米国原子力発電所のためのゼロエミッションクレジットを巡る
州および連邦レベルの動き
前田 一郎
環境政策アナリスト
(「一般社団法人 日本原子力産業協会」からの転載:2017年7月24日付)
数年来、米国原子力発電所は、天然ガス火力の競争力の強化、補助金に支えられた再生可能エネルギーの普及などによって早期に閉鎖しようとする動きが強まっている。これまでネブラスカ州フォートカルホーン原子力発電所、ウィスコンシン州キウォーニ原子力発電所、バーモント州バーモントヤンキー原子力発電所が純粋に経済的な理由から早期閉鎖に追い込まれている。本年5月30日にもエクセロン社はスリーマイルアイランド発電所(1号機)を2019年に閉鎖する旨を発表した。これに先立ってファーストエナジー社は2017年2月、ペンシルバニア州ビーバーバレー原子力発電所、オハイオ州デービスベッセ原子力発電所、ペリー原子力発電所の閉鎖ないし売却の検討に入っていることを明かした。エンタジー社のインディアンポイント原子力発電所、パリセード原子力発電所、ピルグリム原子力発電所などもすでに閉鎖を決定している。
こうした中、各電力会社は原子力発電所を閉鎖するかどうかの決断は州政府の政策に起因するところが大きいとの認識のもと、州政府に対して支援を求めてロビーイングを強めている。こうした動きに対応してニューヨーク州およびイリノイ州は、それぞれ公益事業委員会の決定また州法の成立によって連邦大のクリーンパワープランの州への展開であるゼロエミッションクレジットプログラムを適用し、それぞれの州内の廃止予定だった原子力発電所の延長を認めさせている。しかしながら、これに対して原子力発電所を持たない電力会社から卸売市場への働きかけについては連邦の所管であるとして、連邦エネルギー規制委員会(FERC)への申し立てまたは司法への訴えなど対抗する動きを見せている。今回はこうした動向について報告する。
なお、ゼロエミッションクレジットとは、これまではゼロリニューワブルエナジークレジットとして知られており、卸売事業者はクリーンエネルギー発電事業者に対してその発電した電力量に応じて一定のベネフィットを提供するもの。エネルギー省もゼロエミッションクレジットと呼ぶことにし、原子力発電もこれに含めることを提案している。
ニューヨーク州およびイリノイ州における動き
ニューヨーク州では2016年1月、州のクリーンエネルギースタンダードの中にゼロエミッションクレジットとして位置づけ、CO2削減ポートフォリオに原子力を組み込むプログラムの導入を公益事業委員会が決定している。これはニューヨーク州内のエクセロン社のギネイ原子力発電所およびナインマイルポイント原子力発電所、エンタジー社のフィッツパトリック原子力発電所の競争力が劣っている中、州全体のクリーンエネルギーの中に原子力を位置づけることを盛り込んだ「クリーンエネルギースタンダードおよびゼロエミッションクレジット採用オーダー」と呼ばれるものである。ニューヨーク州では2030年には50%を再生可能エネルギー電源によるとするクリーンエネルギースタンダードを策定しているが、同時に認定された原子力発電所の購入電力によるゼロエミッションクレジットの購入も義務付け、これに含ませることとしている。これは炭素の社会費用を考慮した一定のフォーミュラに基づく売電価格によって購入することとしている。
これに対して2016年10月、マーチャント発電事業者の団体「電力供給協会」(EPSA)らが構成する「競争的エネルギー連合」(Coalition for Competitive Energy)が、ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所にこのオーダーに対する訴訟を提起した。ニューヨーク州公益事業委員会はエクセロン社とともにこの提訴を却下するよう対抗したが、今年3月29日同裁判所においてすでに口頭陳述が行われている。環境NGOの自然資源防衛協議会(NRDC)もニューヨーク州公益事業委員会側の立場に立った意見表明をしている(理由は後述)。論点のひとつが卸売市場は連邦の権限下に置かれ、州の政策の及ぶところではないとする論争である。