電気自動車ブームの先にあるものは?
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
1.電気自動車ブーム到来?
世界は俄かに電気自動車(EV)ブームになっているようだ注1)。フランスに続いてイギリス政府も2040年までにガソリン車とディーゼル車の新規販売を2040年から禁止すると発表した。インド政府も2030年までに同様な規制をする方針を明らかにしたという。ドイツも「2030年以降は、自家用のガソリン車とディーゼル車の新規登録は中止する」という方針を、ドイツの連邦参議院が超党派で表明した。ただしメルケル首相はなおディーゼル車を擁護する発言もしているなど、さすがに自動車立国のドイツはやや慎重で、まだ政府としての発表はなされていない。米国ではカリフォルニアで販売台数に占める電気自動車等の比率を増やすZEV規制は強化されつつあるが、内燃自動車(ガソリン自動車とディーゼル自動車のこと)全廃といった極端な動きにはなっていない。
EVの売り上げは急速に増えているとはいえ、まだ販売量は世界全体で年間40万台にしかなっていない。価格、充電インフラ、耐久性、航続距離等の技術的課題もまだ十分にクリアしているとはいえない。フランス、イギリス、インドの大胆な発表には驚くが、これがどの程度確固とした政府の方針になるのか現時点では分からないし、揺り戻しもあるだろう。実現可能性も疑問である。だがそれでも、これからEVへの巨額な投資が起きて、世界には様々な変化が生じることが予想される。以下にいくつか展望してみる。
2.テクノロジーの未来
自動車は長らく諸国産業の中核的存在であった。EVは内燃自動車に比べて部品数が少ないので簡単な産業に衣替えするという見方もあるが、そうはならないだろう。自動車は単に電化するだけでは無いからだ。2030年、2040年に向けては、自動運転とカーシェアリング(本稿では、スマホ等のICTを活用した自動車の高稼働率利用のことをカーシェアリングと呼ぶ)も同時に発達する。これら全てを実現するにはIOT、AIのフル活用が必要で、自動車は、今とは別の意味で遙かに複雑な、通信するロボットになる。
自動運転はIOT、すなわちAIのリアル世界への応用技術の中核にある。未来の自動車を制することは、産業用・業務用・家庭用等のあらゆるIOT・AI技術を制することと等価であり、つまりは未来の技術を制することを意味する。
ここで日本は負けるわけにはいかない。ICTというと米国企業が莫大な投資を続けてきた。だがモノが関わってくるとなると、日本も決してこれに引けをとらない。グーグル・アップル等のICT企業は年間1兆円規模の研究開発投資を続けており、これがバーチャル世界におけるイノベーションを牽引してきた。これに対して、日本の自動車会社も、トヨタが年間約1兆円など、これに劣らぬ大規模な研究開発投資をしてきた。少なくとも、金額面では引けをとらない。
自動車の将来というと、自動運転とカーシェアリングまでは必然的だと分かるが、電化は話が別で、必然性が無い、という意見もある。だがこのような意見は、自動運転とカーシェアリングが実現すれば、いま言われているEVの欠点が欠点でなくなることを見落としている。自動車の稼働率は現在5%以下と見られているが、自動運転とカーシェアリングでこれが大幅に上がる。すると、燃費は安いが初期費用が高いという特徴を持つEVは有利になる。充電頻度の問題も、自動車が勝手に自分で充電に行くようになれば問題でなくなるし、バッテリー寿命の問題も、バッテリーが悪くなったら自動車が勝手に自分で交換しにいけば解決する。
EVは地球温暖化対策の方向性が大きく変わったことを示す象徴でもある。地球温暖化問題というと、従前は、太陽電池(PV)など再生可能エネルギーの導入拡大が花形の政策で、他方で地味な実務としては省エネが主だった。だがパリ協定で諸国が合意したような2度目標といった野心的な長期目標達成のためには、大規模なCO2削減が必要となる。その手段としてはガソリンやディーゼルなどの化石燃料利用を電気利用に置き換えることが最も重要であるいうことは、IPCC等の学界では知られてきたものの、具体的な政策に移されることは無かった。いまEVによって、電化が地球温暖化対策の切り札であるということが、具体的な技術の選択として認識されつつある(なお勿論、電気の低炭素化も併せて進めないと地球温暖化対策にはならない。現時点ではEVがCO2排出が少ないとは言えない国が多い)。これと同様に、自動車への応用で更に一層の進歩を遂げたIOT・AIを駆使する形で、産業でも、オフィスでも、家庭でも、政策的な電化が起きていくと予想される。
