正しい気温の測り方とは?


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 気温はどのような場所で測るかによって1℃程度はすぐに変わる。都市化の影響等があるためだ。では、正しい気温の測り方とは、どのようなものか? 地球温暖化のペースは100年間あたりで0.7℃と僅かなものだが、これはどうすれば精確に測定できるか?

1. 小学校で習いました

 気温の正しい測り方は小学校で習った。図1で「①設置する時」を見ると、「周囲に芝草などが植えられているところ」とある。ところで、なぜ芝草なのだろうか?

2. 大英帝国と百葉箱

 百葉箱による温度観測が本格化したのは19世紀後半のイギリス。ヴィクトリア女王を戴く大英帝国の時代だった。
 さてイギリスは芝生の国である。イギリスはゴルフ発祥の土地だが、これは広大な牧草地を利用したスポーツとして発達した。図2aはセント・アンドリュースゴルフ場だが、このような草地はイギリス中にある。図2bはヒースの山。イギリスも昔は森林でおおわれていたが、いまでは森は稀で、このような草地が延々と続く。図2cは貴族の館。広大な面積に芝生が植えられている。図2dは一般家庭。イギリス人は芝生へ偏執的な愛情を注ぐ。きれいな芝生を維持することはとても大事だ。
 ちなみにイギリスでの芝生の維持は日本に比べると簡単だという。絶えず芝刈り機をかけておけば、しゃがみこんで1本ずつ手で引き抜くという面倒な雑草取りなどはあまりしなくても、きれいな芝生が維持できるそうだ。
 このように、イギリスでは芝生が自然な植生であり、人々が暮らす空間であったことから、気温の測定においてもそれが標準的なものとして採用された訳である、と筆者は推察する。


図2a イギリスの草地の風景:セントアンドリュースゴルフ場


図2b イギリスの草地の風景:ヒースの山


図2c イギリスの草地の風景:貴族の館


図2d イギリスの草地の風景:一般家庭

 さて、日本は19世紀後半にイギリスから輸入学問をしていた。その成り行きで、日本でも気温測定の方法として芝生が採用されたのであろう。このときは、とにかく何でも丸ごと輸入したので、建物も、芝生も、大学も、そっくりそのままだった(図3)。このついでに、百葉箱も気温の計測方法も輸入されたのであろう。

 ところで、イギリスは芝生の国である、といったが、これは貴族階級には当てはまるけれども、労働者階級には当てはまらない。19世紀の労働者は、狭い坑道で長時間働いていた(図4)。貴族の館の芝生で測られた気温は、労働者の生活とは無関係だった。気温は、大英帝国の貴族階級がゴルフをしたり散歩をしたりするために計測されていたわけで、プロレタリアートは無視されていた訳だ。

3. 日本人と百葉箱

 では日本人にとっての気温はどこで測ればよいか?
 イギリス風に芝生を植えて測るべきか? それとも、もっと日本らしい風景や、日本人が生活する場所で測るべきか。すると水田だろうか(図5a)? いや住宅地だろうか(図5b)? あるいは桜の木の間だろうか(図5c)? ちなみに水田では周囲に比べ温度は真夏の昼は1~2℃低くなり(水辺は涼しい)注1)、住宅地は1~2℃高くなり(熱が建物や舗装道路にたまる、いわゆる都市熱。)、桜の木の間は1~2℃高くなる(風が遮られてひだまりになる。ひだまり効果と呼ばれる。)ことがある注2)。さて、どうしたら良いか?


