「エアロゾル」による地球冷却効果
―地球温暖化の知られざる不確実性―
堅田 元喜
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員
地球温暖化が温室効果ガスによって引き起こされることはよく知られている。また、この大きさは不確実性を伴うことも知られている。だが、地球温暖化にはもう一つの大きな不確実性がある。それは大気中の微小粒子(エアロゾル)注1)による温暖化を抑制する冷却効果だ。以下、解説する。
1. エアロゾルの地球冷却効果
エアロゾルとは、空気中に浮遊する固体や液体の粒子のことを意味する。その大きさは数nmから数mmにも及び、硫酸塩・有機物・硝酸塩・海塩などの透明または白色のものから黒色炭素などの濃色まで存在する注1)。エアロゾルが地球温暖化に影響を及ぼすプロセスは、大きく2種類に分けることができる注2)。
まず、エアロゾル・放射相互作用(エアロゾル直接効果)は、エアロゾルが太陽放射と地球放射を散乱したり吸収したりすることにより地球大気の放射収支が変わる効果を指す。この散乱・吸収効果は、エアロゾルの色や形状によって異なる。
もう一つは、エアロゾル・雲相互作用(エアロゾル間接効果)と呼ばれるエアロゾルが雲の凝結核(水雲)や氷晶核(氷雲)になることによって生じる効果である。凝結核として働くエアロゾルが増加すると、そのぶん発生する雲粒が増えて大気から水蒸気が奪われるために、大きな雲粒に成長しにくくなる。その結果、雲が濃くなって太陽放射を反射(散乱)しやすくなる(第1種エアロゾル間接効果)。また、小さい雲粒は衝突・併合して雨滴まで成長しにくいため、降水量が減って雲が長寿命化し、やはり太陽放射の散乱が強まる(第2種エアロゾル間接効果)。これらのプロセスが地球大気の放射収支を変化させると考えられている。
さて、IPCC第5次評価報告書ではエアロゾルの冷却効果はどのように評価されているだろうか?現在考えられている様々な放射強制力(地球の表面1平方メートルあたり何ワットの温室効果が起きるかを示す量)を図1に示す。CO2による放射強制力は中央値で1.68W m-2であるのに対して、エアロゾルによる冷却効果はエアロゾル・放射相互作用によるものが–0.27W m-2、エアロゾル・雲相互作用(Cloud adjustments due to aerosols)によるものが–0.55W m-2と報告されている。IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書の要約によれば、大気中の全エアロゾル効果による放射強制力は–0.9W m-2であり(中程度の確信度)、エアロゾルによる地球冷却効果が温室効果ガスによる放射強制力のかなりの部分を相殺しているということの確信度は高い、と結論されている。
2. 最大の不確実性要素:エアロゾル・雲相互作用
一方で、IPCC 第5次評価報告書ではエアロゾルの冷却効果の見積もりに大きな不確実性があることも述べられている。図2に示すように、エアロゾル・放射相互作用による(実効)放射強制力ERFariとエアロゾル・雲相互作用による(実効)放射強制力ERFaciを合わせた(実効)放射強制力ERFari+aciは、専門家判断(Expert judgement)により中央値で–0.9W m-2、その66%幅(likely range)は–1.5〜0.4W m-2と推計されている。このばらつきは、主にエアロゾル・雲相互作用の不確実性が高い全球気候モデル(GCM:Global Climate Model)を用いたシミュレーション結果のばらつきによるものである。その他にも、産業革命以前の雲量の設定方法や広く用いられている粗い空間解像度(50~300km)のGCMではそれより小さい雲をうまく再現できていないことによる不確実性が考えられている。これらの問題を避けるため、IPCC 第5次評価報告書ではERFaciを直接求めることはせず、先に全体の冷却効果による放射強制力ERFari+aciを観測データとGCMによる計算から算出し、エアロゾル・放射相互作用による放射強制力ERFariを差し引くことによりERFaciの大きさを–0.45W m-2と推計している。
エアロゾル・雲相互作用による冷却効果を直接評価する試みもあるが、これも不確実性があり、評価されたERFaciの推計値は–1.4W m-2となり、上述した–0.45W m-2よりもかなり大きい。両者の差が、図2の緑線の大きな不確実性幅となっている。この差が生じる理由について、IPCCはERFariとERFaciを完全に分離して評価することは難しいこと、ERFaciにはエアロゾルと氷雲または対流性の雲との相互作用を考慮していないこと注3) 、ERFaciとERFari+aciのそれぞれの導出に用いたGCMが異なることなどを挙げている。さらなる不確実要素としては、エアロゾルの前駆物質(SO2, NOx, NH3などの短寿命ガス状物質)が及ぼすERFaciへの影響についても不明な点が多く、IPCCでは検討を保留している。
3. エアロゾルの冷却効果は、温暖化を緩和していたのか?
