「脱炭素ビジネス」どこかで見た風景-世界はどこに向かうのか(その3)

NHKはエネルギー政策の基本を理解できている?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

 4月27日、経済産業省の審議会がエネルギー基本計画改定案の骨子をとりまとめた。現在の計画の踏襲案になっており、原発は重要なベースロード電源、再生可能エネルギーは経済的に自立した主力電源化を目指すとされた。NHKテレビは本ニュースを報道する際、専門家の意見として「世界の動きとは大きく違う」とのコメントも伝えていた。NHKホームページの要約は次のようになっている。
 専門家は、エネルギー基本計画の骨子案で、2030年度のすべての電源に占める再生可能エネルギーの割合が22%から24%と変わらなかったことについて、「世界の動きと日本の 動きが大きく違うのがはっきりしたと感じる。ヨーロッパのいろいろな国で再生可能エネルギーの割合が20%以上を達成している。日本はこれから10数年かけてヨーロッパに追いつく目標で、それでは技術的にも遅れをとってしまう」と指摘しました。

NHKの報道は再生可能エネルギー推進だけに軸足

 このコメントは極めて奇妙だ。エネルギー政策の目的は、再エネの導入量を増やすことでも、技術開発を進めることでもない。国民に安定的に競争力のある環境性能に優れたエネルギーを供給することが目的だ。再エネは目的の一部を満たすだけだ。 
 エネルギー政策は、国の安全保障、エネルギーの経済性、地球温暖化を初めとする環境問題への対応を軸に、国ごとの事情により決められる。即ち、自国のエネルギー自給率、供給の分散、経済状況とエネルギー価格、温暖化問題への対処を考慮し、各国は自国を取り巻く様々な状況を勘案したうえで、どのようなエネルギーを、どこから、どれだけ購入するかのエネルギー・ミックス、政策を決めている。各国のエネルギー政策は異なるのが当たり前なので世界の動きは一つではない。上記コメント中の世界の動きは欧州の一部諸国の動きを指しているようだが、他国の動きと日本の動きが同じになるはずはない。
 なぜ、日本の再エネの比率が、全く事情が異なる欧州の一部の国の比率より低いことが問題なのか、再エネの導入比率は各国の事情により決められるというエネルギー政策の基本に係る解説は全くない。エネルギー・ミックスが難しいのは、何かを達成しようとすれば、何かが達成されなくなる可能性が高いからだ。再エネの比率を増やせば、自給率、温暖化問題は改善するが、エネルギー価格は上昇する。さらに、市場を作れば技術開発が進むという話も、今までの歴史をみれば実現しているのか大きな疑問だ。
 こんな奇妙なコメントだけを、ニュースの中で紹介するのは、NHKの報道関係者もこのコメントを信じているということだろう。NHKの他の番組をみれば、番組関係者の多くは再エネ推進の立場と思われるが、報道に携わるのであれば引き合いに出す欧州の事情を調べたうえで、コメントを含め、客観的な報道を行うべきではないだろうか。エネルギー政策の詳細な議論については、「エネルギーレビュー」7月号、「Will」7月号の2誌に掲載予定なので、それをお読み戴きたいが、ここでは、安全保障、経済性、再エネによる成長について、ごく簡単に具体例で触れたい。

欧州の再エネ推進は何のため

 再エネ導入のメリットは、自給率向上、化石燃料消費量減・温室効果ガス排出削減だろう。一方、現在の技術では、送電、蓄電などにかなりの費用が必要なことから、需要家の手元に着いた時の再エネのコストは高くなる。欧州諸国が高コストの負担を行いながら、再エネ導入を進めている理由は安全保障と温暖化対策だ。欧州連合(EU)28カ国の自給率の推移が図-1に示されている。自給率が下落するなかで、ロシアからの輸入量の増加が懸念されている。欧州委員会のマレシュ・シェフチョビチ副委員長(エネルギー同盟担当)は、今年3月欧州議会にて「ロシアからの天然ガス輸入シェアは40%に達しており、安全保障上依存率を下げる必要がある」とし、再エネ開発の重要性に触れている。図‐2に示されるロシア依存度低減が欧州の大きな課題だ。

再エネ導入の副作用‐価格上昇に悩む欧州

 EU28カ国のうち、太陽光の発電量が多い国と風力の発電量が多い上位5カ国はの通りだ。太陽光1位のドイツ、風力2位のスペインの設備導入量の推移は図‐3図‐4の通りであり、急激に停滞している。その理由は簡単だ。導入支援制度による負担金が電気料金の上昇を招き、両国共に制度を変えたからだ。図‐5の通り、ドイツの負担額上昇は、太陽光設備導入量の減速により漸く止まった。それでも、夫婦と子供一人の標準家庭の負担額は年間約3万円だ。

 ドイツは、2020年の温暖化目標達成のためには2020年までに石炭火力を廃止し、再エネに切り替える必要があったが、電気料金上昇を更に招くことはできないとし、大連立政権は石炭火力維持、2020年温暖化目標未達を決めてしまった。欧州諸国は再エネ導入によるエネルギー価格上昇に悩みを深めているが、NHKは再エネ比率を上げれば、日本のエネルギー問題は解決すると考えているのだろうか。

再エネが導入されても自国で技術が育つとは限らない

 再エネ比率が高ければ、技術開発が進むと信じている人もいるようだが、世界市場の実情は異なる。太陽光発電パネル製造の上位10社のうち9社は中国、残り1社はドイツ企業を買収した韓国企業だ。太陽光発電先進国だったドイツ、あるいは、最近導入量が増えている米国、日本企業の姿はどこにもない。パネル購入者の選択基準は価格にあり、政府の支援などにより価格競争力があるパネルを製造する中国メーカが世界市場を席捲している。市場があれば、技術開発が進むというのは、あまりに安易な考えだ。
 2017年末の世界の風力発電設備量は約5億4000万kWとなった。世界一の設備を持つのは中国、世界の35%、1億9000万kW、2位米国9000万kWの2倍以上だ。一方、2017年の風力発電タービンのメーカシェアは図‐6の通りであり、必ずしも市場規模とは比例していない。技術力が必要な風力設備では、市場を作ったからといって自国メーカの設備が売れるという訳ではない。市場があれば、設備が売れる、技術が育つという単純な発想を忘れる必要がある。
 エネルギー政策を利用して産業を育てるのは、政策の重要目標ではない。重要なことは、競争力のあるエネルギーを安定的に家庭と産業に供給することだ。エネルギー問題に携わるマスメディアは、政策は何のためにあるのか、よく考え報道すべきだ。