WWFジャパン「回答」へのコメント

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 今年4月に国際環境経済研究所のウェブサイトに掲載した「再生可能エネルギー100%は可能か~WWFジャパン『脱炭素社会に向けた長期シナリオ』の問題点~」(以下「問題点」という。)に対し、WWFジャパンは5月にウェブサイトにおいて回答(以下「回答」という。)を掲載した。
 この「回答」の多くは「問題点」からの指摘をいったん認めた上で、それには何らかの理由があり、又は、たとえ指摘を受け容れても結論に大きな影響は与えないとする。その上で、指摘が「科学的な問題というよりも、根本的な考え方の相違からくるものと思われる」とする。
 そうだろうか。「問題点」で指摘した、例えば資本コストの計上漏れ、「正味費用」における割引率、送電・蓄電コストの負担先送り、再エネ同士の資源配分の整合性などは、立場によらず、いずれも理論的又は実証的に当否を検証可能な命題である。「根本的な考え方の相違」が反映される余地は乏しい。
 そこで、改めて「問題点」での主な指摘を整理した上で「回答」に対するコメントを述べることとしたい。
 抜本的な排出削減が必要なことに疑いはない。そしてこれを実現するためにどうすれば良いかを考えるのが重要であることにも異論はない。ここではいささか技術的な、分析方法についての論点を中心に述べることになる。それは、建設的な議論を進めるためには「根本的な考え方の相違」に逃げない姿勢が重要だと考えるからである。

1 分析方法についての論点

(1)資本コストの計上漏れ
 「問題点」では、WWFシナリオにおいて金利その他の資本コストの計上漏れがあることを指摘した。これに対し「回答」では、金利を含めていないことを認めた上で、それでも「数%程度の金利を含めても結論に大きな変わりはない」としている。
 しかし、資本コストが短期において小さいとしても、長期においてこのコストが小さいことを意味しない。再エネのように、例えば20年の長期で資金を回収することを考えれば、通常、資本コストは無視できないものである。「結論に大きな変わりがない」というのであれば、シナリオを補正して数字もってこれを証明してみせればよいのである。
 なお、WWFシナリオにおいて固定価格買取り制度を前提とするのであれば、それは需要家に資本コストの一部を転嫁しているのと同じである。なぜなら、資本コストには金利のほか、貨幣価値の減価分(インフレ率)、将来の不確実性の補償分(リスクプレミアム)も含まれるからである。

(2)「正味費用」における割引率
 「問題点」では、WWFシナリオにおける「正味費用」の投資収益率が低く、事業計画としての魅力に乏しいことを、40年間の複利計算を紹介しつつ指摘した。これに対し「回答」では、設備投資は最初からすべての設備に投資するのではなく、年を追って段階的になされるものであり、数年間で資金が回収できるものや、2050年以降に回収されるものがあるので、40年間の複利計算とは比較できないとしている。
 しかし「問題点」で40年間の複利計算を紹介したのは、割引率を考慮しないで「正味費用」を単純に足し上げていることに対して、貨幣が利子を生んで自己増殖する資本主義の原則について理解しやすいよう、仮想の投資機会と比較してみたに過ぎない。現実のことに話を広げるのであれば、より精緻なアプローチが必要である。
 すなわち現実社会では、貨幣価値が不変だとしても、将来時点において入手可能なある金額を今受け取ろうとすれば、元の額から割引された額となる。投資の収益性を評価する場合には、将来の費用と収益のキャッシュフローについて適切な割引率を用いて現在価値に引き直すべきなのである。「正味費用」に割引率を勘案しないのは、資本コストの計上漏れと類似の誤りである。
 なお、地球温暖化によって生じる被害との比較は、WWF報告書で示した二つのシナリオでは示されておらず、後れてきた論点であるため、ここで当否を判断することができない。

(3)送電・蓄電コストの負担先送り
 「問題点」では、WWFシナリオにおいて約25兆円の送電・蓄電コストの計上漏れがあることを指摘した。これに対し「回答」では、送電・蓄電コストを計上していないことを認めた上で、それは大部分が2050年以降に回収されるからだとしている。
 しかし、費用を本来認識しなければならない時に認識せず、負担を先送りするのは、一般に公正妥当と認められる会計原則とは相容れない。2050年以降のことまでいうのであれば、それまでの資本コストはもとより、メンテナンスや更新コストも勘案しなければならないはずである。
 なお、送電・蓄電コストとしてWWF自身がかつて想定していた「25兆円の請求書」について、2050年以降に投資回収が可能になる見込みだからといって、意思決定に参画できない将来世代につけ回すことが許容されると考えるのであれば、その妥当性を挙証すべきである。

