第9回(最終回) 石油業界の「安定供給と温暖化対策の両立」〈前編〉

石油連盟 常務理事 押尾 信明氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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パリ協定の評価

――パリ協定が11月4日に発効しました。パリ協定をどう評価されますか?

押尾 信明氏(以下、敬称略):京都議定書第1約束期間は、先進国が同じ枠組みの下で数値目標を掲げ温暖化対策に取組むという点では画期的なものでしたが、トップダウン方式による目標設定や、COP3で京都議定書を採択した1997年当時、最大の排出国であったアメリカが最終的に参加しなかったこと、さらに2000年代に急速に排出量が増加した途上国が含まれないなど、地球全体としての排出削減の実効性に疑問がありました。

押尾 信明氏。

押尾 信明(おしお・のぶあき)氏

1980年4月  石油連盟入局
1999年7月~ 総務部総務課長
2009年7月~ 企画部統括グループ長
2010年1月~ 企画部長
2014年7月~ 事務局長兼企画部長
2016年5月~ 常務理事

   
 これに対しCOP21で合意したパリ協定は、全ての主要排出国が参加し、トップダウンではなくプレッジ&レビューという枠組みとなりました。この方式は、経団連がこれまで行ってきた自主行動計画などと同じアプローチであり、わが国産業界のこれまでの成果を見れば、規制的なアプローチよりも優れた手法であると評価しております。また、今回は米・中なども参加しており、この面でも過去の教訓が活かされたものと、高く評価しています。

 さらに、我が国が掲げた▲26.0%という目標は、エネルギー基本計画をベースにして産業界の低炭素社会実行計画等が組み込まれた積み上げベースとなっており、すなわち具体的な対策・政策の裏付けがある目標です。目標達成は決して容易でないと考えますが、実現可能性が考慮されているという意味でも評価できると思います。

石油業界の低炭素実行計画の進捗状況は?

――石油業界としてこれまで取り組んできた温暖化対策と今後の戦略は?

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押尾:石油業界は、資源に乏しいわが国において、海外から原油を輸入し、石油製品に加工して国内各地に配送・供給する役割を担っています。このため、石油を徹底的に有効活用してくこと、即ち「省エネ対策」の追及を第1石油危機以降40年以上にわたり進めています。

 数値目標を掲げた取組としては、1997年に経団連の自主行動計画がスタートした当初から、石油連盟も計画を策定・参加してきました。現在の低炭素社会実行計画についても、コンセプトが明らかになった直後から検討に着手し、2010年度中には2020年目標を、2014年には2030年目標をそれぞれ策定し、今まさに取組を進めているところです。

 低炭素社会実行計画では、石油の高度利用や有効活用を通じて低炭素社会の形成を目指すことと、更にはエネルギー政策における3つのE(安定供給・環境への適合・経済性)の同時達成を追求することを基本理念として、具体的には①製油所(製造工程)の省エネ対策、②消費段階の取り組み、③国際貢献、④革新的技術開発の4本柱から計画を構成しています。
 このうち製油所の省エネ対策については、高効率熱交換器の導入などによる熱の徹底的な有効利用や、プロセスの改良などにより、省エネ対策を講じなかった場合、即ちBAU注1)に比べて2020年に向けては原油換算53万KLのエネルギー削減量を達成すること、2030年に向けては同じくBAUから原油換算100万KLのエネルギー削減に取り組む計画です。(図1)53万KLを2020年に達成すると、CO2換算で約140万t/年の削減に、2030年の100万KLの省エネを達成しますと、約270万t/年のCO2削減に、それぞれ相当します。

注1)BAUとは:business as usualの略で特別の対策をしない自然体の意味

図1(図1)2030年に向けた低炭素社会実行計画 出典:石油連盟[拡大画像表示]

――低炭素社会実行計画の進捗状況はいかがですか?

押尾:毎年、経団連および政府に対し進捗状況を公表しておりますが、2014年度までで、10年度からの累積で36万KLのエネルギー削減量を達成しております。目標は2020年度に53万KLですから、半分以上を達成している状況です。
 しかし、石油業界は、構造的な国内石油需要の減少に直面しており、この先省エネ対策を実施した設備そのものがなくなってしまう可能性もあります。例えば製油所の閉鎖や設備能力の削減があれば、設備が撤去されてしまうこともあり得るわけです。従って、目標達成について予断は許さず、着実に取り組みを進めることが重要であると考えています。

次のページ:今後の課題

――今後の課題は何ですか?

