トランプ政権政策の見通しについて
前田 一郎
環境政策アナリスト
国境調整 税税制改革での議論の重要な要素は国境調整税である。これは米国製造業の輸出促進を目的としているが、ワシントンにおいても議会と大統領側で不一致が生じている。1月には下院ブレーディー歳入委員長が下記のような声明を発しており、注目される。
「中国、欧州、メキシコ、カナダすべて国境調整税がある。アメリカだけない。主要国ではアメリカだけである。その結果中国製製鉄が米国製製鉄に税制面で有利である。メキシコの牛肉・自動車は米国の牛肉・自動車に税制面で有利である。(略)これはとても簡単な政策である。それは米国で消費されるのか?その製品・サービスは米国で消費されるのか?もしそうならそれがどこで生産されようと公平に課税される。最初は中国や他の競合国とは条件を平等にし、また労働者、研究所、本社の移動におけるインセンティブがあるとすればそれを排除する。」「これは付加価値税とは違って取引ごとに税を転嫁しない。その年度の終わりに企業は貿易売り上げを合計し、収入から除外し、輸入コストを合計し、支出から除外するだけである。」
この提案は本質的には国境調整税を事業税に組み入れるものであり、当然輸入に依存する事業者と輸出に依存する事業者の間で軋轢を生んでいる。議会共和党とトランプ政権との間での議論も進んでおり、トランプ大統領は議会の案は複雑すぎると批判をしている。ただし、彼は国境調整税の導入には前向きである。ただ議会のほうにはさまざまな反論がある。たとえばディビッド・パーデュー上院議員(共和党ジョージア州)はすべての輸入に20%の課税は逆進的であると批判。消費に悪影響を及ぼし、経済成長の道を閉ざすと述べて反対。リー上院議員(共和党ユタ州)はこの考えはあまりに複雑であり、付加価値税と関税のマイナスの側面を色濃くもつことになろうと批判、コーニン上院議員(共和党テキサス州)はガソリン価格への影響を懸念している。ハッチ上院財政委員会委員長は「下院の国境調整提案は、その条項がどのように米国の消費者に影響を及ぼすか、種々の米国の貿易上の義務に適合するかどうかが明らかになるまでは賛成はできない。上院は、もし上院が議論を引き取ることができるならみずからの税制改正プロセスを始めなければならない。上院は単に下院の案を受け取り、通過させるだけはない」と企業の指導者に対して述べている。ライアン下院議長はこれは企業の海外流出を妨げることとなるし、ドルが強くなるおかげで価格への影響はないと反論している。
税制改革は両院間のやりとりは激化している。このプロセスが成功するかどうか現在は見えないし、かりに成功しても時間はかかるであろう。現在ワシントンでは両陣営のロビイストが活動を強化していたところであるが、最近の報道によると輸入品に依存する企業からの抵抗により見送ることになった。
3.トランプ政権の特色
以上の傾向からみてトランプ政権の特色を以下のように整理することができよう。
アメリカ第一・ポピュリスト的 トランプ大統領のナショナリスティックな言動はすべての政策形成に浸透している。根本的には米国を防衛する、米国の利益を第一にするということであるが、トランプ大統領のアメリカ第一のレトリックはつねに民主党さらにはこれまでの共和党政権の批判のために使われている点を見過ごしてはならない。したがってこれがトランプ大統領の信念であると考えると見誤る可能性があり、つねにそのナショナリスティックな言動はフレキシブルであると考えなければならない。
同様に「見捨てられたコモンピープル」を対象にしたポピュリスト的言動も支配的なエリート層、既成勢力への批判として使われている。つまりみずからの政策の正当性を維持するためにそれに反対をするものを抵抗勢力あるいは特定利権勢力と呼んでいるのであって、コモンピープルの利益が特定されているわけではない。
共和党イデオロギーへの挑戦 共和党にはこれまで税の軽減、政府規制の軽減などと言った伝統的な共和党イデオロギーがあったが、トランプ大統領はこの共和党イデオロギーよりも結果を第一とするアプローチをとる。共和党のこれまで政策の中心であった税の軽減、規制の軽減を重視するものの、同様に共和党の政策の根幹であった自由貿易政策を拒否し、これまで民主党が重視してきたインフラ投資および保護貿易を志向する。問題は議会共和党との関係においてこのアプローチへのシフトがどこまで有効に展開できるかである。
政権からの複合的メッセージ トランプ大統領はツィッターで行政府の見解でも声明でもない、個人的なフィーリング・感想をアメリカ国民に流す。問題となるのがたとえば人質に対する拷問問題である。マティス国防長官は明確にこれを否定しているのにトランプ大統領はツィッターで拷問の使用を支持するかの発言をしている。トランプ大統領は「即興的なもの」であるというが、ホワイトハウスはこれを政府の政策なのか、単なる大統領の感想なのか、後日明確にしなければならなくなっている。
