第7回 さらなる技術開発で天然ガスシフトをリードする〈後編〉

一般社団法人日本ガス協会 環境部長 前田 泰史氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第7回 さらなる技術開発で天然ガスシフトをリードする〈前編〉

2030年に向けた目標

――2030年に向けた排出削減目標は?

前田 泰史氏(以下、敬称略):コージェネレーションや燃料電池などの普及ポテンシャルにより、2030年度の時点で6200万tのCO2削減を見込んでいます。

前田 泰史氏

前田 泰史(まえだ・やすし)氏

平成元年3月 大阪大学大学院工学研究科電子工学専攻修了
平成元年4月 大阪ガス入社
平成18年6月 同 大阪エネルギー営業部 マネジャー
平成21年4月 同 エネルギー開発部 マネジャー
平成24年4月 同 エネルギー技術研究所 マネジャー
平成27年4月 一般社団法人日本ガス協会 環境部長

 例えばコージェネレーションは、現状500万kW程度ですが、2030年には3000万kW程度まで普及拡大のポテンシャルがあります。また、家庭用燃料電池(エネファーム)は、エネルギー基本計画等で掲げられた2030年530万台に向けて、普及拡大を推進しています。この他に産業用のガス需要、天然ガス自動車やガス空調の普及拡大に取り組むことにより、我が国の2030年目標の達成に貢献したいと考えています。(図5)

図5(図5)都市ガス消費段階(お客様先)での削減ポテンシャル
出典:日本ガス協会
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――家庭用燃料電池を2030年に530万台は野心的な目標ですね。

前田:非常に挑戦的な目標と言えます。現在、累積普及台数は15万台ですので、これから相当頑張っていかなければなりません。販売価格もこの5,6年で半減していますが、さらなるコストダウンが必要です。国のロードマップによると、家庭用燃料電池(SOFC)が2021年までには100万円というのが目標価格です。(図6)

 また、発電効率は2009年の販売当初は30%台でしたが、現在では一番高いもので52%まで向上しています。効率が上がれば、経済性も高まりますので、本体自体のコストダウンと併せて高効率化に取り組むことが大事だと思っています。最近はマンション向けエネファームも発売されましたので、集合住宅のお客様への普及にも力を入れていきたいと思います。

図6(図6)コージェネレーション・燃料電池の効率向上とコストダウン 出典:日本ガス協会[拡大画像表示]

――今後、家庭部門の大幅なCO2削減を図る必要がありますが、無理せずに削減できる技術はやはり有り難いです。

前田:排ガス中の潜熱を回収することにより、従来の給湯器よりも省エネ性が高い、エコジョーズという高効率給湯器もありますが、新しい高効率なものに切り替えると知らぬ間に省エネになります。そういう無理せず省エネができる技術が家庭部門での削減には最適かと思います。膨大な既築住宅に対しても、しっかり省エネを進めていきたいと考えます。

――病院や自治体が防災拠点にコージェネレーションを導入する事例が増えています。

前田:中圧以上のガス供給は災害に対しての強靭性が特に高いので、各自治体の防災拠点や病院などでコージェネレーションを導入される事例が増えています。最近の事例として、田町駅東口北地区におけるスマート・エネルギー・ネットワークでは、再生可能エネルギーとコージェレーションを導入していますが、ICT技術を活用して建物とスマートエネルギーセンターを連携し、効率的に熱と電気を供給しています。停電時も病院に対し100%の冷温熱を72時間以上供給するとともに、公共施設に対し都市ガスコージェネレーションで発電した電力を継続供給します。(図7) このようにコージェネレーションを使った災害に強い町づくりが、これから加速していくと思います。

図7(図7)田町駅東口北地区におけるスマート・エネルギー・ネットワークのイメージ 出典:東京ガス[拡大画像表示]

――2030年以降、2050年に向けての構想は?

