トランプ政権のエネルギー政策の行方~原子力を中心に
前田 一郎
環境政策アナリスト
本年1月に発足したトランプ政権はいまだ各省長官などのトップ人事が上院の承認が済んでおらず、さらに2月14日にフリン大統領補佐官の政権発足前のロシアとの接触が明るみになったことで辞任したことで全般的な政策そのものの行方が十分みえないままである。行政管理予算局長(閣僚級)に2月16日下院ミックマルバニー議員が承認されたが、予算教書は大幅にずれ込むことになりそうである。したがって当然エネルギー・環境関連予算の全体の概要が見えるのもまだまだ先になると思われる。
今回は先般のワシントンで関係者から聴取した、現時点での新政権のエネルギー政策の見通しを原子力を中心に報告することとする。
化石エネルギーに対する新政権の政策
トランプ政権は親石油・天然ガスであるといわれる。1月末に発出した大統領令はキーストンXlパイプラインおよびダコタアクセスパイプライン(ノースダコタからイリノイ州への石油パイプライン)の迅速な建設を促しているが、これまでさまざまな理由から遅らせていたオバマ前政権に対する政治的な意思表明であると同時に選挙中主張してきていた本プロジェクト推進による雇用確保が狙いである。(実際には米国製の鉄鋼製品を利用する必要があるとする大統領令も署名し、カナダとの間で物議をかもし出している。)昨年5月トランプ候補(当時)はノースダコタ州ビスマークで地元選出ケビン・クレーマー下院議員をアドバイサーとしてエネルギー・環境政策について初めて演説を行った。ここで上記プロジェクト推進、気候変動の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱、国内の温暖化ガス排出削減に関する規制を撤廃することを主張し、気候変動ではなくエネルギー安全保障を重視、化石エネルギー産業支援を明確にした。
しかし、実際にはトランプ大統領はどれかのエネルギーを特別優遇したり、取り除こうとはしていない。エネルギー省長官に指名されているリック・ペリー氏(元テキサス州知事)もオバマ第二政権の中でエネルギー省長官を務めたモニーツ長官(MIT教授)が繰り返していたように、同様に1月19日上院エネルギー天然資源委員会ヒヤリングにおいて”All of the above”政策への支持を表明した。これはどのエネルギー源も捨て去るべきではない、とする日本のベストミックス政策に近い考えである。トランプ大統領はその明確なエネルギー政策をまだ提示していないが、All of the Aboveという言葉は使わないと思われるが、基本的には市場に依存するもの、すなわち価格競争により、エネルギー間の選択は決定されるといスタンスでいるものと考えられる。2004年には発電電力量の50%を占めていた石炭は10年後の2015年には33%に落ち込み、反対に同18%だった天然ガスは33%に増え、石炭と同率になった。2016年の実績が表れたら発電電力量構成では初めて石炭を天然ガス火力が追い越すことになるものと見込まれているが、そうしたトレンドをそのまま追随することになろう。トランプ政権の指向するインフラ投資、雇用確保、規制緩和、安全保障各政策はこのトレンドに沿ったものとなっている。少なくとも石油・天然ガスへの親和性はこうしたトランプ大統領の政策の基本的姿勢と合致する。
石炭についてはどうか。前政権は、当初はAll of the above政策であったが、石炭についてはさまざまな環境規制強化、米国輸出入銀行による外国石炭火力への支援停止など対応は厳しいものに変化していった。トランプ大統領は選挙中も特にウェストバージニアやケンタッキー州において積極的に炭鉱労働者の雇用確保政策を表明し、オバマ大統領の石炭政策を批判した。トランプ候補(当時)は上記ノースダコタ州での最初のエネルギー政策に関する演説でも「炭鉱労働者たちよ。準備しておいてほしい。また頑張って働いてもらうから」と鼓舞していた。石炭産業はオバマ政権のいわゆる”War on Coal”政策と呼ばれる石炭への規制強化策に対して石炭産業破壊を阻止する勇気とコミットメントを与えるものと期待し、クリントン候補はその“延長”であるとしてトランプ候補を支援していた。
ところが実際には石炭火力は連邦の政策というよりは州の政策が色濃く反映し、退潮にはなかなかストップがかからないであろう。そうした「冷めた」見方は産業界の中でも強い。マーリーエナジーという石炭企業大手のマーリーCEOも「わたしはトランプ氏にその期待表明には自重するべきであると申し上げている」と述べている。炭鉱労働者の雇用はもはやオバマ氏の当選の前には戻らないと言っている。規制撤廃には前向きであるが、それ以上の支持は石炭にはないと考えるのが妥当であろう。
