ドイツの石炭火力発電廃止とその雇用維持のために


YSエネルギー・リサーチ 代表

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 ドイツ政府の「成長、雇用、および構造変革委員会(通称:石炭委員会)」は1月26日、石炭火力を2038年までに全廃することに合意したとする報告書を発表している。今後同国政府は、同委員会の報告書をエネルギー政策に反映させる見通しのようだ。2018年時点では、石炭火力発電が同国の電源構成に占める比率は38%。この方向に進めば、ドイツの石炭産業への影響が大きいのは勿論だが、石炭火力発電所で働く人達の雇用も失われることになる。だが、この雇用を維持する効果を持つ設備の開発が具体的に動いている。(なお、ドイツの石炭火力発電の主流は、品質が悪いが国内で産出される褐炭を燃料とするが、褐炭はドイツ、豪州、米国の一部以外では使われていない)。

 その開発の具体的なものとは、ドイツの航空宇宙センター(DLR:Deutsches Zentrum fur Luft- und Raumfahrt)が建設しようとしている実証プラントだ。火力発電設備の石炭ボイラーを溶融塩の大型タンクに置き換え、高温になった溶融塩で高圧水蒸気を発生させて既存の蒸気タービンを回し発電させる、というシステム。そして、溶融塩の高温を維持するために、風力発電など再生可能エネルギーの余剰電力でヒーターを利用する。これによって、石炭火力は、設備の大半をそのまま利用する大規模蓄電設備に改造されるため、そこでの雇用は維持できることになる。

 高温溶融塩による発電は集光式太陽熱発電(CSP)で既に実用化されている。高いタワーに太陽光を集光して高温の水蒸気を作り発電する方式が当初一般的だった。しかし、塔頂部に発電設備を置く必要があるのと、夜になると発電出来ないのが難点となる。これを、タワーだけでなく地上の反射レンズでの集光熱で溶融塩を高温にしてタンクに貯め、この高温を利用して必要に応じて昼夜を問わず蒸気発電をする方式が開発され普及し始めている。最近MIT(マサチュセッツ工科大学)が溶融塩を液状シリコンに置き換える方式を開発中で、太陽熱利用発電がこれからさらに普及すると予想されている。ただ、CSPを実施できるのは熱帯の砂漠などに限定されるが、溶融塩やシリコンの加熱を再生可能エネルギーからの電力で行うとすれば、設置場所の制約はなくなり、カーボンフリーの熱を生み出すことができる。これには特殊な技術を必要としないために、使いやすい蓄電システムとして今後普及する可能性が高い。

 DLRは、一つの石炭火力発電所でこのボイラー取り換えを行って実証運転する計画だ。その結果が良ければ、後は異なる発電規模に応じた修正を加えるだけで改修が可能となるため、まず一つのプラントの改修設計に1年、そして2~3年の内にボイラーを取換えた実証運転を始めようとしている。このプロジェクトはPPI(Public Private Initiative)方式で資金調達をするとのことだが、溶融塩を貯めておく断熱されたスチールタンクとコンクリートの基礎があればよく、リチウムイオン電池のように高価な素材も使わないために、設備のコストも大きくはならない。また、5~600度℃の高温であるため発電効率も40%ほどと高く維持出来る。ドイツ国内にある石炭火力が2023年までに700万kW、2030年までには2,300万kWが閉鎖されると想定されているが、これを検討されている方式に改造すると、送電系統の需給制御に使える大規模な蓄電設備に生まれ変わることになる。そして発電、送電設備はそのまま使うため、そこでの雇用をほぼ維持出来ることになる。

 日本でも熱を利用した蓄電については検討が始められているようだが、ドイツの実証結果は参考になるだろう。いま太陽光発電の出力抑制が頻発するようになっている九州地域への応用も想定できる。現用の石炭火力設備に、この高温溶融塩や液状シリコンを貯留するタンクを追加して余剰再エネ電力を利用して加熱すれば、かなり規模の大きい蓄電設備を作り出すことができ、石炭の消費も削減できるだろう。工場などの発電設備などへの利用も想定でき、再生可能エネルギーからの電力の出力抑制策として実現の方向に向かってほしいものだ。