建物の気密度
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
今年の1月、米国コロラド州にあるロッキーマウンテン研究所(RMI)が新しい研究棟、イノベーションセンター、を竣工した。エネルギー効率向上に向けた研究を中心とする組織であるだけに、この新しい建物にはエネルギー消費を抑制するいろいろな工夫がなされている。空調、照明、断熱など各種の新しい設備が導入され、その稼働管理についても最新の手法が取り入れられているのは当然のことだと言える。だが、その中に、必ずしも新技術とは言えない建築の基本となる部分の強化に力が入れられていることに興味を抱かされた。それは、建物の気密性を徹底的に追求するということである。
建物の写真を見ると、ごく普通のオフィスビルのようだ。だが、この建物の気密性が米国のビルの中でも最高のレベルとなっていることが効率化の鍵を握るものとして紹介されている。建物の内部の空気が外に逃げる、あるいはその逆に、外部の空気が中に入り込めば、直ちにその建物のエネルギー損失となる。今回新設された研究所建物は2階建てで、床面積は1,450平米、壁や屋根などの建物表面積が2,790平米と、それほど大きなオフィスビルではないが、ここの換気率は50PAの圧力差で1時間あたり0.36回、分かりやすい表現をすれば、建物全体の隙間の合計面積がバスケットボールを通せるほどの大きさしかないということだそうだ。米国で見られる普通の既築ビルの場合、隙間の合計面積はこの24倍あるという。ネットゼロ・エネルギーを実現し、目標とする快適性、耐久性を実現するための前提として、このレベルの気密性が必要だとして設計し、施工にも工夫を凝らしたようだ。
次の数字は米国の事例だからそのまま日本に当てはまらないかもしれないが、寒冷地の中古オフィスビルの場合、暖房熱損失の40%は空気漏れによるものであり、住宅の場合、外気が侵入することによって暖冷房のエネルギーが25%増えるとする研究結果もあると紹介している。外気の侵入の抑制は、エネルギー効率を上げるという一般的な効果に加えて、暖冷房のピーク負荷を抑制する効果もある。空気が建物を出入りするレベルは、温度差と風圧によって左右されるために、断熱性と密閉度が高い建物に使われる空調・換気設備は規模を小さくすることができ、設備が設置される機械室のスペースも小さくなって、全体の設備コストを引き下げることができることにもなる。
密閉度の高い建物には、きっちりと制御された換気が行われなくてはならないのだが、これが結果として建物の寿命を延ばすことになるという。空気漏れが多い場合、空気中の湿分が結露することが起こりやすい。暖かくて湿分のある室内空気が外部に漏れるときには、建物の外部構造部分に結露がおきて、構造体の強度を低下させる結果を招く。密閉度の高いこのビルの場合、きっちりと制御された換気が行われ、取り入れられる外気と排出される室内空気の間で熱交換も行われ、建物内のエネルギーが逃げないようにもなっている。このように気密度を上げるためには、建築の最初から接合部には全て漏洩防止の充填剤や膜が貼り付けられる。これにはその意味が分かった施工者が必要になるらしいし、充填剤などは経年で劣化しないよう配慮されている
数多くある窓や出入り口も、気密度を上げるためにきっちりと閉鎖できるロック機構が備わっている。
日本の建築基準にも密閉度が規定されているようだが、高度な新技術だけではなく、ビル構造の基本部分に気を配ることが、建物のエネルギー効率を上げる効果が大きいのだとすれば、ゼロエネルギー・ビルなどの説明の中にも重要事項として広く知らせることが必要ではないかと考えさせられた。