ところで本稿では再生可能エネルギーについてはこの後触れるチャンスはないのでひとこと言っておく。再生可能エネルギーについてもトランプ大統領は多くを述べていない。トランプ大統領はオバマ前政権が進めていたクリーンパワープランは反故にすることからクリーンパワープランという文脈では再生可能エネルギーには冷淡なものとなろうとは考えるが、2015年12月の歳出法で原油輸出解禁とのバーターで電力生産税控除および投資税控除が2020年まで延長となっているため引き継ぎ再生可能エネルギーはその恩恵を受けることになった。したがって再生可能エネルギーはトランプ大統領任期中を通じて拡大することになると考えられる。
政権発足における原子力を巡る状況
(トランプ政権の原子力に関する人事)
一般的にはトランプ政権は原子力発電を重要なエネルギー源であると認識しいている。ただし、トランプ大統領は上記に述べたようにその基本姿勢は場志向型であるとみられるため原子力についてトランプ政権が能動的に政府の支援を打ち出すか市場指向型姿勢を維持、すなわり政府の介入を手控えようとするか、両者のバランスがポイントとなる。エネルギー省長官に指名されているリック・ペリー氏も親原子力であることはよく知られている。特にペリー氏は米国原子力廃棄物処理問題を前進させることに強い意志を表明している。廃棄物処理は前政権時代、その主要なサイトであるユッカマウンテンプロジェクトがネバダ州選出ハリー・リード上院議員による反対でストップされたままであったが、このプロジェクトが再開する可能性がある。同時に使用済燃料の中間貯蔵についても民間セクターが進出を始めているが、ペリー氏はたとえばウェイストコントロールスペシャリスツ(WCS)社のプロジェクトを知事を務めていたテキサス州に誘致したことにみられるように民間セクターの中間貯蔵にも前向きである。
また原子力政策に大きな影響をもたらす原子力規制委員会(NRC)および連邦エネルギー規制委員会(FERC)の委員の欠員に対しては、まずNRCは現在、スティーブン・バーンズ(独立)、ジェフ・バラン(民主)、クリスティーン・スビニキ(共和)の各委員から構成され2名の欠員である。1月26日トランプ大統領はこのうちスビニキ氏を委員長に指名し、残りふたりは共和党系から指名される可能性が強い。FERCについてはトランプ大統領は同日シェリル・ラフルアー委員を委員長代行に指名した。前委員長のノーマン・ベイ氏はオバマ前政権クリーンパワープランを推進していたが、2月3日に辞任を発表したため民主党系コレット・オナラブル委員とふたりだけになってしまっているためトランプ大統領は3人の委員を指名することができる。もともとラフルアー氏はナショナルグリッドUSAの出身であることもあり、3人の委員の新規指名により卸売エネルギー市場に対する規制のあり方が大きく変わることが予想される。
(エネルギー省の原子力関連事業)
エネルギー省(DOE)はオバマ前政権での廃棄物処分問題について審議・提案する独立専門委員会であるブルーリボン委員会で提言がなされた「合意ベース立地プロセス」に関するレポートを1月12日発表し、オバマ前政権を通じてなされた統合型廃棄物処分問題についてけりをつけた。なお、ここで言う「統合」という言葉であるが、2016年上院に提出された原子力廃棄物管理法案で「統合型中間貯蔵場を進める一方で同時に最終処分場も前進させるという方針の中で、現在、発電所サイトに貯蔵されている使用済燃料を「統合」して貯蔵するということを指す言葉である。中間貯蔵とはすでに発電所サイトで貯蔵されている状態を意味するのでこれとは切り分けで「統合型」という言葉を使っている。これに関連してDOEは昨年末、民間の中間貯蔵に関するイニシアティブに関する情報の提出依頼、廃棄物輸送に関する鉄道プロジェクト、軍事用廃棄物処分場、深層試掘孔フィージビリティー調査をする会社の選定などを進めた。しかし、こうした活動はトランプ政権のユッカマウンテンプロジェクト再開によりどのような運命を辿るかは予想ができない。
トランプ政権が前政権から引き継ぐとみられる新型炉開発についえはDOEは1月12日新型炉開発・適用のためのビジョン・戦略を発表した。現在DOEは新型炉開発のために官民パートナーシップの導入を検討している。問題は財政的インセンティブを投資促進のためどのようにつけるかが課題である。政府による融資保証、電力購入契約、交渉による所有形態などが考えられている。