イギリスのエネルギー政策と再生可能エネルギー問題

英国再生可能エネルギー財団 ジョン・コンスタブル氏にきく


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2018年2月号)

 2004 年に英国で「Renewable Energy Foundation(以下、REF)」を設立し、精力的に再生可能エネルギーに関するデータ提供や政策提言を行っているジョン・コンスタブル氏が昨年末、キヤノングローバル戦略研究所のセミナーに登壇するため来日した。筆者も同セミナーにディスカッサントとして参加することとなり、それを機にインタビューをさせていただいた。
 REF設立のきっかけは、ご自身のお母様の家の近くで風力発電の建設計画が持ち上がったことにあったという。それほど風が強いところでもなく、風力発電に適しているとは思い難いのに、なぜ建設計画が持ち上がったのかと疑問に思い調べていくと、過剰な補助制度が原因であると気づいたという。そんな政策のツケを背負うのは子供たちであると強い危機感を抱くに至り、企業からの寄付は受けず民間の寄付だけで活動するREFを立ち上げた。今回、再生可能エネルギー普及における政府の役割、英国の温暖化政策の見通し、日本へのアドバイスについてお話を伺った。

再生可能エネルギー普及における政府の役割

─── 再生可能エネルギーの普及において、政府はあまり介入すべきではないと主張している。では政府の果たすべき役割は何か?

コンスタブル:英国政府は2002年にRenewables Obligation(RO)、2010年にFeed-in Tariff(FIT)、2015年にCfD(Contract for Difference)を導入し、再生可能エネルギーの普及を支援してきた。しかし、その政策は非効率であり、再生可能エネルギーを支援するためのコストが高くついている。REFで計算した2002年から2016年までに再生可能エネルギーに対する補助金は総額231億5,600万ポンド(約3.5兆円)にもなる。
 その上、再生可能エネルギーに対して補助を行った結果、その歪みで天然ガス火力や原子力にも補助しなければならなくなってしまった。自由化された市場でありながら補助金の世界に戻ってしまった。シンプルにいうと“too many unintended burden(あまりにも多くの予期しない負担)”をもたらしてしまった。
 エネルギー供給の柱となるには、経済性で勝るようにならなければならない。政府は技術開発等において長期的な支援をすることが求められる。

ジョン・コンスタブル John Constable
英国再生可能エネルギー財団ディレクター

英国のエネルギー・環境政策、特に再生可能エネルギー政策研究の第一人者。気候変動政策の分析を行う世界的な研究者グループである「ハートウェルグループ」においてロンドン経済大学名誉教授であるGwythian Prins氏とともに共同主筆を務め、2013年には「The Vital Spark」を出版。現在は「Out of the Darkness」の発行に向け取り組んでいる。
(キヤノングローバル戦略研究所セミナー時資料注1)より和訳・抜粋)

───しかし再エネのコストは世界全体では低下しており、英国でも特に風力発電のコストが顕著に低下していると報じられているが?

コンスタブル:確かに再エネのコスト低下に関する報道は多く、風力発電の設備コストは年間3~4%程度低下している。しかし、今後大きく拡大すると期待される洋上風力は、沖の深い海に出ていかざるを得ない。コスト全体を考えると、今後も下落するとは期待しづらい。また、コストが低下しているというのも「トリック」がある。いま入札が行われているプロジェクトの多くは、実際に設備を建設するのが2020年頃の予定だ。その頃には温暖化対策の観点から炭素価格(カーボンプライシング)が課せられるなど火力発電のコストが上がっていると期待してプロジェクトに応札した事業者が多い。その頃に卸電力市場での価格が安ければ、彼等は事業を実施しないだろう。ペナルティがほとんどないに等しいので、「ギャンブルに参加する権利」を確保しているだけに過ぎない場合も多くある。
 しかも再エネの導入量が増えれば、バランシングコスト、ネットワークコストが必要だ。それらは正確に算出することが難しいので、これまで十分に議論されてこなかったことに留意が必要だ。

表1/英国の再生可能エネルギー関連補助の推移(ROとFIT)(出所:REF)

表1/英国の再生可能エネルギー関連補助の推移(ROとFIT)
(出所:REF注2)

英国における低炭素化

───メイ政権の温暖化政策について聞きたい。メイ政権が発足直後にエネルギー気候変動省(DECC)を廃止し(補記:メイ首相は2016年7月14日、エネルギー気候変動省を廃止し、ビジネス・エネルギー・産業戦略省に吸収すると発表)、また、彼女の就任演説でも環境対策についてはほとんど言及がなかったことに驚いた。もともと英国人は気候変動問題に対して欧州の中では関心が低い方にあるという調査結果もあるが、現状英国人の気候変動問題に対する「熱意」はどのようなものか?

