COP21はいよいよ胸突き八丁


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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第一次議長テキストの提示

 COPに関する現場からの報告は3回目だが、今回は手短に。新聞報道にあるようにCOP21交渉が佳境に差し掛かっている。9日(水)午後、議長国フランスが新たなテキストを出してきた。
http://unfccc.int/resource/docs/2015/cop21/eng/da01.pdf
 6日(日)夕刻から始まったコンサルテーションを踏まえ、多くのブラケットが除去され、オプションの数が減った結果、テキストのページ数は48ページから29ページに減った。しかしその内容についてここで詳説しても余り意味がない。資金、差異化、野心のレベル、ロス&ダメージ等、大きな争点については依然としてオプションのまま残されているからだ。いくつか注目すべき点を紹介しておこう。

(1) 温度目標
 「産業革命以降の温度上昇を2度以下に抑える」「産業革命以降の温度上昇を2度大きく下回るレベルに、更に1.5度以下にするようグローバルな努力をスケールアップする」「産業革命以降の温度上昇を1.5度以下に抑える」の3つのオプションが並立している。島嶼国が1.5度に強くこだわっており、何らかの形で1.5度が記述される可能性が高いと言われている。しかし2度目標自体の実現可能性が極めて厳しい中で、更に1.5度という目標を加えることには強い違和感を覚える。実現可能性を考慮せず、ひたすら野心的な目標にこだわるのはこのプロセスの通弊である。1.5度目標ということになれば、その達成のために必要とされる350ppmシナリオが罷り通るようになり、現実とのギャップはますます広がることになるだろう。かつて日本が大東亜戦争末期、敗北を続けながら、およそ実現可能性のない「絶対国防圏」を地図上に設定したことを想起させる。「そんなことは不可能だ」と言おうものなら「非国民」「敗北主義者」と非難される。温暖化をめぐる議論を聞いていると「進め一億火の玉だ」に類似したマインドセットを感ずる。実現可能性のない目標値を設定しても結果的に枠組みのクレディビリティを損なうだけだと思うのだが。

(2) 長期目標
 「2050年までに2010年比40~70%削減の高い方」、「今世紀末に向けた低排出転換(low carbon transformation)」、「脱炭素化(decarbonization)」、「気候中立性(climate neutrality)」等がオプションとなっている。前回報告したように定量的目標が合意されるとは思えないが、定性的な目標についても、インド等は「脱炭素化や気候中立性は無理だ。我々は国民生活向上の観点から依然として石炭を必要としている」との理由で、強い難色を示している。

(3) 資金面の差異化
 前回の投稿で資金援助の主体を先進国に限定するか否かが論点であると述べたが、今回のテキストでは「先進国は途上国の緩和、適応のために[新たな][追加的な][適切な][予見可能な][アクセス可能な][持続的な][スケールアップされた]資金援助を行う(shall provide)。その他の締約国は、南―南協力を含め、自主的で補完的な形で途上国に資金を提供することもあり得る(may, on a voluntary and complementary basis)」という条項がブラケットなしで入った。その他の資金関連の条文で「先進国及び能力を有するその他の国々は新規の追加的な資金、技術移転、キャパシティビルディングを提供する(Developed country Parties and… other Parties with the capacity to do so shall provide new and additional financial resources…)」といったオプションが残ってはいるものの、上記の規定がブラケットなしで入っている限り、実現は困難であろう。この点で議長テキストは途上国に寄った内容になっている。

(4) レビュープロセス
 ADPテキストでは全ての締約国がINDCを提出した後、最終的な目標提出に先立ってその内容確認、透明性、理解増進のためのプロセスに関する条文がブラケットに入って残っていたが、議長テキストからは事前協議に関する条文がすべて落とされた。また約束草案の実施状況に関するレビューについては、全ての締約国に適用されるオプション1と、先進国は「強固なレビューと国際的な評価プロセスを受け、遵守に関わる結論につなげる(robust technical review process followed by a multilateral assessment process, and result in a conclusion with consequences for compliance)」一方、途上国の提供した情報については「内政干渉的でなく、懲罰的でなく、国家主権を尊重し、先進国からの支援に応じた形で、技術的な分析を受け、国際的な場で意見交換を行い、サマリーを作成する(technical analysis process followed by a multilateral facilitative sharing of views, result in a summary report, in a manner that I nonintrusive, non-punitive and respectful of national sovereignty, according to the level of support received from developed country Parties)」というオプション2が併記されている。資金援助について上記のような差異化を認めた上に先進国が極めて重視するレビュープロセスが、古典的二分論に基づくオプション2で決着してしまったら先進国にとって全く受け入れ不可能だ。

(5) 知的財産権
 今回のテキストには知的財産権(IPR)の無償供与に類する文言は入っていない。オバマ大統領とモディ首相の電話会談が行われたというが、この件も議論されたのかもしれない。その他の部分で途上国寄りの記述が目立つため、それを材料に議長国フランスがインドを説得しようとしているとの見方もある。

本当の戦いはこれから

 議長テキストをもとに、9日夜から10日未明にかけて交渉が行われたが、本質的な対立点が未決着のままで190ヶ国が参加するパリ委員会で議論しても物事が決着するわけはない。多くの国が議長テキストを交渉のベースとして歓迎しつつも、従来からのポジショントークを繰り返すに終わったという。言葉を換えればまだ胸突き八丁に差し掛かっていないということだ。
 10日午後9時から開催されるパリ委員会で第二次議長テキストが提示されることになっており、本当の交渉はそれからだろう。交渉官の間では、第二次テキストをベースに最終的な交渉を行い、11日(金)もしくは12日(土)に最終テキストを採択するのではないかと言われている。
 本稿を執筆している間に、まさに第二次議長テキストが提示された。その内容、争点については次回報告するが、資金、ロス&ダメージ、透明性、市場メカニズムにおいてブラケットやオプションが残っており、これら全体をパッケージとした熾烈な交渉が行われることになるだろう。最終テキストが出されるのは、これらの問題が決着してシャンシャンで採択できる状態になってからのはずだ。それが最終日の11日(金)中に済むのか、12日(土)までかかるのか、あるいは13日(日)朝までかかるのかはわからない。ファビウス外務大臣が部下に対して「家族には日曜まで帰れないと言っておけ」と言ったとか、フランス政府はブージェの会場を月曜日まで押さえているという噂もある。筆者がパリを出るのは日曜夜のフライトだが、結果を見届けられるかどうか。次回の投稿の際にはもう少し状況が見えているかもしれない。

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