CO2フリー水素による産業エネルギーの化石燃料代替

── 2050年でのCO2 排出80%削減に向けて


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2019年1月号)

 昨年10 月、東京で世界21 の国・地域・機関の代表を含め300 人を超える関係者の参加を得て「水素閣僚会議」が開催された。筆者が本稿を執筆しながら参加しているCOP24 でもUNIDO(国際連合工業開発機関)主催、ポーランド政府、在ウィーン日本政府代表部の共催にて水素のグローバルでの活用に向けたサイドイベントが行われた。水素利用に関する関心が高まりつつあると言えるだろう。しかしその実現に向けては多くの課題も存在する。今後の展望と、水素活用の課題を具体的に整理する。

1.CO2削減対策のボトルネック──「熱」の需要

 わが国の最終消費エネルギーの75%は化石燃料の燃焼需要であり、電気は25%程度に過ぎない。燃焼需要からのCO2排出削減が必須であるが、それには燃料をバイオマスなど非化石燃料にするか、電化を進め低炭素電源を活用するしかない。大きな潮流としては、電化を進め、あわせて低炭素電源の比率を高めていく必要がある。しかし電化を進めるには、需要側の機器を電気製品に買い替えねばならず、その初期投資が必要となる。潮流としては電化を進めるべきであるが、当面の対策として大きな初期投資を避けながら燃焼需要からの排出を削減することが求められる。その一つの手段として期待されるのが水素の活用だ。今回は、わが国が長期的に大幅なCO2削減を図る道筋を描いた「2050年のエネルギー産業Utility3.0へのゲームチェンジ」でも深くは触れなかった、水素活用について検討する。

図1/最終エネルギー消費に占める電気と熱需要の割合(出典:省エネルギー小委員会(第17回))

図1/最終エネルギー消費に占める電気と熱需要の割合
(出典:省エネルギー小委員会(第17回))

2.CO2を発生しない燃料── 水素エネルギーの国内情勢と現状

 まず、水素エネルギー活用に関するわが国の戦略を整理したい。政府は2016年3月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を改訂し公表している。このロードマップでは、水素エネルギーの課題解決策を技術開発と時間軸の視点から大きく三つにフェーズを分けて示している(図2)。

図2/水素社会実現に向けた対応の方向性(出典:「水素・燃料電池戦略ロードマップ」経済産業省 水素・燃料電池戦略協議会、2016 年)

図2/水素社会実現に向けた対応の方向性
(出典:「水素・燃料電池戦略ロードマップ」経済産業省 水素・燃料電池戦略協議会、2016 年)