ニューヨーク州公益事業委員会はこのなかで、「今回のニューヨーク州のアクションはFERCに卸売市場権限を与えている連邦動力法の精神に合致している。同時に同法は州の発電に関する権限を保護している」と述べている。他方、「競争的エネルギー連合」ら原告側は、卸売市場の権限が連邦にあるとする根拠を2015年ヒューズ対タレン判決に求めている。同判決で最高裁判決は連邦権限の優先に有利な判断を示している。ヒューズ対タレン判決とは、メリーランド州公益事業委員会がFERCは十分に供給力増強のインセンティブを提供することを怠っており、州が電源の入札(この場合天然ガス火力)を行い、落札した会社に市場支配力を認めようとしたところ、卸売事業者であるタレン社他の発電事業者から地域送電機関(PJM)のもつ卸売市場に権限を侵害しているという訴えを起こし、最高裁が8対0でこれを支持し、連邦動力法が州の権限に優先すると判断した判決。ニューヨーク州のゼロエミッションクレジットとメリーランド州公益事業委員会が行おうとしていたことの間に大きな違いはないというのが原告側の主張である。
イリノイ州では2016年12月に「未来のエネルギーと雇用」法案が議会を通過。エクセロン社のクリントン発電所、クワッドシティーズ発電所の救済策が盛り込まれ、運転継続を可能とした。イリノイ州のCO2排出ゼロ電源の90%はこれら原子力による。同州法は2017年6月に発効し、エクセロン社に対してゼロエミッションクレジットプログラムを規定、炭素の社会的費用を盛り込んだ価格で売電することとしており、その結果発電事業者は毎年2億3500万ドルを得ることになっている。同州でも「電力供給協会」(ESPA)が2017年2月、ゼロエミッションクレジットに反対し、イリノイ北部地区連邦地方裁判所に不服申し立てを行った。原告側の主張は、競争的な卸売市場を「直接的に改造」し、FERCが監督するべき市場を不当に侵害するというものである。また「もし本州法のゼロエミッションクレジットが発効すると、FERCが認めたエネルギー市場入札体制を根本から崩壊させ、差別的な補助金がなければ経済的に競争力のあったであろう他の電源を犠牲にして電力消費者から何億ドルもの収入を毎年エクセロン社に与えることになる」と主張している。4月にイリノイ州が、5月にエクセロン社がこれを却下する動議を提出しているが、7月14日連邦地方裁判所はイリノイ州およびエクセロン社の主張を認め、上記提訴を却下した。原告側は即座に連邦巡回裁判所に上告し、司法の場での動きが開始している。イリノイ州のケースもニューヨー州と似ていて、ゼロエミッションクレジットを巡って電力市場における州権限が優先するか連邦権限が優先するかという論点に対していくつかの団体が弁論趣意書を用意している。ここで興味深いのは再生可能エネルギー支援者もこの法案を支持していることである。再生可能エネルギー支援者はもしこの原子力支援策に挑戦をすると親再生可能エネルギー政策にも影響がでると考えているからである。全米に展開する環境NGOの自然資源防衛協議会(NRDC)は4月12日、イリノイ州とエクセロン社を支持するレポートを発表し、さらに電源を選好する州の役割を認めるべきであるとのエクセロン社の主張を支持し、「イリノイ州の本権限を否定することはイリノイ州が守ろうとしている原子力だけでなくより多くのものを危険にさらすことになる」「州内の原子力を即時閉鎖することは『環境爆弾』を用意するもの。さらなる悪影響を回避するため必要な短期的な妥協を図るべきである」と述べている。他方、同じく環境NGOである環境法・政策センターは、この州法は原子力発電のゼロエミッションクレジットとの関係についてのみ定めたものであって親再生可能エネルギー政策全般とは切り離すべきであるとして、他の法律との優劣を議論するべきではないとしている。
連邦エネルギー規制委員会(FERC)の対応
