電気自動車の時代 電力会社は勝ち組に?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 会社の寿命30年と言われたことがあった。技術革新、嗜好、市場の変化などを反映し、30年経てば世の中の需要も変わり、かつて全盛を誇った製品も売れなくなることがあるということだ。会社の全盛期は短い。明治時代の日本の大企業の上位を占めていたのは繊維関連企業だが、当時の企業名を今見ることはない。
 第二次世界大戦後隆盛を極めたのは石炭関連企業だった。戦後数年たってから石炭会社に入社した方の話だと、初任給が他業種の2倍だったという。その石炭産業も安価な石油が利用されるようになり、1960年頃をピークに勢いを失っていく。当時の生産量は年間5000万トンを超えた。オイルショックにより世界的に石炭への需要は回復したものの、競争力のない日本の国内炭は復活することなく今は生産量がゼロになった。石炭に代わりエネルギー市場の主役になったのは石油だったが、いま石油業界も難しい時代に直面している。
 1973年の第一次オイルショック直後から、当時セブンシスターズと呼ばれた大手石油会社は、相次いで石炭ビジネスに進出した。原油価格が一挙に4倍になったため、セメント、電力業界などで燃料用一般炭需要が急増し、石油に代わる燃料ビジネスとして注目されたからだ。例えば、当時のエクソンは北米などで既存炭鉱の買収を行う一方、コロンビアで当時世界最大規模と言われたエル・セレホン炭鉱の開発に乗り出した。当時はゲリラとマフィアが暗躍する場所であり、自動小銃を持った警備員だけで500名の雇用があると言われていたので、コストは高くなっただろう。
 その後、国際石油資本は、石炭ビジネスから撤退を始める。いま、二酸化炭素排出量が化石燃料の中で最も多い石炭は温暖化防止の観点から問題視され、石炭関連企業を投資対象として不適格とするファンドなどがでているが、大手石油会社が撤退したのは、温暖化問題が注目を浴びる前の話だった。石油会社に将来の温暖化問題を見通すほどの予測する力があったからではない。儲からなかったからだ。
 石炭が注目された理由の一つに地政学的な視点があった。石炭は米国、カナダ、豪州など政治的に安定した市場経済国に豊富に賦存している。さらに、石炭は他のエネルギー資源と異なり、途上国も含めた多くの地域にあり、可採埋蔵量は200年以上ある。注目を浴びた石炭資源の採掘を石油メジャーなどが多くの地域で一度に手掛けたため、生産量も急増し、価格は長く低迷することになった。炭鉱の採掘可能な期間は20年から30年程度だが、その期間を通して収益が改善することがない事業も多く発生した。
 第一次オイルショック直後に石炭事業を始めた多くの石油会社は、当初は石炭価格の回復に期待し我慢比べをしていたが、長期に亘る価格低迷に耐えることが徐々に困難になり、相次いで石炭事業から撤退することになった。再度石油に回帰したものの、生産量のピークアウト説もあり、石油生産、消費量は今後漸減していくものと思われ、石油会社の将来業績には不透明感がある。
 さらに、石油消費量の50%強を占める自動車用途が、今後落ち込むことが予想されている。その最大の理由は電気自動車が多くの国で主流になると期待されていることだ。昨年から電気自動車の販売台数予測が大きく上方修正された。そんななか、エクソン‐モービルの副社長が「電気自動車を恐れることはない。その影響はすごく小さい」と発言し、注目を浴びた。
 バッテリー価格が下落していること、さらに英国などが将来の内燃機関車の販売禁止を打ち出したこと、世界最大の自動車市場中国の産業政策も絡む新エネルギー車支援策が販売予測を大きく上振れさせた理由だったのだが、エクソンは、電気自動車が普及しても多くの途上国では依然として内燃機関車が主体であり、石油需要に大きな影響はないとの見方をしている。
 石油輸出国機構(OPEC)は将来の乗用車市場をの通り予測している。台数が飛躍的に伸びる途上国市場で内燃機関車が主流のままであれば、世界の石油需要には大きな影響はないかもしれない。しかし、多くの先進国ではガソリンとディーゼルの需要は落ち込むことになる。その需要減を見通し、シェル、BPなどは欧州の充電ステーションの会社を買収している。ガソリンスタンドに代わる新ビジネスだ。

 薄利多売と言われるガソリン販売より、電気はもっと単価が安くなる。燃費・電費にもよるが、ガソリン価格の3分の1とか4分の1だろう。収益確保の手段も簡単ではないように思う。しかし、燃料がガソリンから電気に変わるとすれば、ビジネス維持の方法は他にないのかもしれない。
 では、電気を供給する発電事業の会社はビジネスが拡大し勝ち組になるのだろうか。日本の乗用車、商用車が全て電気になれば、電力需要は20%以上増える。市場が拡大しても、収益が確保可能な発電設備を新設できる保証はない。電力市場が自由化しているからだ。需要増が確実でも、いつも稼働し収益が確保できる設備が何になるかは分からない。一旦設備投資を行うと燃料代が不要な再エネは、仮に固定価格買い取り制度がなくなっても、価格はいくらでも良いから電気を売ろうとする。そうなると、稼働率が落ちる火力発電設備の収益力は低下する。勝ち組が確実なのは、バッテリーメーカだけだろうか。