花粉分析で分かる地球温暖化
書評:中川 毅 著「人類と気候の10万年史ー過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか 」
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞からの転載:2017年11月24日付)
地球温暖化というと、100年後の温度上昇が2度とか4度などとシミュレーションで予測されている。研究には敬意を払うが、どこまで信頼できるかはやや心もとない。自然科学はやはり現場・現物が大事である。では地球温暖化に現場・現物があるかというと、これが、あるのだ。
福井県の水月湖の湖底には、過去10万年にわたる地層が形成されている。そこに含まれる花粉を分析することで、周辺の植生の変遷を復元し、温度変化も計算できる。
分かったことは何か。縄文時代のように暖かい時期には照葉樹林が広がり、寒い時期には針葉樹が生えていた。繰り返し訪れた氷河期には白樺が生え、今のシベリアのような風景だった。年平均気温は、この間、実に10度以上も上下していた。
花粉分析の作業は地味である。まず、よい地層が採れる場所を探す。毎年少しずつ堆積があって、しかも地層がかく乱されない場所は、めったにない。著者らは、水月湖で、世界最高の資料を採ることに成功した。そしてボーリングで電柱のような形状の資料を採り、薄くスライスして、顕微鏡で花粉の数を数えた。今からなら、AI(人工知能)で画像認識して勘定できるかもしれない。だがこれまでのところ、研究者が地味に勘定していた。花粉と言っても様々な草木の花粉が混在しており、それを10万年分数えるのは、毎日やっても10年以上かかるそうだ。
この分析で分かる年平均気温は、花粉の比率から推し量るものだから間接的であり、また水月湖付近という局所的な気温が分かるに過ぎない。このため、地球規模での平均気温がどうだったかという推計をするようなときは、このようなデータは代理変数(プロキシ)といういささか失礼な名前で呼ばれる。
だが実は、地球規模の平均気温などという抽象的な指標よりも、特定の場所でどのような環境変化が起きたかを直接知ることができる花粉分析のデータの方が、地球温暖化への対応戦略を検討するにはより重要だと思う。
筆者の語り口は、具体的で分かりやすい。石炭も石油も全て掘りつくすと、今より10度程度温度が高くなる。だがこれは恐竜時代のように、生態学的には豊かな時代となる。逆に氷河期に突入すると、温度が10度下がり、福岡が札幌のようになる。モヤモヤした地球温暖化問題に手触り感を与えてくれる良書である。
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人類と気候の10万年史-過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか
著:中川 毅(出版社:講談社)
ISBN-10: 4065020042
ISBN-13: 978-4065020043