コンスタブル:現在、ブリグジット(英国のEU離脱)以上に困難で、かつ国民の関心を集めている課題はない。それ以外には目が行かないのが実態だ。特に、EU離脱後の英国の産業界の競争力をどう確保するのかが課題だ。そのため、話題になっているのは、温暖化ではなくエネルギーコストの上昇である。今年の総選挙でもエネルギーコストの負担が増大していることが大きな争点となった。家庭部門のエネルギー料金に上限価格規制(プライス・キャップ)が導入される見込みである注3)。再エネへの補助も含めてエネルギーコストの総額をコントロールするということである。

───では、英国における再エネ普及政策の見通しは?

コンスタブル:見通しというより、今既に出ている方針がある。英国財務省が先々週(2017年11月23日)にオータム・バジェットを発表した。再生可能エネルギーや原子力のために英国の消費者や企業が負担するコストが年間90億ポンド(約1.47兆円)に拡大するという見通し注4)が示され、財務省は再生可能エネルギーへの新たな補助は凍結するとした注5)。2025年まではCfDによる新たな契約はないという状態が続く。あまりに消費者のコスト負担が膨らみ、クリーン電力への補助に対して世論の支持が得られなくなっている。

───フランスに続き、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を全面禁止し電気自動車(EV)導入を進めると発表したことにはどのような背景があるのか?

コンスタブル:2040年は遠い未来だ。現在の問題ではないので国民のコンセンサスが得られやすい。また、大気汚染の問題は日本よりは深刻なので、それを改善することには誰もノーとはいわない。私は今日東京に来て、ロンドンと比べて空気が非常にきれいであると実感した。さらに、フォルクスワーゲンに端を発したディーゼルの不正問題も大きく影響していると考えている。

───とはいえ、COP23では英国とカナダが主導して「Powering Past Coal Alliance」を設立し、日本でも話題になった。確かに英国においてここ数年石炭火力は急激に減少しているが、このアライアンス設立の背景は?

コンスタブル:非常に安く済む政治的パフォーマンスだ。さきほど指摘された通り、ここ数年で石炭火力は急激に減少したため、英国にとって痛みはない。痛みがないからできることだ。それより重要なのは、なぜ2012年から13年頃にかけて石炭火力の稼働が急増したかだ。これは、排出規制を満たさない石炭火力が、できるうちに発電しようとした「駆け込み発電」による排出であり、規制は時にこうした皮肉な事態を引き起こすものだ。

───COP23にも参加してきたが、パリ協定は成立したものの、国際枠組みの難しさは変わっていない。しかし一方で、金融や投資家が低炭素化を求める動きが強まっている。イングランド銀行などは非常に積極的な発信を行っているが、その背景は?

コンスタブル:金融・投資の関係者はシグナルを出す役割を担っている。気付きを与える役割はあるが、リアルの世界にいるわけではないというのが私の理解だ。私自身は、確実な自然保護に出す資金は惜しまないが、温暖化はまだ不確実性が高い。

───パリ協定の特色として、産業革命前からの温度上昇を2℃未満に抑制するという目標が合意された。これを達成するために再エネに大きな期待が寄せられているが?

コンスタブル:温暖化対策というのは温暖化の悪影響に対しての保険のようなものだと考えている。保険であるならば三つの要件を満たさなければならないだろう。まず、きちんと対象リスクをカバーしているということ、保険料が妥当な範囲であること、リスクとマッチした保険料ということだ。2℃の目標は保険料とリスクが見合っていないし、リスクをすべてカバーできてもいない。2℃を心配するより、クリーンテクノロジーのコストを下げることに努力しなければならない。安ければ自発的にみんなが使うようになるから問題は解決するはずだ。

日本へのアドバイス

───日本はFIT導入以降、再エネの導入量が急速に拡大した。太陽光発電には「バブル」といわれる状況も生じて、導入量は急拡大した。再生可能エネルギーの普及を加速させることが目的であったわけだが、国民負担が膨らんでいる。

コンスタブル:どうすればよいか細かいところはわからないが、この15年から20年程度の間、世界中で再エネは大きな補助金を受けてきた。再エネの世界に「競争のプレッシャー」が必要だ。そして、再エネの問題は、バランシングコスト、ネットワークコストがかかることだ。
 英国を例にとれば、風力を使いこなすためのコストが急激に増大している。スコットランドには多くの風力発電が存在するが、人口500万人くらいでピークロードは5~6GW程度しかない。イングランドでその電気を有効活用できれば良いが、それができないのでお金を払って発電を止めてもらっている。再エネ発電事業者に対してインバランスのコストを負担させることで、出力をコントロール( 見通しを立てる)モチベーションを持ってもらい、社会が負担すべきコストを低下させることが必要だ。日本でもこうした問題は発生するだろう。

図1/再エネの補助金とシステムコスト合計の見通し

図1/再エネの補助金とシステムコスト合計の見通し
元エヌソナグリッドのマイケル・コリンギブソン氏によるシステムコストを参照してREFで試算した結果、
補助金とシステムコストの合計は2,560 億ポンドになるとの結果となった。

───ネットワークについては日本ではまだ運用でできることもあるだろうが、課題は認識しておかねばならない。蓄電技術が急速に進歩しコスト低下することに期待したいが、そのペースは再エネの普及ほど早くない。その他にも懸念しているのは、再エネ設備の撤去やリサイクルにかかるコストだ。20年後、30年後に大きな問題になるのではと懸念している。分散型電源と自然との調和について、英国はどのように取り組んでいるのか?