「ハイエイタス」と呼ばれる21世紀に入ってから2013年まで温暖化がほとんど起きなかった時期がある。IPCCはこの原因を不明であるとしつつも、海洋の熱吸収が大きかったこと注4)や太陽放射が減少したことに加えて、「エアロゾルによる冷却化が大きかった」こともありうる理由として挙げている。1.に示したように、エアロゾルによる全体の冷却効果ERFari+aciは中央値で–0.9W m-2と報告されているが、これにより過去のCO2による温暖化はどの程度緩和されたのだろうか?
IPCC 第5次評価報告書の発表後に提出されたある論文注5)は、世界の1300地点におけるCO2濃度・気温および地表放射量の観測データの解析を行い、1998年から2010年のハイエイタスが発生した時期の陸上の温暖化(ないし気候感度注4))の1/3がエアロゾル(主に硫酸塩)による冷却効果により相殺されていた可能性を報告している。この結果は、対流圏全体ではなく地上でのERFの変化に基づいており、これまで示してきたERFとは意味合いが異なるが、少なくともエアロゾルの冷却効果はCO2による温暖化の一部を抑制していた可能性はありそうである。
仮に、エアロゾルの冷却効果が温暖化の抑制にそれなりの働きをしているとすると、大気汚染の規制が進んでエアロゾルが減ると冷却効果が弱まり、CO2による気温上昇はますます促進されるのではないか?実際、大気汚染防止のために化石燃料を消費する際の排気中のエアロゾルやその前駆物質を除去する対策が進められてきているが、同時に発生するCO2は大気中に放出され続けている状況である注6)。こうした状況が長く続くと、エアロゾルの冷却効果によりこれまで部分的に相殺されてきたCO2による温暖化が加速してしまう可能性はあるかもしれない。
4. 将来にむけて
エアロゾルの存在は、全体としては地球を冷やす効果がある。図1を見る限り、放射強制力を生み出す様々な要因のうちCO2による正の放射強制力に拮抗する負の放射強制力を持つのはエアロゾルによる地球冷却効果のみである。しかし、その不確実性はいまだ大きく、中でも最大の不確実性は「エアロゾル・雲相互作用による放射強制力の推計値」にある。
この問題を解決するには多くの課題がある。その解決への一つの挑戦としては、例えば雲を再現できる細かい解像度(10km以下)までGCMの解像度を上げて、最高性能のスーパーコンピュータの1つである理化学研究所の京コンピュータを用いた解像度3.5kmの「超高解像度シミュレーション」があり、研究が進められている注7)。
地球温暖化の不確実性というと、CO2をはじめとした温室効果ガスによる温暖化の程度について言及することが多いが、実のところ、エアロゾルによる冷却効果の不確実性も同程度に大きいのである。近い将来にこの不確実性が解決される見込みはなく、当面はこの不確実性ともつきあっていかざるを得ないようである。
- 注1)
- エアロゾルについて(気象研究所環境・応用気象研究部第四研究室)
http://www.mri-jma.go.jp/Dep/ap/ap4lab/aerosol/index.html
- 注2)
- 竹村俊彦(2014)エアロゾルの気候影響に関するモデル研究, 天気, 61, 759-775.
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2014/2014_09_0003.pdf
- 注3)
- 荒木健太郎・佐藤陽祐(2018)エアロゾル・雲・降水相互作用の数値シミュレーション, エアロゾル研究, 33, 152-161.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jar/33/3/33_152/_pdf/-char/ja
- 注4)
- 地球温暖化の科学的不確実性(CIGS 杉山大志研究主幹)
https://www.canon-igs.org/column/energy/20180423_4978.html
- 注5)
- Disentangling Greenhouse Warming and Aerosol Cooling to Reveal Earth’s Transient Climate Sensitivity(エアロゾルが温室効果による温暖化を隠している;Storelvmo et al., 2016, Nature Geoscience, 9, 286-289)
https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/10570
- 注6)
- エアロゾルの温暖化抑止効果(NIES 永島達也研究員)
http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/14/14-1/qa_14-1-j.html
- 注7)
- 計算で挑む環境研究−シミュレーションが広げる可能性4 日本スケールから地球スケールを“シームレス”に取り扱う大気汚染シミュレーション(NIES 五藤大輔主任研究員)
http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201904/340002.html