地球温暖化の科学的不確実性


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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4 観測分析

 かつてGCMで予測されたペースに比べて、観測されている地球温暖化のペースは遅い(データはすぐ後述)。このことから、気候感度は低めの推定値が妥当なのではないか、という意見が提出されてきた。
 観測分析(Observational Analysis)と呼ばれている方法で、GCMを用いずに、海洋の熱吸収及び放射強制力の測定値から気候感度を割り出すという研究である。これによると気候感度は低くなる(図表4)。これらをどう取り扱ったらよいか、意見がまとまらなかったために、AR5では気候感度の「最良の推定値」を決めることは見送られた(図表7)。これらの数値が正しいか、GCMの示す高めの数値が正しいのかは、いま論争が続いているが、これについてはまたの機会に譲る。

図表7 ECSの推計値。IPCC報告(Fourth Assessment, Fifth Assessment, GCM(CMIPS models)、観測分析(Lewis and Curry 2014; Lewis 2016)。(Curry 2017)

図表7 ECSの推計値。IPCC報告(Fourth Assessment, Fifth Assessment, GCM(CMIPS models)、
観測分析(Lewis and Curry 2014; Lewis 2016)。(Curry 2017)

5 ハイエイタス現象

 21世紀に入ってからは、かつてGCMが予言したのに比べて、温暖化が起きていない。これはハイエイタス現象と呼ばれている。図表8(a)で、黒の実線が観測値で、”models”とあるのはGCMによる(あらゆる排出量予測に対応する)温度上昇予測である。
 このハイエイタス現象の原因についてIPCCは、海洋の熱吸収が大きかった、太陽放射が減少した、エアロゾルによる冷却化が大きかった、などのいくつかの理由を挙げているが、よく解っていないとしている(IPCC AR5 WG1 Box 9.2 p769)。
 このうち、深海(700m以深)の熱吸収が、観測も不十分で理由不明ながら、予想より多かったのではないか、という点は注目される。というのは、元々、海は大気よりもはるかに熱容量が大きい(IPCC AR5 WG1 Box 3.1 p264)上に、いったん深海まで移動した熱は100年程度の時間ではあまり戻ってこないため、もしも深海への熱移動が大きいならば、CO2排出削減への負担は大幅に軽減されることになるからだ。
 この点、IPCC AR5 WG1は、深海の熱も地球を暖めているから、ハイエイタスといっても地球温暖化している点では変わりない、という書きぶりになっている。しかし、これは、数千年規模で見れば確かにそうだけれども、温暖化対策が関係する今後数十年規模で見るならば、全く話が変わる。この重要性はWG1ではよく理解されていなかったようである。

図表8 IPCCの温暖化予測。

図表8 IPCCの温暖化予測。

6 IPCC報告における不整合

 ハイエイタス現象を受けて、IPCC AR5では、専門家判断(expert assessment; IPCC AR5 p1010)によって2015-2035年の温度上昇予測をGCMの計算値より下方に修正している。図表8(b)では、黒の実線が観測値で、灰色の網ふせがGCMによる予測で、赤い斜線部が(あらゆる排出量予測に対応する)IPCCの専門家判断である。

 整合性の観点から問題があるのは、このように2030年頃までの予測は下方修正しているのに、2100年までの予測については下方修正していないことである。非常に有名なこの図表9もこの下方修正をしていない。AR5はこの理由を十分な科学的理解を欠くためである、としている。注7)

図表9 地球の平均温度の予測(Curry 2017; IPCC AR5)

図表9 地球の平均温度の予測(Curry 2017; IPCC AR5)

 整合性についてもう1つ問題があるのは、排出削減のシナリオを分析する2014年のIPCC 第5次評価 第3部会報告(以下、IPCC AR5 WG3と略する)においては、気候感度を3度として排出削減量を計算していることである。前述したように、AR5では、気候感度の最良推定値は「得られない」というのが結論であった。それにも拘わらず、1つ前のAR4の最良の推定値である3度が用いられた訳である。
 以上のような不整合は、なぜ起きたのだろうか。
 おそらくは、単に間に合わなかった、というものである。IPCCに関与する研究者は多く、3つの部会と、各部会の中の複数の章は、いずれも並行して作業を行う。だから、ある章の作業は、他の章の従前の報告書を参照して進めざるを得ない。3つの部会の報告書は1年以内にまとめて出されるので、十分に整合性を図る時間が無くなってしまう。注8)

7 将来に向けて

 将来は、気候感度による研究は進み、観測分析とGCMの研究結果の違いへの理解が進むだろう。またAR5で見られたIPCC内の不整合は、2020年~2021年に刊行される第6次報告書(AR6)までには解決されることを期待する。
 GCMは気候システムを理解するための重要な道具であり、今後も高度化が図られることが望ましい。GCMの研究は大変な仕事であり、関係者には心から敬意を表する。
 今後、GCMが進歩することにより、また、観測データが蓄積されることによって、どこまで過去が再現できるようになるだろうか。1910年から40年にかけての20世紀前半の温暖化、1940年から1965年までの20世紀半ばの寒冷化が再現できるようになり、さらには、中世の温暖期、近世の小氷期、10万年単位の間氷期―氷期サイクルなどが一つのモデルで再現できるようになるかもしれない。そこまでいけば、気候感度にも、将来の温暖化予測にも、もっと信頼を置けるようになるのかもしれない。

 だが、問題の持つ根本的な複雑さと、観測されるデータの限界(時間を遡るほどデータは乏しく、不確実になる)を考えるとき、将来への予言能力が何時どの程度高まるのかは、全く予断を許さない。ノーベル賞を受賞した物理学者フリーマン・ダイソンは「温暖化は起きていて、人為的である。だがどの程度温暖化して、それがどの程度悪影響があるのか、それを知るのは、問題が複雑すぎるため、不可能である」という主旨のことを言っている注9)

 もちろん、温暖化対策をどの程度するのかといった、政治的な意思決定は必ずしなければならない。何もしないというのも1つの意思決定だからである。そしてそれは、最善の科学的知見――どのぐらい不確実かも含めて――に基づくべきである。

注7)
the influence of these factors on longer term projections has not been quantified due to insufficient scientific understanding. (AR5 Table SPM.2)
注8)
このような解釈に疑いの目を向ける人もいるだろう。だが筆者はこれ以上の情報を持ち合わせていない。
注9)
https://www.youtube.com/watch?v=BiKfWdXXfIs