鉄道とシカの衝突件数は年間5000件!
問題解決の製品開発秘話
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年3月号からの転載)
鉄道では、年間5000件ものシカとの衝突件数が発生しています。旅客や貨物の安全運行の妨げになり、鉄道会社にとって大きな悩みでした。近隣住民にとっても精神的負担になり、社会問題化していました。そんな中、建材総合メーカーが問題解決につながる製品を開発し、注目されています。
なぜシカが線路に入るのか
衝突増加の背景として、①狩猟者が高齢化で減少しているうえ、銃刀法改正で狩猟免許の更新手続きが煩雑になり担い手が減少、②シカの頭数が増加、③里山が減り、シカがエサを求めて山を下りてくる―ことなどが挙げられます。
鉄道会社にとって山間部を走る鉄道とシカの衝突は、列車遅延や部品損傷、死骸処理などで経済的な損失が大きい。対策としてこれまで、シカが嫌うライオンなどのふん尿を薄めた水を線路上にまいたり、線路沿いに背の高い柵を設置したりするなど、さまざまな防止策に取り組みましたが、決め手がなく根本的な衝突防止にはつながりませんでした。
鉄道会社の窮状を知り、問題解決につながる製品開発に取り組んだのが日鉄住金建材です。同社は鉄鋼建材事業を中核にしていますが、鉄道用の防風柵や防音壁の製造・販売も手掛けており、2011年にシカ被害対策の製品開発プロジェクトをスタートさせました。
プロジェクトの中心を担ったのは、同社で新ビジネスの展開を担当する、開発企画部開発企画グループ長の梶村典彦氏と同部員の見城映氏です。これまで道路などインフラ関係の顧客との取引が多いことから、そうした分野の市場調査を始めたところ、列車とシカの衝突件数が急増しているという問題に着目しました。それにしても、なぜ線路で衝突が起きるのか?その実態調査はこれまで誰も行っていませんでした。
専門家らに聞き取り調査を行い、シカ肉に鉄分が豊富に含まれていることが分かったほか、シカ牧場での観察でシカが繰り返し鉄パイプをかじる様子を確認しました。
「エサを食べるための歯を削ってまで硬い鉄をかじるのは、シカにとって自殺行為と言えます。よほどの理由がないとしないはずで、私たちは鉄不足を補うためではないかという仮説を立て、野生でも同じか現地調査を行いました」(梶村氏)
梶村氏と見城氏は、鉄道会社に協力してもらい、岐阜県の関ヶ原地区と垂井地区の2カ所に野生動物用カメラと赤外線動物カウンターを設置し、シカを徹底的に観察しました。これらに衝突情報、運転士の目撃情報を加え、調査データを収集していきました。2 カ月に1 度は現地に入り、線路に集まるシカの様子を観察しました。衝突後の現場を何度か目撃したこともあります。
「シカが線路周辺の草を食べた後、レールをなめる行動を示したのです。レールには車輪との摩擦で生まれた微細な鉄粉がついています。シカは鉄分を補うために線路に入り、レールをなめるという仮説が裏付けられていきました」(見城氏)
「13年3月、岐阜県関ヶ原町の雑木林で鉄粉を散布する実証実験を行い、20~30頭のシカの群れが集まってきて、鉄粉をなめる様子が確認できました。鉄分を補給するため、シカが線路に近付いていると確信しました」と梶村氏。これは、専門家も驚く新発見でした。
現場調査から製品開発へ
この発見をもとに、塩に鉄粉を混ぜた固形物を試作し、シカの通り道に置くと、シカが次々とやって来てなめ始めました。鉄粉を地面にまくと、その場所の土をえぐり取るように食べていました。こうした実験を積み重ね、塩に鉄粉を主体としたブロック状の固形の誘鹿材「ユクル」(重さ1個5kg)が誕生しました。