水素社会はもう始まっている!

先進企業の取り組みへの期待


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2016年1月号からの転載)

 先日、東京都江戸川区主催「水素エネルギーシンポジウム」でパネルディスカッションのファシリテーターを務めさせていただく機会がありました。地域社会での水素エネルギーの利活用について議論しましたが、トヨタと東京ガスの取り組みに、水素エネルギーが秘める大きな可能性を感じました。

エネファームの普及

 現在、地域社会でもっとも普及が進んでいる水素関連技術は、家庭用燃料電池「エネファーム」でしょう。エネファーム内部で生成される水素の原料は、都市ガスかLP(液化石油)ガスです。エネファームは、2009年の販売当初のシステム価格約300万円が量産化で半値になり、14年末までに累計11.3万台が導入され、15年は同15万台を突破する勢いで普及が拡大しています(図)。政府は「日本再興戦略(2013年6月閣議決定)の中で、エネファームを2020年に140万台、2030年には530万台導入する目標を掲げています。

図

 東京ガス・エネルギーソリューション本部エネルギー企画部部長の荒正仁氏は、議論の中で、「街の新たな分散型エネルギー源として、燃料電池によるコージェネレーション(熱電併給)の価値をアピールしていきたいと思っています。14年4月、世界に先駆けてマンション向けエネファームを発売しました。小型でも発電効率が高い燃料電池を、戸建てだけでなく、集合住宅でも設置を進めていきます」と話されました。
 東京都は、20年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、去る11月に大会後のレガシーを見据えた取り組み素案を発表し、その中で中央区晴海地区に建設する選手村を、水素エネルギーで電力などを賄う「水素タウン」とする方針を示しています。選手村内にパイプラインを巡らせ、宿泊用住宅棟への燃料電池の導入や運動施設などの各施設に水素エネルギーで電力や温水を供給する計画で、選手らが移動に使う燃料電池バスなどの水素補給にも使われる予定です。水素社会の見本を世界に示したいという機運が高まっています。
 また、東京ガスは水素関連の実証事業として、「千住水素ステーション」(東京都荒川区)と「羽田水素ステーション」(東京都大田区)の建設・運転を行い、14年12月15日のトヨタの燃料電池自動車「MIRAI(ミライ)」の販売開始に合わせ、関東初の商用水素ステーション「練馬水素ステーション」をオープンさせています。
MIRAI
 「環境に優しい天然ガスを最大限活用し、水素の活用も進んだ街づくりをお手伝いしていきたいと考えています。水素の供給チェーンの整備や、水素の需要の確保が主な課題です。今後、水素価格が安くなると、ガソリンなど他のエネルギー源との競争が可能となり、水素の普及拡大につながります。さらなる低コスト化に向けて、研究開発や標準化を進めているところです」(荒氏)

燃料電池車両の開発加速化

 世界の先陣を切って燃料電池車「MIRAI」を発売したトヨタ。15年5月末時点で登録台数は210台に達し、15年度は700 台、16 年度2000 台、17年度は3000台の生産を見込んでいます。燃料電池自動車は、水素と酸素を化学反応させてつくった電気でモーターを動かして走行し、走行時にCO2や大気汚染物質を出さず、排出するのは水だけという、究極のエコカーです。水素の充填時間は3分と短く、航続距離が約650㎞と長いのもメリットです。私も昨年試乗しましたが、モーター駆動ならではの滑らかな走りや、発進時の加速の良さにちょっと感動を覚えました。
 最近ではトヨタが、約5700件近くにのぼる燃料電池車に関する単独特許を20年まで、水素ステーション関連の特許については永久に無償化すると発表したことが大きな話題になりました。
 トヨタの東京技術担当部長、溝口賢氏は、パネルディスカッションの中で「東京都は燃料電池自動車を20年に6000台、燃料電池バスを同年に100台導入する目標を掲げ、水素ステーションを同年35カ所つくる目標を掲げています。私たちも燃料電池バスの開発を加速しています」と説明してくれました。
 溝口氏は水素の安全対策にも触れ、「水素は燃焼範囲が広く燃えやすい特性がありますが、密閉空間で酸素と混合しない限りは爆発の危険性は低く、正しく取り扱えば安全です。MIRAIは、FCスタック、水素タンクを車体の床下に搭載し、水素漏れ検知器を2カ所に装備し、80km/hの後面衝突試験でも高圧ガス容器は頑丈で破裂することはありません」と、映像を示しながら解説しました。
MIRAI
 現在、MIRAIの希望小売価格は723万円ですが、25年ごろに、同車格のハイブリッド車同等程度への低コスト化実現を目指しています。今後のモビリティ市場では、エンジン車の燃費向上に加え、よりCO2排出量が少ない、またはゼロのハイブリッド車やプラグインハイブリッド車、電気自動車、燃料電池自動車といった次世代カーの開発が加速し、車両の多様化が進みそうです。

環境・エネルギー制約の現実的な解

 水素は、水や多様な一次エネルギー源からさまざまな方法で製造することができ、気体、液体、固体のあらゆる形態で、貯蔵と輸送ができます。金属をもろくする性質があるため、金属脆化と高圧に耐え、漏洩しない特別な容器で輸送・貯蔵する必要があり、水素の大量貯蔵・長距離輸送を実現するには、水素の製造から貯蔵・輸送に係わる技術開発を進める必要があります。再生可能エネルギー由来の「CO2 フリー水素」を製造することを目指した実証実験も始まっていますが、将来の水素社会では、電気と水素を活用し、多様なエネルギーから成り立つ社会になっているでしょう。
 水素の利用は、エネファームと燃料電池自動車によりすでに始まっているとも言えますが、本格的な利活用に向けては、社会構造の変化をともなう大規模な体制整備が必要です。課題は山積していますが、エネルギー自給率がわずか6%の日本において、水素エネルギーの利活用は現実的な解になると思われます。