3.地政学的な諸影響はどこまで及ぶか
自動車は現代の産業・生活の核心にあるだけに、EVが大規模に普及するならば、その影響は多方面にわたると思われる。
まず、石油価格は低く推移するようになり、諸国経済は中東に依存しなくなり、中東諸国の財政は破綻する。中東産油国の経済多角化は掛け声倒れに終わってきたが、EVは産油国へのとどめの一撃になりかねない。これは中東の国際政治秩序の更なる脆弱化を招き、混乱は長く続くかもしれない。
それから、中国はPVに続いて、EVについてもその製造大国になることを目指している。自動車製造はPVに比べて技術的ハードルは遙かに高いが、自動車製造の大半が中国で担われるようになれば、中国の製造業の能力は一段と高くなり、これは兵器の生産や軍備強化にも活用されるだろう。これには前例がある。中国ではスマートフォンが大規模に生産されるようになったが、スマートフォンの要素技術はそのままドローン製造の技術と大半が重なるものだった。中国は今や軍事用ドローンを生産し輸出するに至っている。
なお、ICT製造のために必要なレアアースが中国に偏在することから、資源戦略の新たな要素になることも一時、懸念された。中国は実際に資源戦略としてレアアースを用いようとして、2010年から輸出制限を行った。だがこれは国内産業の疲弊を招いて失敗し、2015年に輸出制限は全面撤廃された。
4.ポピュリズムに負けず産業政策を
なぜこのタイミングで俄かEVブームになったのか。技術進歩はもちろんその背景にあるが、ドイツの自動車産業が、ディーゼル自動車の排出規制で不正をしていたことが明るみになり、クリーン・ディーゼル、ひいてはフォルクスワーゲン等の既存の自動車産業の環境イメージが地に墜ちたことが大きい。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。思ってみれば、確かにパリ、ロンドン、デリーの何れでも、道路は車のせいで混雑している。欧州人は屋外で食事をするのが好きだが、その目の前を排煙を出しながら車が走っていくのは不快であろう(よく平気なものだ、と筆者はいつも思っていた)。もちろん、内燃自動車の排煙は処理がされて健康影響はほとんど無くなっているし、EVにしたからといってタイヤの粉塵まで減るわけでは無いし、潤滑油の臭いが無くなるわけでもない。まして混雑が減るわけでもない。だが一度ダーティーイメージが出来ると、排煙はやはり不快には違いなく、内燃自動車は、ポピュリズム的な環境政治の標的になってしまった。
もちろん、このEVブームには、揺り戻しもあるだろう。その一方で、ポピュリズムだからといって、すぐに消えるとは限らないことも、認識しておく必要がある。瓢箪から駒ということもありうる。PVでは実際にそれが起きた。PVは非常にコストが高く、その大量導入は技術的には時期尚早、経済的にはナンセンスだったが、ポピュリズム的な支持を得て、諸国合計で累積100兆円以上が投じられて、大規模な普及促進政策が実施された。依然としてコストや安定性には依然として問題があるが、従前に比べれば、性能も改善し、安くなったのも事実である。EVはPVよりは筋がよい。PVは火力や原子力の大半を置き換えるに至る見通しは未だ無いが、EVは本当に内燃自動車の多くを置き換えていくのではなかろうか。
ここで政府にとって重要な課題は、EV政策の舵取りである。フランス、イギリス、ドイツ等、諸国は、あらゆる支援策を講じている。混雑規制の適用除外等に留まらず、車両購入補助金も導入されている。かつて、諸国は自国産業を育成するつもりで競ってPVの設置に補助をしたが、結局は中国企業を育てただけで、大損をした。同じ轍を踏まないように、どのような工夫が可能だろうか。コアな技術が育ち、それが国内で持続可能な産業となるためには、どのような政策の舵取りが必要なのだろうか。ポピュリズムに負けて補助金ばらまきとなり、中国メーカーを育てて終わる、というパターンだけは止めにしたい。
- 注1)
- 用語の定義について: 本稿でEVと呼ぶ場合、内燃機関が付いていない純粋なEVのみを指す。ハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド自動車は含めない。