 まずフェーズ1では、定置型燃料電池や燃料電池自動車の普及など「需要」の喚起を謳う。例えば、定置型燃料電池の発電スタックは水素を燃料として稼働するが、家庭に水素を供給するインフラは確立していない。そのため、都市ガス・LPガスなどから水素を製造する「化石燃料改質技術」が用いられている。このように、足下のフェーズ1では化石燃料改質方式を中心に水素製造技術を基礎としつつ需要を増やすことを目指している。
 中期的なフェーズ2では、喚起された水素エネルギーの需要を満たすため、供給力の確保を目指すとしている。水素製造技術はフェーズ1同様、化石燃料改質技術を用いるが、それではCO2排出削減には貢献しない。そのためCO2の回収・貯留・利用技術(CCS・CCUS)と組み合わせることとされている。CCS等の技術開発やポテンシャル確保も必要となり、現状では豪州で褐炭から水素を製造し、排出されるCO2については現地でCCSを活用する方法が検討されている。褐炭は大気に触れると発火する可能性があるが、産炭地または近傍で水素に転換してしまえば国際取引しやすいというメリットも期待されている。
 フェーズ1、2とも化石燃料改質であり利用段階ではCO2を排出しないとしても、水素製造段階でCO2が排出されるため、本質的にはCO2フリーのエネルギーとはならない。またフェーズ2は海外からの輸入であり、自給率改善にも寄与しない。褐炭であれば原油・天然ガスなどよりも地勢的リスクは軽減するものの、水素製造国との互恵関係に依存する点では同じだ。
 一方で、このロードマップで目指される最終段階であるフェーズ3に記載された再生可能エネルギー由来の水素とは、主として水の電気分解(水電解)によって製造された水素のことをいう。水電解で水素を製造する技術を「Power-to-Gas(以下:P2G)」と呼び、例えば、太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来の電力を用いれば、製造から利用までトータルでCO2フリーのエネルギーになる。加えて、水素を輸入する必要もなくなる。CO2が発生しない水素は、化石燃料改質水素との差別化を図るために「CO2フリー水素」と呼ばれる。究極のクリーンエネルギー活用とエネルギーセキュリティの確保に資する水素社会は、このフェーズ3になって初めて確保されるといえるだろう。
 現状の水素利用についていえば、フェーズ1で述べた定置型燃料電池や燃料電池自動車のみならず、実は既に産業部門でも活用されている。工場で化学製品などを製造する際に付随して発生する「副生水素」である。
 製造工程によって副生ガスの水素含有率も異なり、例えば、苛性ソーダの電解などで得られる水素は純度が99%以上のものもあり、市場で取引されている。一方、製鉄所で発生する副生ガスには60%程度しか水素が含有されておらず、高純度の水素を必要とする燃料電池の燃料にそのまま用いることはできない。副生水素を販売するとなると品質を向上させるための設備投資を行う必要がある。現時点では高品質な水素の需要が見通せておらず、投資するインセンティブが働きにくいのが現実であろう。
 一方、低品質の副生水素であってもボイラや自家用発電設備等の燃焼需要であれば十分に稼働させることができることから、副生水素はもっぱら当該工場内で燃料として自家消費されている。このボイラ等の熱需要で水素活用が拡大すれば、低品質な副生水素も市場に流通する可能性が広がり、ロードマップで謳う需要の喚起を促すと期待される。

3.ドイツの水素戦略

 現在、水素の活用に関心を示している国は複数あるが、わが国と並んで熱心なのがドイツであろう。筆者は昨年5月、ドイツの研究機関DENA(Deutsche Energie Agentur:ドイツエネルギー機構)が「Global Alliance Power Fuels」への参加を募るためのハイレベルディナー会合に招聘され、直接議論する機会を得た。独自動車工業会(VDA)や石油産業協会(MWV)、ガス事業者連盟(Erdgas)を含む複数の産業団体や個別企業、研究者との議論を踏まえて、ドイツの水素戦略について概観する。

写真1/DENA Global Alliance Power Fuels でのプレゼンテーション

写真1/DENA Global Alliance Power Fuels でのプレゼンテーション

 ドイツは再生可能エネルギーによる発電量を2025年に40~45%、2035年には55~60%まで引き上げる高い目標を掲げており、2000年からの15年間で一次エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合は2.9%から12.5%と約4倍に注1)、電力における比率としては6.6%から32.4%とおよそ5倍の伸びを示している。
 再生可能エネルギーによる発電設備には様々なインセンティブが与えられ、急速な伸びを示した一方、発電設備と接続する電力系統の整備が追いついていないことについては、これまでも指摘してきた通りだ注2)
 余剰電力の対策としてはまず、電力系統を増強する対策が進められているが、再生可能エネルギーを愛するドイツ人も送電線は嫌いなので、地元合意が進まず、費用の増大もあって遅々として進んでいない。そのため、再生可能エネルギーによる電力を活用する目的で水素技術の実証が進められている。
 しかし日本と大きく異なるのは、ドイツでは電力貯蔵よりもガス体エネルギーでの活用注目していることであろう。なぜガス体エネルギーでの活用が可能なのか。それは、欧州には、膨大な供給容量とネットワークを持つ天然ガス供給網が整っているからだ。このガス供給網に電力から変換した水素を混入することで、再生可能エネルギー発電設備の稼働率向上とロシア等諸外国からの輸入に依存している天然ガスの輸入量抑制を目指している。すなわち、ドイツでは水素エネルギーを需要側での化石燃料、特に天然ガス代替としてP2Gを活用しているのである(図3、図4)。

