、世論動向を気にするメルケル独首相はEUの2050年純排出量ゼロ目標については同意した。しかし、2030年の排出目標引き上げには相変わらず反対している。
そんな中、気候保護法案は昨年11月の国会で承認され、今後、温室効果ガス排出削減に向けた施策が様々な分野で実行される。EUの排出枠取引市場(EUETS)の対象になっている電力、セメントなどのエネルギー多消費型産業の事業所は排出枠(温室効果ガス排出量の上限)が割り当てられ、実際の排出量が上限を超えた場合は枠を購入しての目標達成を迫られる。EUETS対象外の建設、交通部門も2021年から枠が割り当てられることになった。排出枠の価格は当初、CO21トン当たり10ユーロ(約1200円)に設定されている。
運輸部門では、電気自動車(EV)の購入を促す政策などが導入された。また、ドイツでは航空機の利用者が増加していることから、航空運賃の値上げと鉄道運賃の値下げを税制面から支援することも決まった。環境政党やNGOは、こうした施策は2030年目標の達成には不十分と批判している。
売れ始めたEV
緑の党が昨年10月に提出した130kmスピード制限法案は、投票総数631のうち反対が498で否決されたが、この結果は民意とは異なるようだ。ドイツの新聞社の世論調査によると、120~140kmのスピード制限を設けることに賛成が52%、反対が46%と拮抗している。制限速度を設けることについて、運輸大臣は「常識に反する。ドイツのアウトバーンはもっとも安全だ。好きなスピードで走ればよい」とコメントしたが、環境大臣は制限速度の導入をまだ諦めていないようだ。
環境省は120kmの制限速度を設け、さらにガソリンとディーゼル燃料(軽油)の価格を大幅に引き上げる案を検討していると昨年12月に報じられた。気候行動プログラムの中には、自動車部門への対策が盛り込まれているが、環境省は次のような現状の対策案では不十分と考えているようだ。
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- 2021年から燃料税を引き上げる。ガソリン、軽油の価格上昇は当初3ユーロセントから始まって徐々に値上がり幅を広げ、2026年までに最大15セントに。
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- 昨年10月時点で、ドイツ国内に約3万5000のEV用充電設備があるが、2030年までに100万カ所に拡張。
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- 社有車を与えられている従業員は、毎月税金を支払うことが義務付けられている。EVへの税額は現在、内燃機関自動車の半額だが、さらに減額し4分の1に。
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- 6万ユーロ以下のバッテリー稼働電気自動車(BEV)、プラグイン・ハイブリッド(PHEV)の購入者は、それぞれ4000ユーロ、3000ユーロの補助金を現在受け取れるが、これを増額。
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- 自動車税は、CO2排出量に応じ課税されるようになるが、EVの自動車税は2025年まで免除。
独自動車メーカーはBEVやPHEVへの政府支援拡大を想定し、EVに舵を切り、販売は急拡大している。販売台数は昨年に入ってPHEVを中心に拡大を続け、11月の販売台数はBEVが4651台(前年同期比9%増、市場シェア1.55%)、PHEVが6334台(同216%増、市場シェア2.12%)となり、両方を合わせた1月からの累計販売台数は9万7301台、シェアは2.93%に達した。2018年末までの累計販売台数は17万7000台だ。人気上位車種の11月の販売台数は表の通り。政策支援もあり、ドイツはEVへの移行速度を速めそうだ。