「2050年に向けた環境・エネルギー政策のあり方」(1)

~次世代を担う社員たちが議論!~


国際環境経済研究所主席研究員

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 エネルギー・環境政策の理解には、個別論点に精通すると同時に、大局的なマクロ視点での捉え方や多面的な見方を持つ必要がある。そこで、関西経済連合会の地球環境・エネルギー委員会では、関西企業の30代社員を中心に、年間を通してメンバーを固定し、エネルギー国際情勢、温暖化対策、化石燃料、再生可能エネルギー、原子力政策、省エネ、イノベーション等、様々なテーマについて議論するワークショップを立ち上げた。
 今回は、この「2050年に向けた環境・エネルギー政策のあり方」ワークショップの第1回として実施した、「世界の温暖化政策と化石燃料」に関する、国際環境経済研究所所長・常葉大学経営学部教授の山本隆三氏による講演の概要と、参加者によるグループディスカッションの様子をお伝えしたい。

(ⅰ) 自給率が高ければ、エネルギー安全保障は問題ないか

 日本のエネルギー自給率は、東日本大震災以降、原子力発電所の停止により一ケタ台が続き、2016年度で8%と非常に低い。では、自給率を高めたらエネルギー安全保障問題は解決するのだろうか?欧米の事例から考えてみよう。
 まず、米国では、近年のシェールガス・オイルの生産増加を背景に、エネルギー自給率が急速に高まり、2015年には9割を超過した注1)


図1

(出所:山本所長講演資料)

 トランプ政権は自給率100%超過を目標としているが、それでも原子力発電を廃止していない。何故だろうか。それには、エネルギー自給率が高くても安心できない出来事があったからだ。
 2014年、米国は記録的な大寒波に見舞われ、南部のジョージア州が零下20度を超えるほどであった。カリフォルニア大学研究者の最近の仮説によれば、地球温暖化の影響で、北極圏の極渦という大寒波が押し出され、北極から南下してくると言われている。この大寒波により、家庭用のセントラルヒーティングや発電用などの天然ガスの需要が急増。全米に張り巡らされた天然ガスのパイプラインに過度な負荷が及び、この需給ひっ迫により、スポット市場の価格が高騰し、供給不足に陥った。零下20度を超過すると、石炭も凍結して、石炭火力も発電が出来なくなる。それでも停電に陥らなかったのは、原子力発電の存在があるからで、この時、原子力発電の必要性が浸透したといわれる。


図2

 2018年の1月にも、米国は冬の嵐に見舞われた。天然ガスのパイプラインの容量は増えたものの、風力発電と太陽光発電に問題が生じた。嵐が来ると風力は羽が折れるために使えず、太陽光はパネルに雪が積もると発電出来ない。米国エネルギー省のデータでは、寒波により電力需要が約3,000万kWも急増したにもかかわらず、再生可能エネルギーの発電出力は、約600万kWから約200万kWに減少した注2)


図3 再生可能エネルギーの発電出力と電力需要の推移

 石炭火力は、シェールガスに比べて価格競争力がなくなりつつあり、稼働率が低下していたがこの時、大幅に稼働率を上げ、加えて、石油火力、天然ガス、および原子力発電による発電量を増加させて、再生可能エネルギーの発電量の落ち込みを賄った注3)


図4 火力発電の発電量増分

 このように、エネルギー自給率が高くても、安定的な供給に支障が生じることがあり、電源構成は分散させることが大事である。これが原子力発電を進める所以でもある。例えば、ジョージア州によれば、天然ガスパイプラインには脆弱なポイントがあるといい、供給の分散化、安全保障の観点から、ボーグルという原子力発電のプロジェクトを進めている。
 次に、欧州の安全保障について紹介しよう。欧州は天然ガス輸入量の40%超をロシアに依存している注4)。ロシアから欧州への供給のパイプラインは、かつて、その約9割がウクライナを通っていた。過去、2006年と2009年の冬に、ロシアのプーチン大統領が、ウクライナとの価格交渉が決裂したとの理由で、天然ガスの供給を停止した。この時、1次エネルギーに占める天然ガス比率が高く、その中でもロシアへの依存度が高い国々は、大きな影響を受けた。