図3/POWER-TO-GASのユースケース(出典:水素・燃料電池戦略協議会(第5回))

図3/POWER-TO-GASのユースケース
(出典:水素・燃料電池戦略協議会(第5回))

図4/ドイツでのPOWER-TO-GAS実証(出典:「Power-to-Gas system solution. Opportunities, challenges and parameters on the way to marketability」ドイツエネルギー機構)

図4/ドイツでのPOWER-TO-GAS実証
(出典:「Power-to-Gas system solution. Opportunities, challenges and parameters on the way to marketability」ドイツエネルギー機構)

 これまで、電力と燃料は別々の取組みが示されてきたが、電力から水素をつくれば電力と燃料の垣根は取り払われる。「電気は燃料の原材料」という新しい概念が欧州を起点に生まれてきたともいえるだろう。もちろん、P2G技術は効率が悪いという課題も指摘されていたが、限界コストがほぼゼロの再エネが大量に生産されるのであれば効率は問題ではなくなるといった指摘や、他国にエネルギー依存しているドイツ(筆者注:ロシアの天然ガスへの依存を指す)、日本のような国ではエネルギーのダイバシティを増すことになり、悪いことではないといった意見が多く聞かれた。
 なお、COP24期間中にUNIDO(国際連合工業開発機関)エネルギー本部が、ポーランド政府、日本政府の協力の下に、開催した水素活用に関するサイドイベントでは、ポーランドあるいはオーストリア政府関係者も登壇し、水素活用への関心とそのための国際協力の必要性を訴えていた。

4.ガス体エネルギーとしての活用策

 ドイツのように天然ガス供給網を持たない日本では、水素をガス体エネルギーとして活用することは不可能なのであろうか。わが国のガス導管は総延長で約26万km敷設されている注3)。工場などに供給される高圧・中圧ガス管で約4万km、家庭などに供給される低圧ガス管で約22万kmである。もしこれを改修することなく水素を運ぶインフラとして利用できれば、水素活用に大きな弾みとなる。
 しかし、ガス導管への水素混入は、導管を保有するガス会社からは、水素による設備の劣化を懸念する指摘がされている。経済産業省ではすでに水素ネットワーク構築導管保安技術調査事業(平成23~25年度)、水素ネットワーク構築導管保安技術調査事業(平成26~27年度)、水素導管供給システムの安全性評価事業(平成28年度~)を行っており、水素導管への検討を検討している。この中で既存ガス管への混入もケースとして含めており、安全性の確立が待たれるところである。
 現在、都市ガスはメタンが中心の高カロリーガス13A、12Aが主流であるが、かつての都市ガスは5A、4Cと呼ばれる低カロリーガスであった。これらの都市ガスは石炭を原料とした石炭ガスであり、水素50%、メタン30%を主成分とし、一酸化炭素、窒素、重炭化水素、二酸化炭素を少量ずつ含むものであった。水素はメタンに比べ発熱量が低いため、低カロリーガスと呼んでいる。すなわち、かつて供給していた都市ガスは水素ガスが主成分だったのである(今でも一部地域で供給されている)。
 水素をガス体エネルギーとして活用するには設備の劣化も懸念されるが、加えて、ガスとしての「質」も課題だ。ガスの質について筆者は詳しく述べられる立場にないが、そもそも13Aなどのガスグループはガス機器の分類であり、都市ガス事業者はそのガスグループに適したガスを自社の供給約款の中で定義している。すなわち、13Aというガスであっても都市ガス事業者ごとに発熱量は異なる。例えば、地場の油田から採掘される天然ガスを活用する事業者は50MJ/Nm3と高い発熱量を供給している一方、同じ13Aであっても42MJ/Nm3のガスの提供を約款に謳っている事業者もいる。同じガスグループでも事業者の間で発熱量に10%以上の差が生じているのである。
 水素の発熱量等から考えて、13Aの代表的な発熱量である45MJ/Nm3の場合、最大22.2%まで水素を混入することが可能であるとされる(図5)。

