やってはいけない太陽光パネル義務化

小池さん、パネル義務化は貧富の差を拡大し、悪影響は全国に及びます


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 9月17日、タレントの北野誠さんのラジオ番組に電話で出演した。名古屋の番組なので放送内容を確認できないのだが、東京都が推進する新築戸建て住宅への太陽光発電設備設置義務化に関する北野さんの疑問に答え、10分ほどやり取りを行った。北野さんの疑問は具体的には次の3点だった。

家計に影響はないのか
二酸化炭素を削減する効果はどの程度あるのか
将来パネルのリサイクルは可能なのか

 義務化には多くの問題があり、今までも当研究所のブログ(「貧しい国日本での太陽光パネル導入政策を問う」、Wedge Onlineの連載(「小池知事の太陽光パネル義務化が招く停電危機と負担増」)などで、電力供給不安定化、電気料金への影響、産業振興にもつながらない点を指摘してきたが、ここでは北野さんの疑問に、もう少し詳しく応えたい。

貧富の差を拡大する太陽光発電

 太陽光発電設備が増えれば、固定価格買取制度に基づく買取金額も増え、消費者が電気料金により負担している賦課金額も増える。賦課金額は2022年度1kWh当たり3.45円。標準世帯で年間1万円を超える負担額をさらに引き上げることになる。製造業では、従業員1人当たり平均すると現状でも年間約10万円の賦課金額の負担になっている。給与にも影響を与える額だ。
 もっと大きな問題は、太陽光パネルを導入した世帯では、支払う電気料金が少なくなることだ。多くの家庭では晴天の日の昼間は電気が余剰になり、電気を売ることになる。電気を購入するのは、雨天、夜間などの時間帯だけになるだろう。毎月の購入電気料金の支払い額も少なくなる。導入世帯はメリットを享受できるが、導入しない世帯の負担は増える。
 電気料金には、送電線、配電線の費用も含まれているが、太陽光パネルを導入した家庭が支払わなくなる送配電線の維持費などの費用は、太陽光発電設備を設置しない世帯が負担することになり、電気料金の引き上げにつながる。
 大きな問題は、送配電費用の負担が少なくなる太陽光発電設備設置家庭の収入が相対的に高いことだ。米国では、太陽光発電設備を設置している世帯の年間所得(中央値)は、一戸建て保有世帯を3万9000ドル上回り、全世帯の所得中央値を4万9000ドル上回っている(図-1)。

 日本では、米国のような調査データは見当たらないが、所得階層別の住宅保有比率のデータは公開されている。当然だが、所得が増えるに従って持ち家比率は上昇する(図-2)。米国と同様に太陽光パネルを設置する世帯は、住宅保有世帯の中でも相対的に所得が高いだろうとも容易に想像できる。

 日米の世帯所得の分布の違いから、日本では世帯所得の低い世帯が相対的に多い状況は明らかだが、物理的に太陽光パネルを設置できない相対的に所得が低い世帯が、再エネ賦課金額の増加分と送配電費用の割り増し分の支払いを強いられるのは、貧富の差を拡大する。
 地方自治体が考えるべき政策は、格差を小さくし所得の底上げを図ることだ。格差を拡大する政策を実行してはいけない。政策目標を逸脱しているのではないか。格差拡大は経済成長率を下げるとの研究があることも重要だ。
 温暖化対策として許されるとの主張があるが、温暖化対策としても費用対効果が最も小さい政策の一つだ。

温暖化対策としても効果が薄い政策

 太陽光発電設備導入による二酸化炭素排出削減量とそのコストを、ごく簡単に計算してみよう。住宅用太陽光パネルの設置費用は、2021年平均kW当たり28万円とされている。4kWの設備を住宅に設置した場合、費用は112万円。
 標準的なパネルの利用率13.7%に基づくと、年間の発電量は約4900kWhとなる。日本の事業用全発電設備からの発電量(つまり私たちが購入している電気)1kWh当たりの二酸化炭素の排出量(排出係数)は約450グラムなので、太陽光発電設備からも排出される僅かな量の二酸化炭素を無視すれば、設備の住宅設置により、購入している電気が減少し、年間約2.2トンの二酸化炭素が削減可能になる。
 太陽光発電設備の利用期間を20年間と想定すると、総削減量は44トンになる。将来の発電量当たりの二酸化炭素排出量は減少するので、総削減量も減る筈だが、現状の排出量が続くと仮定する。削減1トン当たりの設備費用は、約2万3000円になる。
 仮に100万kWの原子力発電所の再稼働に1基当たり1000億円必要とし、利用率75%とすると、年間の発電量は65億7000万トンになる。削減される二酸化炭素量は、296万トンになる。20年稼働するとすれば、総削減量は約5900万トン。削減1トン当たりの設備投資額は、約1700円だ。
 新設の場合にはどうだろうか。小型モジュール炉(SMR)として商業化が近いニュースケールのSMRを100万kW規模で設置する費用は、1ドル140円とすると、約4000億円になる。新設設備の使用期間を40年から60年とすると、削減1トン当たりの設備投資額は、2300円から3400円だ。投資額当たりの削減数量は太陽光発電設備の7倍から10倍になる。
 原子力発電を持ち出すまでもなく、例えば、固定価格の買取額を見ても明らかだが、事業用の太陽光発電の単位当たりの設置コストは住宅用よりも安い。同じ太陽光発電設備を設置するのであれば、住宅用よりも事業用のほうが、二酸化炭素削減コストは安くなり、消費者が負担する賦課金額も低くなる。
 コストが高い住宅用太陽光パネル設置を義務化する目的は、温暖化対策とされているが、その費用対効果は、温暖化政策の中でも最低レベルだ。

全く意味をなさない政策

 経済が30年に亙り低迷し、標準的な世帯の所得が伸びていないことを考えても、あるいは温暖化対策のことを考えても、導入してはいけない政策が、太陽光発電設備義務化であるのは明らかだ。北野さんが懸念していた廃棄の問題も将来出てくる可能性が高い。太陽光パネルを屋根に乗せた空き家の解体費用は、高くなる。リサイクル技術のイノベーションがなければ、廃棄は大きな問題になる(「これから太陽光パネルの大量廃棄時代が始まる」)。
 パネルの9割が輸入されており産業振興に寄与しない問題は言うまでもない。何を目的とする政策なのだろうか。疲弊する産業と家庭の電気料金をさらに引き上げる温暖化対策としても効果が薄い政策を実行してはいけない。政策により迷惑を受けるのは、送配電費用の負担増に直面する東電管内の世帯だけでなく、賦課金額と電気料金上昇の影響を受ける全国の世帯と産業だ。