第13話「核セキュリティ」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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(2016年IAEA核セキュリティ国際会議)
 IAEA核セキュリティ国際会議は12月5日から5日間、ウィーン国際センターで行われた。2013年に第1回の会議が開かれて以来、今回が2回目となる。130カ国以上の加盟国から2000人以上が参加した、ウィーンにおける今年最後の大型国際会議である。閣僚セッションの議長は、韓国のユン・ビョンセ外交部長官が務めた。

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2016年IAEA核セキュリティ国際会議に臨むユン・ビョンセ韓国外相と天野事務局長(左)と冒頭スピーチを行う天野事務局長(右)
(写真出典:IAEA)

 会議の冒頭スピーチにおいて天野之弥事務局長は、本年のオリンピック・パラリンピックの主催国ブラジルに対し放射性物質検知機器の提供等の支援を行った事例等を紹介しつつ、IAEAが長年にわたり核セキュリティを優先課題ととらえて取り組んできたと発言。そして、核物資防護条約の改正の発効や、各国のIAEAのIPPASミッションの受け入れ拡大等の近年に進展に触れつつ、IAEAが今後とも各国と連携しながら、核セキュリティ分野で中心的役割を果たす決意を改めて述べた。
 また、日本政府代表を務めた薗浦健太郎外務副大臣はステートメントにおいて、長年にわたる人材育成・能力構築支援や本年のG7議長国としての対応を含む、核セキュリティ分野での日本の貢献を紹介した。さらに、今後の取り組みとして、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会を念頭においた核テロ対策強化のため、大規模国際行事での核テロ対策に知見を有するIAEAと協力を行っていく方針を表明した。

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政府代表演説を行う薗浦外務副大臣(写真出典:共同通信(左)、筆者撮影(右))

 初日の夕刻には、難交渉の末にコンセンサスが成立した閣僚宣言が正式に採択された。閣僚宣言では、各国の国内努力やIAEA等を通じた国際協力により核セキュリティを強化していくことへのコミットメントが改めて確認された。このほか、核物質防護条約の改正の普遍化や、原子力施設へのサイバー攻撃の脅威を踏まえたコンピューター・セキュリティの強化、病院等で使われる放射線源のライフサイクルを通じたセキュリティ維持などが言及されている。さらに、この分野で中心的役割を果たすIAEAが活動を全うできるよう、必要な技術的・人的・資金的支援を継続することや、IAEAや加盟国による核セキュリティ文化の醸成やキャパシティ・ビルディングの努力を支援することも謳われている。今後、この閣僚宣言等をベースにしながら、次のサイクルの2018-2021年核セキュリティ計画が来年策定されることになる。
 核セキュリティ国際会議中の週には、各国、国際機関のイニシアティブによる様々なサイドイベントが開催される。12月7日には、2010年に日本が設立した前述のISCNが中心となり、ウィーンのシンクタンクと日本政府代表部との共催で、アジアにおける核セキュリティ対策についてのワークショップを開催した。日本とつながりの強いアジア諸国の核セキュリティ体制強化は日本にとっても重要な関心事項である。IAEAとも協力しながら今後も取り組んでいく必要がある。

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アジアにおける核セキュリティ対策に関するワークショップの模様(写真出典:JAEA/ISCN(左)、Website of Vienna Center for Disarmament and Non-Proliferation (VCDNP)(右))

2017年に向けて

 IAEA核セキュリティ国際会議が終わると、2016年ももう残りわずかである。IAEAをはじめとする国際機関が集まるウィーン国際センターの中も閑散としてくる。ウィーン市内の各所に立つクリスマス・マーケットのきらめくイルミネーションを見ていると、おのずとクリスマスと新年の到来を心待ちにする気分になってくる。

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ウィーン市内のクリスマス・マーケット(左)とウィーン国際センターで行われていたクリスマス・コーラス・イベント(右)
(写真出典:筆者撮影)

 2016年は、北朝鮮の核実験で幕を開けた。その後、イラン核合意の履行プロセスの開始、オバマ政権下での最後の核セキュリティ・サミット、日本が議長国を務めたG7とオバマ大統領の広島訪問、そして北朝鮮の再度の核実験、国連総会での核兵器禁止条約交渉開始決議と、原子力外交に関連するものだけでも、様々な出来事があった。その他にも、EU離脱・残留をめぐる英国の国民投票や、米国大統領選挙が世界を揺るがせる結果となったのは記憶に新しい。オーストリアでも難民問題が大きな争点となった大統領選のやり直しの選挙が12月4日に行われたばかりである。

“Glücklich ist, wer vergisst, was doch nicht zu ändern ist.”
(「変えられないことを忘れられる人は幸せだ」)

とは、昨年末の第8話で紹介した、年末大晦日のウィーンにおける定番オペレッタ「こうもり(Die Fledermaus)」の一節だが、今年の幾つかの出来事を思い浮かべて、このフレーズが身に沁みる人が世界には多々いるのではなかろうか。
 昨年の今頃、世界で今年起きたことを予測できていたとは言い難いように、来年がどのような年になるのか見通すのは難しい。
 それでも世界の舞台は否応なく回る。来年1月には米国で新政権が発足する。多くの国々が国政選挙、政治の季節を迎える。一方、昨年ニューヨークで挫折したNPT運用検討会議のプロセスが来年から再開する。2020年の次回会議に向けた第1回準備委員会は5月にウィーンで開催される。今年で憲章採択60周年を迎えたIAEAは来年が憲章発効、正式発足から60年となる。イラン核合意実施の監視・検証をはじめとする保障措置、原子力の平和的利用、原子力安全、核セキュリティの各分野において、各国とIAEAが取り組むべき課題は来年も目白押しである。
 新たな舞台に応じて、外交の歯車も回していく必要がある。原子力外交もまた然りである。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

日本政府関係
核セキュリティ全般
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page22_000968.html(外務省ウェブサイト)
核セキュリティ・サミット
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku_secu/index.html(同上)
核物質防護条約の改正
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003275.html(同上)
「核物質防護条約改正の経緯と主な内容」(外交防衛委員会調査室 寺林裕介立法と調査2014.4 No 351)
IAEA核セキュリティ国際会議
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page3_001911.html(同上)
IAEA関係
IAEA中期戦略
https://www.iaea.org/about/overview/medium-term-strategy(IAEAウェブサイト)
IAEA核セキュリティ国際会議
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/ministers-at-iaea-conference-commit-to-further-strengthening-nuclear-security(同上)
https://www.iaea.org/events/nuclear-security-conference(同上)
IAEA核セキュリティ国際会議における天野事務局長スピーチ
https://www.iaea.org/newscenter/statements/speech-at-international-conference-on-nuclear-security-commitments-and-actions(同上)
IAEA核セキュリティ国際会議閣僚宣言
https://www.iaea.org/sites/default/files/16/12/english_ministerial_declaration.pdf(同上)
IAEA核セキュリティ部の概要
https://www.iaea.org/about/organizational-structure/department-of-nuclear-safety-and-security/division-of-nuclear-security(同上)
その他
核セキュリティ・サミット
http://www.nss2016.org/
オバマ大統領プラハ演説
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/remarks-president-barack-obama-prague-delivered
(ホワイトハウス・ウェブサイト)
12月7日アジア核セキュリティ・ワークショップ
http://vcdnp.org/nuclear-security-centers-of-excellence-in-asia-progress-and-the-way-forward/

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