脱原発の次の目標?脱石炭発電が議論に
三好 範英
ジャーナリスト
ドイツ連邦議会(下院)総選挙(9月24日)の結果を受けて、11月19日まで続いた連立交渉や、11月6日~17日、ドイツ西部ボンで開かれた気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)と、ドイツではこの秋、大きな政治日程が続いたが、そこで問われたのが環境政策、とりわけ石炭火力発電の問題だった。
総選挙に向けた環境政党「緑の党」の綱領(公約)は、2030年までに再生可能エネルギーで電力需要を100%まかなう一方、脱石炭発電を達成することを掲げた。また、2020年までに1990年比40%の二酸化炭素排出の削減目標達成が難しい現状を認め、達成するには古くて多量の二酸化炭素を排出する国内の石炭発電所20基を速やかに停止するしかない、と主張した。
これに対し、現与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の選挙綱領では、「石炭、石油、ガス発電を再生可能エネルギーに代替していくことが重要」と原則論に言及する一方、旧東ドイツ地域の復興の項目で、「褐炭発電の廃止は産業構造転換と平行して進めねばならない」と記し、雇用や経済への影響を考慮する姿勢を示している。
CDU・CSUの綱領でとくに褐炭発電に言及したのは、ドイツにとって褐炭炭坑および褐炭発電所の重要性があるからだ。
ドイツでは通常、石炭(Steinkohle)と褐炭(Braunkohle)を区別する。Steinkohleにもいろいろと種類があるのだろうが、これは我々が普通イメージする石炭である。褐炭は石炭の一種だが質が低い種類であり、褐炭の世界最大の生産国はドイツである。
褐炭炭坑は旧東ドイツ地域のラウジッツ地方と、西のルール地方に集中している。露天掘りで採掘するためコストは、一部の例外を除き石炭より安いが、水分量が多いため運搬に適さず、ほとんどが近隣に立地する火力発電所の燃料として使用される。そして、褐炭は石炭より不純物を多く含み、二酸化炭素の排出量も多い。
私は20年近く前だが、褐炭炭坑と褐炭発電所の取材にラウジッツ地方を訪れたことがある。発電所に平積みになっている褐炭は、実際手に取れば、ぼろぼろと崩れる真っ黒な泥のようで、素人ながら質の悪さは実感できた。かつての露天掘りの炭坑は大きな湖になっていた。
ドイツの発電に石炭が占める割合は高い。2017年上半期の統計では、総発電量の24%を褐炭、17%を石炭が占めている。再生可能エネルギーは38%、原発は12%であり、再エネが伸びているが、褐炭、石炭を合わせれば41%で依然として再エネよりも多い。
褐炭炭坑に2万人弱、石炭炭坑に7500人の労働者が従事しており、発電所も含めれば相当な数の雇用が関わっている。とりわけ、旧西ドイツ地域に比べ、未だに産業基盤の弱い旧東にとって、褐炭炭坑や褐炭発電の問題は雇用や経済と深く関わっている。
石炭(以下、褐炭も含んだ意味で使う)発電の問題は、緑の党が突出して綱領にうたったが、難民問題の影となり選挙戦では大きな争点とならなかった。しかし、10月中旬から開始されたCDU・CSU、自由民主党(FDP)、緑の党の間の連立交渉では石炭発電が主要な論点の一つとなった。実際の政権入りに当たっては、各党とも支持者の同意を得なければならず、安易な妥協は出来ない。緑の党の石炭発電所20基廃止の主張に対し、産業界の利益、地元自治体の税収や旧東ドイツ地域の復興にも意を払わねばならないCDU・CSU、FDPは10基を主張して対立した。緑の党は妥協の姿勢を示したが、結局、難民問題などとともに、この問題で合意できなかったことが、交渉決裂の要因の一つとなった。
折しも連立交渉と平行して開かれたCOP23でも、石炭発電の問題は主要テーマの一つだった。英国、カナダ、フランス、フィンランド、デンマーク、オランダ、イタリアなど20か国は、2030年までの脱石炭発電を目指す「脱石炭推進連盟」を結成した。
しかし、ドイツはこれに加わらなかった。環境団体やメディアは批判したが、会議に参加していたドイツのヘンドリックス環境相は、「次期政権の決定事項を先取りするわけにはいかないことに理解を求めたい。脱石炭に向けた動きの最新情報は今後も把握する」と語り、日頃、環境先進国を自認するドイツにしては歯切れが悪かった。
ヘンドリックスは社会民主党(SPD)の主要政治家であり、有力な支持母体である炭坑労働者の意向をSPDも無視出来ない事情がある。
ドイツ新政権の連立交渉は、CDU・CSU、FDP,緑の党による連立協議が決裂し、CDU・CSUとSPDとの間の大連立交渉の可能性が模索されている(12月10日現在)。どのような政党の組み合わせになろうとも、二酸化炭素削減の目標年である2020年が迫る中、石炭の問題が次期政権の大きな懸案となることは確実だ。