情報技術とイノベーションの歴史に学ぶ
書評:ジェイムズ・グリック 著、楡井浩一 訳『インフォメーション-情報技術の人類史』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞からの転載:2018年12月7日付)
アフリカの「トーキングドラム」とは、人の語り口を真似て叩く太鼓で、遠くの人に連絡が出来る。決まりとして優雅な文学的表現を使う。「月」は必ず「地上を見下ろす月」と唄う。「鶏」は「キオキオと鳴く小さな鶏」と唄う。実はこれには実際的な理由がある。太鼓だと子音も母音も出せず、音の抑揚だけになるから、「月」だけでは同音異義語だらけになって意味が通じず冗長にしないと意味が通じない、という訳だ。
ハタと思った。枕詞もそうか。「たらちねの母」とか「ひさかたの光」と言うのは、単に文字数を合わせるだけかと思っていた。けれど、昔の歌会はマイク無しに野外で催したから、「母」だけ言っても聞き取りにくい。「〇*ちね?のは△」と言えば母と詠んだことが伝わったのであろう。
所変わって英国。19世紀半ば、バベッジは三角関数表と対数表を自動生成する「階差機関」を考案した。製造の為に政府から巨額の予算を獲得したが、やがて無駄遣いと言われて未完に終わる。しかし全くめげず、リケジョのエイダに励まされ、パンチカードでプログラミングをする汎用コンピューター「解析機関」を考案。重さ15トンの歯車の塊が蒸気機関で動くという壮大なものだった。だがアイデア倒れに終わる。これは今日のコンピューターの基礎概念をほとんど網羅した、驚異的な考案であった。しかし残念ながらそれを実現する部品を欠いていた。真空管によるコンピューターの誕生に先立つこと、実に100年であった。
素晴らしいアイデアでも、それを可能にする周辺技術の蓄積が十分でなければ実現しない、ということだ。どこかの実証試験に似ている。
ソクラテスは文字を書くと人間はダメになると言い、反対した。曰く文字を書く人間は自分の頭で覚えていない。どこに書いてあるかを覚えているだけの馬鹿者だ。
さて今この原稿を書いている筆者は、ひっきりなしにグーグルにお伺いを立てている。ソクラテスならば、お前はグーグルの使い方を知っているだけで、何も分かっておらん、字を読む人間以下の馬鹿者だ、と言うのだろう。
この他、完全性を証明しようとした数学者がゲーデルに食らった不完全性定理の鉄槌、ガラクタ好きのシャノンのロボットなど、インフォメーションとイノベーションに関する話題が満載。自分でもあれこれ考え始めずには居られない。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
インフォメーション―情報技術の人類史
ジェイムズ・グリック 著、楡井浩一 訳(出版社: 新潮社)
ISBN-10: 4105064118
ISBN-13: 978-4105064112