押尾:輸入した原油から、ガソリンや軽油などを生産する際には、様々な装置による加工が不可欠で、多くのエネルギーを消費します。このエネルギー消費を省エネ対策で効率化していくことか重要な課題です。

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 具体的には、原油を精製すると、わが国が輸入する代表的な中東産原油の場合、ガソリンなどの軽質留分が約2割、灯油や軽油などの中間留分が4割、重油留分が約4割生産されます。一方で、石油需要は全く違う比率になっており、ガソリン等が5割、灯油や軽油が4割、重油等が1割です。このギャップを解消するため、製油所では500℃近い温度で重油を原料にガソリンなどを生産する「分解装置」等を駆使し、製品の安定供給を確保しています。
 また、わが国の石油需要は相対的に重油の割合が減少しガソリン等の比率が増加する「軽質化」が進行しており、他方で、海外から輸入される原油は逆方向の重質化傾向が見込まれていることから、今後、重油を分解する装置の役割は、益々高まるものと見られます。
 こうした装置の運転は、エネルギー安定供給に不可欠であることから、石油業界としては、精製装置の徹底的な省エネ対策を行うことで、引き続き温暖化対策に貢献していく所存です。
 もちろん、石油業界が、石油の需要をコントロールすることはできません。寒波などの要因で需要が急増することがあっても、安定供給をすることが何よりも重要と考えています。我々の対策は、あくまでも自らの省エネ対策の強化にあります。

図2(図2)石油精製プロセス 出典:石油連盟[拡大画像表示]

 もう一つ、日本は世界に先駆けて、ガソリンや軽油のサルファーフリー化を実現しています。これはガソリンと軽油に含まれる硫黄分を限りなくゼロ%に近い、10ppm(0.001%)以下のレベルまで低減するものです。そのために製油所では脱硫装置の運転や、硫黄の除去に不可欠な水素の製造で、大量のエネルギーを必要とします。さらに今後、船舶に使用される重油の硫黄分の規制強化の方向性が国際的に打ち出されているため、こうした課題にも対応していく必要があります。これらの取組は製油所のエネルギー消費の増加要因となりますが、大気環境全体の改善に向け、また燃料の低硫黄化による自動車燃費の改善の効果もあり、しっかり取り組んでいく必要があります。

 また、わが国の製油所のエネルギー効率は、国際比較結果によれば世界最高水準に位置していますが、近年、アジア新興国では、日本の製油所の2~3倍の能力をもつ大型の最新鋭製油所が次々に建設されています。わが国石油業界も、地道な省エネ対策の積み重ねでエネルギー効率の改善を図っていますが、日本の製油所は昭和40年代頃に建設されたものが大半であること、製品の安定供給を最優先とするため熱効率の面では不利になる精製フローを採用してきたなど、様々な背景を抱えています。しかし、石油精製業はエネルギー産業の中でいち早く完全自由化され、既に海外石油製品との厳しい競争に晒されていることから、生き残りをかけてエネルギー効率の改善に努めています(後述)。

 さらに、これまでご説明したように、わが国の石油業界は、省エネ対策を積極的かつ継続的に実施してきたことから、製油所単独での既存技術による省エネ対策は徐々に困難になっており、このため、製油所の垣根を越え、コンビナート内の事業者同士で、エネルギー資源の有効利用を進める取組を進めています。隣接する製油所同士、あるいは石油化学工場などと、パイプラインで熱や原料の融通を行う取組です。エネルギー効率が改善し、国際競争力の強化にも繋がりますので、今後のコンビナート生き残りの意味でも大事な取組だと思っています。

図3(図3)コンビナート連携の取組み例 出典:石油連盟[拡大画像表示]

国際競争力の強化

――石油業界が今後取り組む重要テーマは?

押尾:国内の石油需要は、1999年度をピークに構造的に減少しております。2020年までにピーク時対比で約1/3もの需要が減少する勢いです。したがって、国内の石油需要減少に対し、効率的な供給を行う観点から、精製設備の最適化や構造改善を進めてきました。(図4)

図4(図4)石油業界を取り巻く状況(石油需要・精製能力の動向) 出典:石油連盟[拡大画像表示]

 こうした国内需要の減少に対応していく一方で、海外、特に、アジア新興国等では、まだまだ石油の需要は伸びると見られており、これに併せて、大型の製油所がどんどん整備されてきています。今後は、こうした製油所との競争が強まると見られますので、国際競争力の強化が喫緊の課題です。
 石油業界では、これまでも、原油の重質化を視野に入れた重質油分解能力の向上や、今後も世界的に需要増加が見込まれる高付加価値の石油化学製品の増産、石油残渣を活用した発電等を進めてきましたが、今後とも、これらの取組を強化していくことが重要です。

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 わが国は、原油のほとんどを海外からの輸入に頼っていますので、原油の調達先の中東依存が高いことや、調達先の多角化の重要性が指摘されます。調達先の多角化は大事だと思いますが、ただ、従来と違う国から輸入すれば良いというものではありません。原油は産出する油田によっていろいろなタイプがあります。中東以外の国から持ってきても、国内の精製装置がそれを処理できなければ意味がありません。
 世界的な原油の重質化傾向の中で、重質油分解能力の向上を進めることは、いろいろな原油を処理できる選択肢の確保に繋がります。仮に、相対的に割安な重質油のようなものを調達し、高付加価値のものを生産すれば、石油の安定供給に繋がりますし、製油所の競争力強化にも繋がります。

後編に続く)

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