透明性よりも戦略的曖昧さ 外交・通商問題において、米国が他の相手方との交渉において買った負けたの取引の観点が優先されている。したがってトランプ大統領は多国間交渉よりも二国間の関係を重視する。彼の「交渉術」は事前に米国の立場を明確にしない。これまでの政府は交渉にあたって透明性を重視したことが交渉の失敗につながったと批判をする。しかしながら政治はビジネスとは異なり、国と国との関係を長期に安定的にさせるのが主眼であるので、トランプ大統領の短期な勝ちを優先する手法にはこれを批判する関係者もワシントンには多い。
行政・立法・司法間の緊張 トランプ政権では、米国の三権の権限について新たな状況が生まれている。オバマ大統領の、特に環境規制について立法よりも行政が優先されていると議会共和党は批判を繰り返していた。トランプ大統領は移民問題などを通じてホワイトハウスと司法の間の権限問題について司法への言葉を強めている。さらにはホワイトハウスと議会の関係も緊張が高まっている。現在その政策においてトランプ大統領はおおむね共和党の考えに沿ってはいるものの、一部の政策において共和党の正統的なイデオロギーからは逸脱しているものもある。トランプ大統領はさらに下院のライアン議長に表立って対決姿勢を強めている。ホワイトハウスと議会の間の緊張の焦点は国境調整税などを巡る税制改革、インフラ投資、社会保険改革および財政赤字問題であり、すべてトランプ政権の政策の根幹に関わる部分である。
4.エネルギー政策への影響
以上解説をしてきた外交・通商政策と経済政策がどのようにエネルギー政策へ影響しているかをみたい。エネルギー政策への影響の根幹は、雇用の拡大、低価格のエネルギー供給による成長の拡大、米国エネルギー安全保障上の脆弱性の最小化につきる。これを実現するためにエネルギーセクターの規制最小化、国内エネルギー生産の拡大を追及し、そのために石油・天然ガスの増産、石炭産業の推進に力を入れるということになる。
石油・天然ガス 石油・天然ガス生産増強はインフラ整備につながる。強調されるべきは連邦所有地の利用拡大政策であり、1月24日トランプ大統領は連邦環境規制のレビューおよび優先順位の高いインフラプロジェクトの推進を目指す大統領令に署名をした。石油・天然ガス開発に関する規制についてはこれを行政執行および議会審査法を通じて撤廃することとしている。1月20日には政治任命が完了するまで各省庁に対して新たなルールメーキングを行わないように指示している。そして1月30日には新たな規制とその遵守コストに制限を設ける大統領令に署名をした。
石炭 石炭産業個別では繰り返し、トランプ大統領は国内雇用推進および米国エネルギー安全保障のためにこれを後押しすることを求めている。したがってトランプ大統領および第115議会は石炭生産に関する既存の規制および新たな立法・規制を撤廃・排除しようとするものと考えられる。一方トランプ大統領はエネルギー省での予算化を通じてクリーンコールテクノロジーの推進をすることを約束している。
再生可能エネルギー トランプ大統領はしばしば政府の役割はエネルギーに勝者と敗者を作ることではないと協調している。トランプ大統領は決して反クリーンエネルギーということではないものの、新たな政権下では再生可能エネルギーへの連邦の支援は弱まる可能性が強い。大統領任期中の再生可能エネルギーを支援する投資税控除および生産税控除(2.3セント/kWhの発電コストの法人税からの控除)は継続することが2015年12月に歳出法成立で決まっているが、トランプ大統領は再生可能エネルギーへの連邦の補助金および連邦のクリーンエネルギーへの研究開発への補助金は低減するものとみられている。
原子力発電 一般的にはトランプ大統領は原子力を重要なエネルギー源であると位置づけている。しかし、上記で述べたようにエネルギーセクターへの連邦の関与を低下させることにより、市場メカニズムにより依存することが重要であるとも強調しており、原子力への積極的支援策を採用するか市場メカニズムに依存するかのバランスの中でどのような対応をするか見えてきていない。こうした中で新議会で争点とみられるものは新型炉開発支援、ユッカマウンテンプロジェクトの再開、原子力規制委員会(NRC)の「過剰規制」の抑制である。
ウェステイングハウスは3月29日連邦破産法11条を申請し、現在建設中のジョージア州ボーグル原子力発電所およびサウスカロライナ州VCサマーズ原子力発電所への影響が懸念されるが、所有する電力会社とは建設を継続する旨の合意が締結されている。しかしながらさらなるコストオーバーランも予想され、州民への料金を通じた影響も取りざたされており、両州のエネルギー規制委員会の動向が注目される。
- 出典:
- 国際技術貿易アソシエイツ
ワシントンタイムズ3月29日記事