本気で石炭復活に乗り出したトランプ政権

米国で大きな議論、注目されるFERCの判断


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

(「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年1月号からの転載)

 ドイツ・ボンで11月に開催された国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)では、NGO(非政府組織)により日本の国際協力銀行がインドネシアの石炭火力発電所建設に融資を行ったことが非難された。二酸化炭素(CO2)を相対的に多く排出される石炭の利用は、温暖化対策を進めようとするパリ協定に逆行するというのが非難の理由だ。
 炭鉱労働者への支援、石炭産業復活を打ち出しているトランプ政権の米国とともに、日本は国内外で石炭火力を推進する国として、COP23の会場でNGOの抗議活動の対象になった。温暖化問題を考えれば、石炭火力が非難対象になるのは理解できるが、インドネシアなどの新興国が石炭火力を新設するのは、温暖化問題よりも大きいメリットがあると考えているからにほかならない。
 エネルギー政策で考慮すべき点は、環境問題に加え、エネルギー価格の経済性、安全保障問題がある。新興国が石炭に代わる電源を利用すれば、エネルギー価格の上昇は避けられず、国民生活には大きな影響を生じることになる。背に腹は代えられない国はまだまだ多くある。エネルギー自給率7%の日本がエネルギー安全保障を考える時も、輸出国が北米、豪州、インドネシア、ロシア、中国などに分散している石炭を外すことは難しい。
 石炭を必要とする新興国やエネルギー自給率の低い日本と、米国の事情は随分異なる。2000年代後半から始まったシェール革命により天然ガスと原油の生産量が急増し、米国のエネルギー自給率は90%近くまで向上した。天然ガス価格は大きく下落し、産炭地から離れた地点では天然ガスが石炭より価格競争力を持つことになり、発電部門で石炭はシェアを急速に失った。
 石炭火力は1990年代、発電量で約50%のシェアがあったが、2016年に歴史上初めて天然ガス火力のシェアを下回り、約30%になった。市場原理によりシェアを失った石炭だが、市場を無視し石炭火力を支援する政策がペリー・エネルギー長官により提案された。米連邦エネルギー規制委員会が同意すれば、石炭火力復活が実現することになる。

温暖化問題だけが重要政策ではない

 世界の発電量の40%強は石炭火力によるものだ。理由は石炭の生産地が分散し供給安定性に優れていることと、価格競争力があるためだ。世界一の発電大国・中国では約6兆kWhの73%が石炭火力によるものだ。発電設備容量は日本の約8倍、16億5000万kW。石炭火力発電設備が約6割を占める。中国は大気汚染問題もあり、石炭火力新設を抑制する方向にあるが、貧困層を抱える途上国では電気料金抑制のため石炭火力に依存せざるを得ない面がある。
 ASEAN(東南アジア諸国連合、10カ国)は約6億4000万人の人口を抱える経済圏だが、電力需要は日本を下回る8000億kWh程度だ。電力供給量の約30%は石炭火力に依存している。この地域には、いまだに薪を利用している世帯、あるいは無電化の世帯が多く存在している()。

図 東南アジア諸国の無電化/ 薪などの利用人口 出所:Southeast Asia 2015(国際エネルギー機関)

図 東南アジア諸国の無電化/ 薪などの利用人口
出所:Southeast Asia 2015(国際エネルギー機関)

 これらの世帯もやがて電力の利用を始めることになる。国際エネルギー機関(IEA)の予測では、2035年の電力需要は1兆8000億kWhに達し、石炭火力のシェアは約50%に上昇する。石炭火力の発電量は今の約4倍になる。温暖化問題があるにもかかわらず石炭が利用される理由は簡単だ。経済性があるからだ。
 一方、東南アジアで現在、建設または計画されている石炭火力(計8000万kW)の内訳をみると、設備投資額は相対的に低いものの、発電効率で劣りCO2排出量が相対的に多い亜臨界ボイラーが2000万kW近くを占めている。これらの設備が効率のよい超臨界ボイラーに代わるだけでも、CO2排出量は大きく減少する。
 日本や米国が高能率の石炭火力発電設備の輸出に力を入れると、結果としてCO2排出量は減少することになる。石炭消費増に結び付くとして日本を非難するNGOはもっと多くの側面を考える必要があるのではないか。
 米国ではオバマ前大統領が温暖化問題対策として石炭火力に対する厳しい姿勢を打ち出したが、シェール革命による天然ガス価格の下落により石炭火力は競争力を失い、温暖化対策の政策実施を待つまでもなく、シェアを大きく減少させた。石炭復活を打ち出して大統領選に臨んだトランプ大統領は、アパラチアの炭鉱地域で票を獲得し当選したが、就任後に打ち出した石炭復活策も市場原理を覆すほどの効果はなく、石炭の生産量は下げ止まったと言えるものの低迷したままだ。
 この状況を一挙に覆す石炭火力復活政策を、ペリー・エネルギー長官が2017年9月28日に提案し、米国で大きな議論を呼んだ。

米エネルギー省の石炭復活策

 トランプ政権は同年1月の政権発足後、石炭復活のため排水関係環境規制の緩和、連邦政府保有地における石炭鉱区権設定の再開などの政策を打ち出したが、石炭消費の約9割を占める電力部門での石炭の発電シェアは2016年と同じ約31%で推移している。
 この状況を変えるため、エネルギー省(DOE)のペリー長官は、電力市場の監督を行っている連邦エネルギー規制委員会(FERC)に対し、送電網の安定性と強靭化を考慮する施策を実施するよう提案した。市場介入という、市場重視の共和党政権には似つかわしくない提案だった。FERCは60日以内に回答を行う必要がある。

表 米国の主要電源別発電設備※数字は2015年末現在。合計には表以外の電源も含む 出所:米エネルギー情報局

表 米国の主要電源別発電設備
※数字は2015年末現在。合計には表以外の電源も含む
出所:米エネルギー情報局

 米国では、老朽化し天然ガス火力との相対的な競争力を失った石炭火力の閉鎖が相次いでいる。米国の発電設備容量は11億kWを超えており、石炭火力は3億kWある()。しかし、DOEによると、2002~16年にかけて531基(計5900万kW)の石炭火力が廃止された。2020年までにはさらに1270万kWの廃止が計画されている。
 米国では異常気象が発生した際、天然ガスの需要が急増し、パイプライン能力を超えてしまうことがある。2014年に大寒波が米国北東部を襲った際には、天然ガスの需要急増により発電所への天然ガス供給が遅れる事態が発生した。DOEはこうした事態を避けるため、90日以上の燃料をサイトに保有する発電所には送電網の安定化に寄与するメリットを評価する補償が行われるべきとの考えだ。対象になるのは石炭火力と原子力発電所、一部の水力発電所だ。

 この措置により閉鎖を予定していた石炭火力が維持されることになり、送電網の強靭化に寄与することになるとDOEは考えているが、多くの業界団体、FERCの元委員などからは、競争力を失った設備を補助金で維持するもので市場経済に反するとの批判が出た。
 また、米国内の停電の大部分はハリケーンなどによるもので、燃料を原因とする停電はほとんどないことから、設備維持が強靭化にはつながらないとの指摘と、電気料金の上昇につながるとの批判も出ている。FERCの3人の委員のうち1人は賛成、1人は反対の意向との報道もあるなか、FERCの判断が注目される。