図5 EUエネルギー輸入のロシア依存度

 この結果、欧州の国々は、エネルギー自給率が45%程度であっても、やはり安全保障上のリスクがあるとの認識に立ち、ロシア依存からの脱却を考えるようになった。米国の事例と同様に、エネルギー源の確保には分散が重要ということだ。


図6 EUエネルギー自給率推移

注1)
https://www.eia.gov/
注2)
Department of Energy, National Energy Technology Laboratory, “Reliability and the Oncoming Wave of Retiring Baseload Units, Volume I: The Critical Role of Thermal Units During Extreme Weather Events”, https://www.netl.doe.gov/energy-analyses/temp/ReliabilityandtheOncomingWaveofRetiringBaseloadUnitsVolumeITheCriticalRoleofThermalUnits_031318.pdf

注3)
脚注2.に同じ
注4)
http://ec.europa.eu/eurostat/web/main/home

(ⅱ) 再生可能エネルギー先進国からの示唆

 欧州の再生可能エネルギーの普及は、エネルギー自給率の向上と温暖化対策の両面を目的に進んでいる。欧州における太陽光発電・風力の上位国、ドイツとスペインは、電気料金が非常に上昇した。2014年、ドイツが家庭用以外の固定価格買取制度を廃止したところ、太陽光発電の導入量は激減した。2018年の買取価格は、約9円/kWh注5)であり、日本の2.9円/kWhと比べると約3倍の水準になる。ドイツの標準家庭(3人家族)における年間の電気使用量は3,500kWhと言われており注6)、年間、概ね3万円以上を負担している計算になるが、アンケート調査によれば、年間の支払額を認知している人は少ない。

図7 米国と欧州主要国の家庭用電気料金の推移

 スペインは、固定価格買取制度にかかる国民負担の抑制策として、2013年に遡及して、買取価格を引き下げた。これには、事業者による訴訟もあったが、最高裁は「政府は自由に法律を変える権利がある」として、訴えを退けた。その結果、事業者は政策変更のリスクを認識することとなり、風力・太陽光発電ともに、殆ど導入が進まなくなった。
 では、再生可能エネルギー普及によりCO2排出量を削減できたのだろうか。ドイツでは、1990年から2000年にかけて、CO2排出量は大きく減少した注7)。これは、ベルリンの壁の崩壊以降、旧東ドイツのエネルギー効率の悪い設備を順次更新したことによる。

図8 ドイツの温室効果ガス排出実績と目標

 しかし、1990年比で2020年に40%削減するとの目標については、ドイツは達成は困難と、目標を放棄した。これは、周辺産業を含め炭鉱関連業務に従事する人達4万6,000人の雇用確保と電気料金抑制のためとみられる。温暖化対策に熱心と言われるドイツでも雇用問題や経済政策が優先されることもある。
 再生可能エネルギーは経済政策にプラスの効果があるとされるが、果たしてそうだろうか。太陽光発電のモジュール生産企業ランキング・トップ10によれば、2010年には京セラ、シャープが入っているが、2017年では中国企業が9社(※カナディアン・ソーラーの主力工場は中国)を占めている注8)
図9 モジュール生産量企業ランキングの推移

 次に雇用者数の変化をみると、ドイツ・イタリア・スペインにおける太陽光関連雇用者数は、この10年近くで激減した。これは、雇用のうちの殆どが建築関係と販売が中心となっているためで、新規の設備導入が殆どなくなると、雇用は激減する注9)

図10 独伊西の太陽光関連雇用者数の変化

注5)
2018年の賦課金単価は、6.792セント/kWh。 https://www.bmwi-energiewende.de/EWD/Redaktion/EN/Newsletter/2017/16/Meldung/topthema.html
注6)ドイツエネルギー・水道事業連合会(BDEW)参照。
https://www.bdew.de/
注7)
German Environment Agency, "National Inventory Report for the German Greenhouse Gas Inventory 1990 – 2016", https://www.umweltbundesamt.de/sites/default/files/medien/1410/publikationen/2018-05-24_climate-change_13-2018_nir_2018_en.pdf , Figure 1: Development of greenhouse gases in Germany since 1990, by greenhouse gases
注8)
詳細は、PV Techホームページ参照。https://www.pv-tech.org/
注9)
http://www.solarpowereurope.org/home/

次回:「2050年に向けた環境・エネルギー政策のあり方」(2)~次世代を担う社員たちが議論!~ へ続く