コンスタブル:人々は基本的なことを見逃しがちなものだ。英国でもその検討は十分されていない。

───わが国では現在、カーボンプライシングの導入が議論されている。低炭素化を効率よく進めることが目的だが、FITと排出量取引や炭素税等を同時にやれば、政策の重複が生じ低炭素化のコストが膨張すると懸念している。

コンスタブル:それはその通りである。カーボンプライシングはもし「単一の政策」であれば効果があるだろうが、そうでなければ大きな無駄を生むというのは欧州が証明済みだ。なおかつカーボンプライスは低所得世帯にダメージを与える。逆進性が高いからだ。エネルギーコストの上昇による家計への影響は、エネルギーコストだけをみていてはいけない。英国の販売電力量の3割程度が家庭用で、約7割が産業や民生部門だ。企業は電気料金が上昇した場合、サービスや商品の値段に乗せて消費者にパスする。例えばスーパーの冷蔵庫の電気代が上がったら冷凍食品の値段も上がる。消費者への影響はエネルギーコストの上昇だけからみていてはわからない。

図2/風力発電の出力抑制に関する補償のコスト

図2/風力発電の出力抑制に関する補償のコスト
高圧送電線にはボトルネックがある。スコットランドに豊富な風力を活用しきれず、
出力抑制の補償として足元(2017年)では約100億ポンドに膨らんでいる。

───エネルギー安全保障の重要性についても発言されている。英国においてエネルギー安全保障の問題はどのように捉えられているのか?

コンスタブル:エネルギー安全保障はどの国においても非常に重要であるが、国によって状況も考え方も異なるだろう。英国ではGeneral publicもエネルギー安全保障に関心が高いと感じている。石炭火力を2025年までに廃止すると決定できたのも、国産のシェールガスのポテンシャルが大きいと期待できることにあるだろう。シェールガスのフラッキングに対する反対も強いので、開発が順調に進むかどうかはわからないが。

───原子力についてコンスタブルさんご自身はどう考えておられるか?

コンスタブル:どの先進国にとっても、原子力なくして温暖化目標を達成し、同時に経済成長をというのはむずかしい。短期的には天然ガス使うといったことが合理的なオプションだが、長い目で見たら原子力技術は必要だろう。ただし、英国のCfDによる原子力の補助は非常に高く、ガス火力をやったほうが良いという議論があるのは事実だ。原子力技術を維持するには、政府が市場条件を整備することが必要だ。再エネを政策的支援によって導入したため、天然ガス火力発電所すら今英国では誰も建てようとしない。英国政府も容量市場制度を導入したが、うまく機能しているとは言い難い。

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───最後に、日本のエネルギー政策に対してのメッセージをお願いします。

コンスタブル:英国もいろいろ失敗しながらやっている。失敗したら早く修正すべきだ。英国の成功も失敗も冷静に評価してもらいたい。

【謝辞】
 コンスタブル氏は京都大学で教鞭をとっていたこともあり、日本には非常に親しみを持っておられます。筆者もこれまで二度ほどロンドンを訪ね、再生可能エネルギー政策のあり方について議論させていただきましたが、常に英国の経験をもとに真摯なアドバイスをいただき、感謝に耐えません。今回の来日も大変ハードなスケジュールの中、快く対応いただいたことに感謝申し上げます。また、彼を招聘し本インタビューにも快くご協力をいただいたキヤノングローバル戦略研究所杉山大志上席研究員にも心よりの御礼を申し上げます。
 コンスタブル氏が同研究所で行ったセミナーで使用したプレゼン資料は下記に掲載されています。
 http://www.canon-igs.org/event/report/20171218_4634.html

注1)
http://www.canon-igs.org/event/report/20171207_program.pdf
注2)
http://www.ref.org.uk/ref-blog/340-the-total-cost-ofsubsidies-to-renewable-electricity-in-the-united-kingdom-20022016
注3)
関連報道
2017年10月5日Bloomberg
“Theresa May’s U.K. Energy Price Cap Signals Wafer Thin Margins”
https://www.bloomberg.com/news/articles/2017-10-04/theresa-may-s-u-k-energy-price-cap-signals-wafer-thin-margins
2017年4月23日FT
“Conservatives promise to cap prices in UK energy market”
https://www.ft.com/content/d6f949e2-280b-11e7-bc4b-5528796fe35c
注4)
Control for Low Carbon Levies
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/660986/Control_for_Low_Carbon_Levies_web.pdf
注5)
関連報道2017年11月22日Guardian
“No subsidies for green power projects before 2025, says UK Treasury”
https://www.theguardian.com/environment/2017/nov/22/no-subsidies-for-green-power-projects-before-2025-says-uk-treasury