環境問題と経済
小谷 勝彦
国際環境経済研究所理事長
(鉄鋼新聞5面(この人にこのテーマ)からの転載:2017年9月5日付)
今年6月、ドナルド・トランプ米国大統領が米国のパリ協定からの離脱を表明し、世界に波紋を広げた。環境問題に対して日本はどう取り組むべきか、国際環境経済研究所の理事長を務める小谷勝彦氏(日鉄住金建材常任顧問)に聞いた。(村上倫)
経済とのバランス重要
――― 国際環境経済研究所は環境問題に対して産業界の人が自由に発信する場を提供しています。
「環境問題へのアプローチには“環境が全てに優先する”という環境至上主義の考えの人がいますが、経済成長やエネルギー確保、産業とのバランスが大切です。環境政策に対して企業人は受け身になりがちですが、自分の意見を自由に述べる場を提供したいと考えています。鉄鋼新聞の読者の皆さんも是非発信して下さい」
――― 新聞やテレビなどでも環境問題について論じられることは多いように感じます。
「マスコミで温暖化問題をとりあげる場合、環境分野の記者が担当し経済部や政治部の人が書くことはほとんどありません。環境学者も環境が他の物より上位という発想があります。しかし、環境はあくまで対象であって、経営学や政治学、工学などのアプローチが必要です。太陽光発電推進の補助金は、国民に負担を強いた割には太陽光パネルが中国製に席巻されて日本の産業競争力強化には繋がらなかったということもあります」
産業人に自由に意見述べる場提供
――― 専門家の意見に偏りがあると。
「当研究所の役割は“専門家と市民をつなぐアマチュアリズム”と思っています。牧原出東大教授が安保法制の議論で述べていますが、憲法学者は護憲的な観点から議論しますが、東アジアの安全保障論のアプローチも必要です。私たちは、環境問題に関して専門家の意見を市民に解説するアマチュアリズムの役割を果たしたいと考えています」
「環境規制を議論する環境省の中央環境審議会(中環審)では、専門委員会が環境政策の原案をつくりますが“産業界は偏っている”という考えから、専門委員会は学者のみで構成され産業界の意見を述べる機会がありません。規制案は中環審で審議されますが、ここでの産業界委員は少数派です。実態に即していない規制に対して産業界の意見を発信することが大切です」
――― 直近、米国のパリ協定からの離脱が世間をにぎわせました。
「2015年に採択されたパリ協定は各国が温室効果ガスの削減目標や基準年を自ら定めるプレッジ・アンド・レビューアプローチが採られ、トップダウン・アプローチで基準年や目標が定められた京都議定書よりも遥かに進歩しました。世界の排出量の38%を占める米国や中国が参画し、インドなど発展途上国も入る極めて画期的なものです。世界第2位の排出国である米国の離脱は残念です。パリ協定の離脱はトランプの選挙公約ですが『気候変動に関する政府間パネル』(IPCC)からは離脱していません。もっとも日本にとって米国の離脱は外交交渉上不利になることは否定できませんが」
経営学や工学などのアプローチ必要
――― 協定を批准した日本の環境問題の課題は。
「2030年に2013年比マイナス26%を掲げていますが容易ではありません。温暖化問題はエネルギー問題で、経済成長をしながらCO2をどう減らすかが重要です。CO2は汚染物質と言う学者がいますが、国のCO2の算定はエネルギー統計から計算式で求められるので、煙突から出るSO2などの汚染物質とは全く異なります。産業界などの省エネとCO2排出の少ない電力の選択で決まってきます。」
「現在、中環審の総合政策部会で第5次環境基本計画を審議していますが、第4次計画は民主党政権下、東日本大震災による原発停止中でエネルギー基本計画の議論がないまま「2050年にCO2を80%削減する」という内容が閣議決定されました。しかし、無理な目標を策定しても実行できません。GDP成長とCO2排出量の増加はほぼ同じトレンドで、80%の削減は並大抵ではありません」
炭素税、実効性に疑問
「環境省は80%目標達成のために炭素に価格を付ける“カーボンプライシング”を実施したがっており、排出権取引と炭素税の導入を提案しています。しかし、日本は高いエネルギーを輸入し、エネルギー税や温暖化対策税なども賦課されており、さらに炭素税をかけて果たして実効性があるのか疑問です。産業界のコスト競争力、国民のエネルギーコストの負担増の理解を得られるかも難しいところです」
「排出権取引は経済活動に上限(CAP)を決める計画経済の発想ですが、経済活動の水準に枠をはめるのは疑問です。EUは域内排出量取引制度(EU-ETS)を行いましたが、CO2価格が暴落し失敗しています。例えば日本では鉄鋼業で7千万トン以上生産する場合には排出権を買えということですが、統制経済が国民の理解を得ることは難しいでしょう」
鉄鋼業、省エネ投資や再資源化などで貢献
――― 鉄鋼業の温暖化対策についてどのように捉えていますか。
「鉄鋼業は70年代から相当な環境・省エネ投資を行ってきました。加えて、製鉄で発生するスラグは高炉セメントや路盤材などとして活用しており、社会で発生するプラスチックもコークス炉で再資源化するなど資源リサイクルの面でも非常に努力を重ねてきました。これが鉄鋼業の環境意識のベースです。環境面で社会に貢献しているという自負があるからこそ堂々と様々な意見を主張できるのです」