前田:先ずはハードルの高い2030年目標に対し、天然ガスの普及拡大を通じたCO2削減などにより、着実に目標を達成することが重要です。その先の2050年に向けての温暖化対策は今ある技術だけでは難しいため、多様なイノベーションを総動員する必要があります。また、社会情勢の変化も合わせて考えると、2050年へ向けての道筋は、多様な可能性があるため、現時点で単一の道筋に決め打ちすることは、多様なイノベーションの創出を阻害することになり、非常にリスクが高いと考えます。当面は、多くの分野でイノベーションを起こすことが大事なのではないでしょうか。

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 そのために必要な技術開発や様々な関係者との連携も必要です。例えば、田町プロジェクトのように熱と電気を融通するようなシステムに加え、最近大阪では、燃料電池を使って発電した余剰電力をガス会社が集めて小売りに使う「バーチャル・パワー・プラント」のような取り組みもスタートしています。政府の長期エネルギー需給見通しの中でも、コージェネレーションの逆潮流を使った利用拡大が一つの考え方として出されましたが、燃料電池として国内では初めての試みです。

 様々な関係者と連携した、新しいエネルギーシステムの検討や革新的な技術開発を通じて、天然ガスの多様なイノベーションの創出を進めていきたいと考えています。

政府への要望と海外貢献

――政府への要望はありますか?

前田:例えば、燃料電池について、技術開発はNEDOの支援、普及は国の補助金を頂くなど、政府には多くの支援を頂いています。様々な革新的なガス機器によるイノベーションを起こすと共に、天然ガスシフトを進め、大幅なCO2削減を実現するためには、やはり政府の支援は重要と考えます。ガス業界としても、技術開発や天然ガスシステムの普及を通じたCO2削減を進める努力を続けていきますが、今後も政府の支援をお願いしたいと思います。

――最後に、海外での温暖化対策の貢献については?

前田:日本が培ってきたガス事業のノウハウを活かした国際展開していくことも重要です。上流から下流までガス産業のバリューチェーン全般にわたり、海外においても天然ガスシフトを進め、省エネとCO2削減に貢献する取り組みを進めています。

 タイではコージェネレーション・オンサイト事業をスタートしました。エンジニアリング会社と共同でエネルギーサービス(ES)会社を設立し、2件の事業を行っています。ES会社がシステムを設置させて頂き、お客様は初期投資ゼロで安価な電力とガスを入手することができます。運転管理やメンテナンスもES会社が現地に常駐し実施しています。お客様の工場全体でCO2削減を進めるという仕組みですが、このように海外でのビジネスを広げ、かつ海外での温暖化対策への貢献をしていきたいと思います。一部のプロジェクトは、日本政府の二国間クレジット制度(JCM)を利用しています。

 また、燃料電池、エコジョーズ、リジェネレーティブ・バーナー、ガスヒートポンプ等、国の支援を頂きながら、メーカーとガス会社が国内で開発した革新的なガス機器についても、メーカー様が中心となり、海外への展開が進められています。

 このように、日本が培ってきた革新的な天然ガス利用技術を様々な国に導入し、世界全体のCO2削減に大きく貢献していきたいと思います。

【インタビュー後記】

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 前田氏のお話を伺い、都市ガスの製造プロセスが1969年のLNGの導入以来、製造効率99.5%と劇的に向上したことに大変驚きました。製造プロセスの大幅な改善に加え、家庭用、産業用、業務用と用途別に天然ガスを高効率に活用するための技術開発を、メーカーと連携してガス業界が積極的に進めていることも関心をもって伺いました。化石燃料の中でももっともCO2の排出が少ない天然ガスは、世界的に需要の拡大が予想されています。天然ガスシフトの世界的な流れの中、省エネかつ低炭素な技術開発はビジネスチャンスの機会にもなります。日本でも来年度からシェールガスの本格的な輸入が予定されており、コストの低廉化が期待されるところです。燃料コストが安くなってくれば、燃料電池やコージェネレーションシステムの普及拡大の追い風になるでしょう。今後の技術開発の動向と普及状況を、引き続き注目していきたいと思います。

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