図5/都市ガス(13A)の規格と水素混入量(出典:電中研資料等より作成)

図5/都市ガス(13A)の規格と水素混入量
(出典:電中研資料等より作成)

 最後に、消費する場面で機器の取替が必要になるとすると、消費者の初期投資が発生するために電化が進まないのと同様、水素のガス体エネルギーとしての活用は進まない。日本ではガス用品の技術上の基準等に関する省令によって、ガス機器での使用可能な燃料が規定されているが、JISS2103に謳われている試験方法で規定をクリアした家庭用ガス燃焼機器であれば水素の利用は可能だ。
 このようにステップごとに考えれば、日本もドイツ同様、化石燃料の消費を削減する方策として水素の都市ガス混入について検討を進める価値はあるかもしれない。

5.再エネ発電と水素エネルギーの価格

 しかし問題はコストだ。日本はP2Gを電力貯蔵技術として活用することを模索しているが、充放電ロスが他の電力貯蔵技術に比べ多いことが課題である。電気を水素に、そして、また電気に戻すという2回のエネルギー変換を行うため、ロスが倍増するのだ。得られる電力量は水素を製造するために消費した電力量の4割程度まで目減りするとなれば(図6)、コスト低減は相当に厳しいといわざるを得ない。

図6/P2Gのエネルギー効率(出典:IEA Technology Roadmap Hydrogen and Fuel Cells(2015)より作成)

図6/P2Gのエネルギー効率
(出典:IEA Technology Roadmap Hydrogen and Fuel Cells(2015)より作成)

 現在、政府は2030年での水素の価格を30円/Nm3、発電した場合は17円/kWhを掲げている。仮に水素発電を進めるのであれば、高くても再エネ発電の単価がベンチマークとなるだろう。欧州では北海をはじめ洋上風力による発電事業が進みつつある。今では5円/kWh以下で発電事業を落札し長期契約を締結する事業者も現れ始めた。水素エネルギーを進めるうえで最も考慮しなければならないことはこれら再エネ発電の発電単価であり、わが国がまずなすべきことは、こうした再エネのコスト引き下げであろう。
 筆者の持論として、コストが高いエネルギー技術は実験室レベルでは存在しても、政策レベルとしては慎重にならざるを得ない。わが国の温暖化政策としては、需要側で電化を進め、その電力を再エネもしくは原子力で供給することが最も現実的な温暖化対策という結論に変わりはない。しかし温暖化対策の現状を考えれば、何か一つのsilver bulletを待つのではなく、あらゆる手段の積み重ねが求められる。電化できない高温熱需要など化石燃料による需要の代替として水素を燃料として活用し、その中で水素技術の成熟とコスト低下を待つというのが現実的な策ではなかろうか。
 その上で、水素利用に関するコストを大幅に引き下げるには、グローバルでその技術が普及することが大前提だ。水素への国際的な関心を高めつつ、技術普及に向けたコストもシェアしていくことが望ましいのではないだろうか。

注1)
Evaluation Tables of the Energy Balance for Germany
(ARBEITSGEMEINSCHAFT ENERGIEBILANZEN e.V.)
注2)
21世紀政策研究所新書68「ドイツのエネルギー・気候変動政策の概観とCOP23」
http://www.21ppi.org/pocket/pdf/68.pdf
注3)
日本ガス協会資料
http://www.mlit.go.jp/common/001182631.pdf