FERCはイリノイ州の地裁法廷から連邦規制当局としての見解を求められたが、4月26日正式にコメントはできないと発表した。ゼロエミッションクレジット反対派はFERCに対しても意見書を提出しているが、トランプ政権になってから委員の任命が遅れており、5人の委員定足数に対して2人しかいないため裁定ができないことが理由であるとした。しかしその後トランプ大統領の指名した2人(ロビーイストのニール・チャタジーおよびマッコーネル上院院内総務のトップエネルギーアドバイサーであるロブ・パウエルソン)が上院の承認を待っているところである。他方、FERCは地域送電機関/独立系統運用者および電力会社と連邦と州の政策協調について個別の対話を開始している。5月1日、2日には「州政策と電力卸売市場」というタイトルでコンファランスをワシントンで実施した。ここにはニューヨーク州、イリノイ州の系統運用事業者、州当局などが参加した。ニューヨークの系統運用事業者であるNYISOは州の卸売市場に対する政策を支持している。NYISOのCEOはゼロエミッションクレジットが将来のエネルギー政策と市場に基づく解決の間に橋を架ける存在になると期待している。シカゴ地域の送電網を運営するPJMは州の卸売市場への権限に疑義を示し、原子力への支援は「どんなに善意により行われたにしても卸売市場全体に圧力が働く可能性がある」と述べている。多くの会議参加者は炭素税を導入することによって炭素価値をつけることが一番効率的な手法であるとは理解しているが、実際の導入は政治的に大変難しく、FERCに課題を預けるだけになってしまいそうである。FERCのラフラー委員長代行は、卸売市場でのゼロエミッションクレジットの問題は電力と州との間で交渉し、解決策を求めることを期待をしており、裁判や再規制は臨んでいない。しかし、民主党ポストを占めるラフラー委員長代理も共和党ポストの委員長候補ケビン・マッキンタイヤー弁護士に代わる予定であり、FERC委員が充足するまで議論は進まないものと思われる。
他州の動向
卸売市場関係者がイリノイ州とニューヨーク州の帰趨を見守る一方、他州も地元原子力発電所支援のため検討が始まっている。
コネチカット州では2017年、州議会本会議においてドミニオン社のミルストン原子力発電所支援のための州法を検討している。この法案は、卸売市場の入札価格に関わらず一定量の発電電力量を一定期間小売事業者と契約をするように求めている。しかし、議論を続ける中で今、多くの論点で州議会で通過させるのを困難にしている状況になり、ドミニオン社はミルストン原子力発電所の近い将来の閉鎖を考え始めている。ドミニオン社はもともと炭素税の導入という他の手段を支持しているが、ドミニオンの連邦・州対応渉外担当は「ドミニオン社は炭素税の議論がより長期的な検討が必要であると認識している」と述べている。
オハイオ州では、ファーストエナジー社のデービスベッセ原子力発電所とペリー原子力発電所救済のため州の上下両院においてゼロエミッションクレジット法案を上程した。これまで下院公益事業委員会に対して3回の公聴会が開かれたが、さらなる動きはロビーイングが不活発であるため鈍く、議会は投票への動議が起こる見込み薄である。
ペンシルバニア州でも州内のスリーマイルアイランド原子力発電所の閉鎖決定を受け、州レベルの対応を検討中であるが、州議会関係者は依然議論を続けている。3月には州議会で超党派で「原子力エネルギー委員会」を設け、今後の原子力の救済策を議論しているが、そのひとつにイリノイ州、ニューヨーク州をモデルにしたゼロエミッションクレジットを導入すること、および代替電源ポートフォリオスタンダードに原子力を加えることが選択肢に含まれている。
多数の原子力発電所が早期閉鎖に追い込まれそうになっている中、州によってはゼロエミッションクレジットの重要電源として原子力を位置づけ、救済しようとしているが、上記のように米国ではかならずつきものの連邦と州の権限の議論に入り込んでいき、大変複雑な状況になっている。その中で本来ならFERCが判断を示さなければならないのにFERC委員の大統領の指名が遅れていること、かつ上院の承認が遅れていることから一層状態を混沌としたものにさせている。
- 出典:
- 国際技術貿易アソシエイツ
4月4日付け ハートフォードビジネスジャーナル
3月29日付け Lexology
7月20日付け 海外電力調査会「JEPICダイジェスト」