(4)人口・世帯数・就業者数
 「問題点」では、WWFシナリオにおける人口と世帯数又は就業者数の混同と、足元での世帯数及び就業者数の増加についての見解を質した。これに対し「回答」では、世帯数及び就業者数の増加を認めた上で、これらは一時的なものであって人口減少に伴っていずれ減るものとする。たとえ増加しても世帯人数の減少により電気製品の小型化が進み、住宅の断熱性能が向上するからエネルギー消費に大きな影響を与えないという。
 しかしこの抗弁は、2050年における世帯数や就業者数に係るデータの過大見積もりには答えていない。小型の電気製品の増加や住宅の断熱性能をいうなら、省エネのダブルカウントはないのだろうか。人口減少についても、先日発表された国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」によって上方修正がなされており注1) 、旧推計に依るWWFシナリオの前提は既に破られている。
 この論点では、政府エネルギー需給見通しにおいて人口減少を勘案していないとする事実誤認や、世帯数データの連続性の欠如、住民基本台帳の世帯数の転記ミスなどの不備が散見され、報告書全体の信頼性を損なうところがあるように思われる。
 しかも今後は、外国人観光客やビジネスパースンの訪日が増加し、中には定住を選択する者もいるかも知れない。国境が消え、グローバルに社会が融合していく中で、世界で最も豊かで安全な我が国の人口減少を過度に当てにするのは、国民の「開国」への賢明な選択によっていずれ裏切られると思う。エネルギー消費効率の改善が基本である。

2 実現性についての論点

(1)鉄鋼のリサイクル
 「問題点」では、電炉の生産量を現在の年2,600万トン程度からWWFシナリオの6,200万トン程度に増加させるには、必要なスクラップ鉄の捻出が困難であることを指摘した。これに対し「回答」では、電炉生産量を3,500万トン程度に下方修正した。指摘を受け容れたことを評価する。
 ただし、この修正後の見積もりは、我が国からの輸出向け鋼材生産がゼロになることが前提となっている。たとえ日本からの輸出が見込み通り減少しても、代わりに世界のどこかで生産されるはずだから、排出量への影響は中立的である。非効率な生産により、かえって排出量が増えるかも知れない。これでは日本と世界全体の排出削減との間に整合性がない。
 なお、スクラップ鉄中の不純元素の問題は、高炉由来と電炉由来の鋼材の特性の違いを指摘したものである。惜しみなくコストをかければ、電炉由来の鋼材であっても高炉と遜色ないものがいずれできるだろう。むしろ問題は、我が国は産業用の電力コストが高いので、スクラップ鉄の選別や前処理に充てるだけの余裕がないことにあると考えられる。

(2)工場の省エネルギー
 「問題点」では、たとえ日本国内に省エネ余地があるとしても、グローバルに活動している企業は、限界費用の低い有利な投資機会から投資していくと考えられるから、数年で回収できたとしても、ただちに日本国内で省エネ投資が行われる訳ではないことを指摘した。これに対し「回答」では、海外における設備投資は企業の販売戦略に基づくものであり、省エネ投資は性格が異なると反論している。
 企業の投資活動をグローバルに見るか、我が国と海外を別個に見るかは「根本的な考え方の相違」を反映したものと考えられる。

(3)自動車の省エネルギー
 「問題点」では、カーシェアリングの省エネ効果のメカニズムが不明であること、EVはともかくすべてのFCVに車上太陽光を搭載する意義が乏しいことを指摘した。これに対し「回答」では、カーシェアリングの想定導入割合が小さいので結論に大きな違いはないとし、FCVの車上太陽光についても軽量かつ安価な素材が開発されているので搭載可能としている。
 しかし、そもそもWWFシナリオでは、カーシェアリングを運輸部門の省エネの柱の一つに挙げているはずである。これがなければ2030年に79PJ、2050年でも19PJのエネルギー需要が増加するが、必ずしも無視できる量ではない。
 また、すべてのFCVに車上太陽光を搭載する意義が乏しいとしたのは、EVとの比較で一回の充填での航続距離が十分長いので、二重装備の想定に疑問を呈したものである。合理的な範囲の想定にとどめるか、技術的に可能な最大限まで想定するかは「根本的な考え方の相違」を反映したものと考えられる。

(4)再生可能エネルギーの普及
 「問題点」では、再エネの大幅な普及と食糧自給率や防災、日照権といった他の政策課題との整合性に疑問があることや、太陽光、風力、地熱、波力、バイオマス、太陽熱といった電源毎に大きなポテンシャルを見積もっていることについて、相互に矛盾している可能性があることを指摘した。これに対し「回答」では、これらの指摘が「いずれも貴重なもの」と認めた上で、今後更に検討していくとする。指摘を受け容れたことを評価する。

注1)
平成29年4月10日に国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の将来推計人口(平成29年推計)」によれば、2050年の我が国総人口(出生・死亡中位)は10,192万人となり、旧推計の9,708万人から5%上方修正されている。