第9回(最終回) 石油業界の「安定供給と温暖化対策の両立」〈後編〉
石油連盟 常務理事 押尾 信明氏
インタビュアー&執筆 松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
――課税の公平性の問題ですね。
押尾:自動車用燃料の課税についても、公平性の問題があります。ガソリンには、1リットル当たり53.8円のガソリン税、軽油には32.1円の軽油引取税が課せられています。一方で、最近普及が進んでいる電気自動車(EV)や天然ガス自動車(CNG)には、自動車用燃料やエネルギーとしての課税がありません。
渋滞・騒音・事故対策など、自動車の社会的費用は燃料にかかわらず公平に負担するのが筋であると考えています。かつて、LPG自動車は普及台数3万台を越えたところで石油ガス税が課税されました。既に電気自動車はプラグインハイブリッドも含めると12万台以上、CNGは4.5万台以上普及していることから、EVもCNGも黎明期は過ぎているのではないでしょうか。ただし、EVについては、従来の燃料課税のようにはいかないでしょうから、まずは、課税方法を検討して頂き、なるべく早く公平な課税を実現していただきたいと思っています。
なお、現時点では、電力の電源構成は化石燃料(石炭・ガス等)が主となっており、原子力の本格的な再稼働や再エネの大幅拡大が無い限り、EVと最新のガソリン車のCO2排出量は、ライフサイクルでみるとあまり変わりないものと思います。
エネルギーシステム改革と石油火力
――電力・ガスシステム改革への参入については?
押尾:国内の石油需要は、この先も構造的に減少する見込みですので、石油製品の精製・販売だけでは企業規模は先細りになってしまいます。企業の経営という意味では基盤が脆弱になって参りますので、石油事業をコアとしつつも、総合エネルギー産業化の取組みが重要だと考えています。電力は既に小売全面自由化が今年4月から始まり、石油各社も製油所の自家発電で蓄積したノウハウ等を活用して電力事業に参入しています。ガスについては、小売全面自由化が来年4月から予定されていますので、それに向けて新規参入者という立場で、できるだけ既存の事業者との競争上の公平性が確保できるように、お願いをしているところです。総合エネルギー産業化を進めることが、経営基盤の強化に繋がり、石油の安定供給確保に重要であると考えています。
―― 一方、政府の長期エネルギー需給見通しの中で、石油火力のシェアは2030年に3%と小さくなっています。
押尾:東日本大震災では、石油火力向けの重油や原油の供給が急増しました。ピーク時の2012年度には震災前に比べ需要が2.8倍にも増加しています。東日本大震災以前も、新潟中越沖地震などの際に石油火力が活躍しています。
エネルギー基本計画では「(燃料の)可搬性が高く、全国供給網も整い、備蓄も豊富なことから、他の喪失電源を代替する」と明記されており、石油火力は、今後もわが国の電力供給において一定の役割を果たすことが期待されているものと受けとめています。
しかし、足元の石油火力発電は、節電および発電所の復旧や増設などによる供給力の確保や経済性の観点から、石炭やガスにシフトしており、燃料需要は12年度をピークに急激に減少しています。そして、ご指摘のとおり、2030年の長期需要見通しでは、石油火力のシェアは直近2015年度実績9%の1/3にあたる3%に留まると見通されています。
仮に、こうした石油火力の減少傾向に応じて、燃料サプライチェーンが徐々に縮小していくと、これまで同様に突発的な需要増に対応できなくなることが危惧されます。例えば燃料を発電所に供給する内航タンカーは、需要減少に合わせ船籍数が減少していくことが予想され、再び緊急時に石油火力を活用しようとしても、燃料供給するためのタンカーが確保できない、そうした事態が生じる可能性があります。
現在、政府において、電力自由化に関する制度検討の中で、今まで一般電気事業者が担ってきた電力供給の予備力や調整力のあり方が議論されています。石油業界からは、サプライチェーンの縮小が進行する中、仮に今後の予備力・調整力の中に石油火力を位置付けるのであれば、燃料供給サプライチェーンを維持する観点から、平時から一定程度の需要を維持して頂くことが必要、とお願いをしております。
過去の経験から、非常時に、石油火力向けの燃料供給は、せいぜい平時の需要の2倍くらいまでしか対応できません。つまり、シェアが3%ですと、5~6%くらいしか供給できなくなる可能性があります。石油業界も最大限の努力は致しますが、緊急時だけ燃料供給を求められても、対応能力には限界があることを予め広く認識頂きたいと思います。(図3)
――最後にメッセージをお願いします。
押尾:2030年においても、石油は一次エネルギーの最大シェアであると見込まれていますので、石油の安定供給は国の安全保障に係わる重要課題であることは変わりありません。また、緊急時にも最後の砦としての役割が期待されています。そのため、経営基盤を強化し、低廉かつ安定的な供給ができるよう取組を進めて参ります。
他方、石油の潜在的な資源量は、技術開発により消費量の200年分以上と言われていますが、有限な資源であることは確かですので、今後とも徹底的な石油の有効利用により、省エネや温暖化対策への取組みを進め、できるだけ時間を稼いで、次世代のエネルギーに繋いでいくことが重要な役割であると考えています。
【インタビュー後記】
押尾氏は、地球温暖化対策として石油の高度利用や製油所の省エネ対策を業界として進めている状況を丁寧にお話しくださいました。また、“最後の砦”としての石油の存在価値について改めて問いかけられました。今年は熊本地震や北海道・東北での大型台風の被害に見舞われた年でしたが、日本は地震や台風、渇水などの自然災害が比較的多い国です。過去の歴史から、大きな地震が発生すると石油火力系の燃料の需要は急増します。東日本大震災では、平常時の2.8倍まで需要が拡大したとのお話でしたが、サプライチェーン維持のため、平時から一定の需要量がないと緊急時だけの対応は難しいという実情に、石油を減らしていくリスクについて考えなければなりません。今後、エネルギー政策の議論の中で、石油火力の位置づけをどうするのか、議論を尽くしてほしいと思います。
それから一案ですが、防災に強い分散型エネルギーとして石油の活用を進め、全国の各市町村の体育館などの防災拠点に石油製品を備えることを推進してはどうかと思います。東日本大震災でもお湯が使えない方がたくさんいました。給湯器は停電するとストップしてしまうからです。停電時でも少なくとも3日間はお湯を浴びられるようなバッテリーを付けた高効率石油機器も開発され、市場に出ています。有事が起きても慌てることがないような環境づくりを整備していく必要があります。
日常できること、例えば、自動車のタンクのガソリンが半分になったら給油するなどすることで緊急時にあわてることもなくなるのではないでしょうか。