図5c 花見

4. 目的に応じて測り方を変える

 正解は、目的に応じて測り方を変えるべし、ということである。
 日本には広い草地はゴルフ場ぐらいしかない。芝生の上で測る気温は、ゴルフをする人には大事かもしれないが、殆どの人にとっては生活と関係がない。
 農家は田植えや収穫等の農作業の時期を図るために気温を知りたいのだから、水田で気温を図ればよい。
 住宅街に暮らす人のためには、住宅街で測ればよい。
 花見をしたい人のためには、桜の木の間で測ればよい。
 もちろん、ことごとく測るのは費用がかかるから、そこまでしなくてもよい。近くの気象台の発表を聞いて、ああ、昨日に比べて今日はだいぶ寒いな、ならば上着を余計に来ていこう、といった判断が出来ればそれでよい。ならば、いちいち計測する必要はない。もしも精確に気温を知りたいならば、目的に応じて測るのが一番だ、ということである。
 日本人はまじめだから、小学校の百葉箱の下に芝生を植えているところが多い(図6a)。これは結構だけれども、芝生を維持するのは手間がかかるし、グランドの真ん中はもっとだいぶ暑そうだから、スポーツ少年の熱中症対策のために適切な計測かというと、そうはなっていない。大阪の地下鉄では、ホームで気温を測っていた。芝生はないけれども、これは地下鉄の乗客が快適かどうか知るためには正解の測り方だ。
 ちなみに気象庁のガイドブックによると、芝生でなければいけない、とまでは書いていない。「温度計(百葉箱・通風筒)を設置する場所の地表は,自然な状態が適当であり、通常、草丈の短い芝を張るとよい。これができない場所では,周辺の地表と同じ土壌などとする」とある注3)。結構あいまいな書き方だが、要はとくに厳密に定める必要はないということだろう注4)

5. 地球温暖化の測り方

 では、目的に応じて測り方を変えるべし、というときに、地球温暖化はどのようにして測ったらよいか? すでに述べたように、気温は、都市化や、周辺の環境の変化(樹木が成長する、水田が宅地になる)によってかなり影響を受ける。このため、地上における気温の測定で、100年で0.7℃程度という僅かな変化を精確に観測することはじつは難しい。
 このため、筆者らは、地上30~50mの高さに、地球温暖化を計測するための「地球温暖化観測所」を設置することを提案している。詳しくはIEEI既報リンクを参照されたい。


図7 「地球温暖化観測所」設置の提案 IEEIの既報リンク

注1)
堅田元喜、水田の減少は、日本の気温を上昇させている? http://ieei.or.jp/2019/12/opinion191202/
注2)
都市化とひだまり効果については、杉山大志、日本の温暖化は気象庁発表の6割に過ぎない http://ieei.or.jp/2019/09/sugiyama190930/
より専門的な解説は、近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、25-56. これと同内容のものは以下で閲覧できる:K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化 近藤純正ホームページ https://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke48.html
注3)
気象観測の手引き、気象庁、平成10年
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kansoku_guide/tebiki.pdf
注4)
なお、目的に応じて変えるといっても、一定の標準化が必要だ、という考え方は勿論ある。それぞれの地点でまちまちに測定したのでは、個々の目的には有益でも、異なる地点の間の気温を比較できないので不便が生じるからである。例えば、天気予報で「今日の東京はx℃でした」と言ったとき、そこには何等かの標準的な測定方法があったほうが良い。そうしないと、例えば大阪に出張したときに、同じ気温が大阪で報告されていても、体感する気温が全然違う、ということが起きてしまうからだ。
とりあえず日本ではイギリスからの直輸入で、芝生を植えるということをやってきた。芝生が最適かどうかは分からないが、標準化の方法としては一理ある。だが一方で、芝生というものが、自然な状態からほど遠い場所もある。中国のとある観測所では、砂漠の真ん中に芝生を植えて気温を測定していたそうだ。
このような話を聞くと、せめてケッペンの気候区分に応じて測定方法を変えた方が良いように思える。それぞれの気候区分において、卓越している自然植生を基にして、標準化を図るのである。そうすれば維持管理の費用も安く済むし、そこに暮らしている人々の体感する気温にも近いものが測定できるだろう。例えば砂漠気候であれば、砂漠で測定すればよい。無理に世界標準に合わせて芝生を植える必要はない。