石炭火力は「親の仇」なのか?
流行の口車に乗った温暖化対策論に振り回されてはならない
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
(産経新聞「正論」からの転載:2015年11月4日付)
国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)が迫ってきた。この会議が成功すれば、京都議定書に代わる2020年以降の国際枠組みが決まる。その後の焦点は、温室効果ガス削減目標達成のための国内対策のあり方だ。
《流行の口車にのっては困る》
国内対策の目的は、政府部内調整を経て国連に提出した日本の削減目標(30年に13年比26%減)を達成することだ。これは、二酸化炭素(CO2)を発生する化石燃料について、需要側では省エネ対策、供給側ではとりわけ影響が大きい発電電源構成を実現することと同義である。省エネ対策は一見無害のように思えるが、手法と程度によっては生活や経済活動を強制的に締め付けることにもなりかねない。経済原理が働く、目一杯のところまではやるにしても、それ以上は副作用が大きくなる。
そこで、供給側の対策が重要になるのだが、ここ最近、石炭火力を規制せよという声が高まるなど、筋違いの政策論が跋扈していることが懸念される。温暖化対策を行うのであれば、石炭であろうが液化天然ガス(LNG)や石油であろうが、化石燃料全てを規制すべきだと主張すべきなのだ。
石炭だけを「親の仇(かたき)」のように非難している日本の環境派の人たちは、欧米で広がりつつある石炭火力規制の強化という「流行」に乗り遅れまいとしているだけにしか見えない。
そもそも米国が化石燃料であるシェールガスの使用を抑制しようとしているだろうか。欧州が再生エネルギー導入の裏で調整電源が不足する中、石炭火力の活用を本気で諦めたという証拠があるのか。欧州が天然ガス輸入を温暖化対策のために「削減」しようとしているのか。全て、答えは逆だ。
つまり、エネルギーや電源のベストミックスは、各国とも温暖化以外に経済問題や安全保障問題とセットで考えているのである。各国とも資源の埋蔵量や技術のレベルから見て最適なミックスを選び、それを他国に押し売りすることに成功すれば、異なる状況下にある国の経済的な競争力を阻害することができるのだ。いつまでも、そんな口車にのるようなお人よしの日本であってはいけない。
《無炭素電源の確保が重要》
では、日本政府が最優先で考えるべき政策は何か。それは再エネと原子力という無炭素電源による発電量をどうやって確実に実現するかだ。化石燃料発電量を総体として規制しても、原子力が稼働しなかったり再エネの普及が間に合わなかったりすれば電力不足が起こるだけで、温暖化対策は当然後回しになるだけだ。そこで、無炭素電源の発電量を、常時一定量確保しつつ、さらに中長期的にも無炭素電源への投資を確実なものとしていくことが重要になる。
自由化前の電力セクターであれば、大手の電力会社と政府が短期の供給計画や中長期の投資計画について調整しながら、政策的要請と経済原理を調和させていくことも可能だったろう。しかし、電力システム改革で、こうした「あうんの呼吸」は不可能になる。
まずは、電力業界の自主的な温暖化対策への真剣な取り組みが大事だ。また、それを後押しするため、無炭素電源投資促進のための政策措置も検討すべきだ。電力取引市場が厚みを増してくれば、市場に流入する無炭素電源起源電力にはプレミアムをつけて引き取る仕組みを作ることも一案だ。
《日本が追求してきた合理的戦略》
さらに、いわゆる「エネルギー供給構造高度化法」を適用して、電力事業者に無炭素電源の活用に関する総合的指針を示し、再エネおよび原子力電源投資の実施を強力に促すことも選択肢となる。その場合、電源投資にまつわる投資回収や関連事業リスクを軽減するために、原子力事業環境整備に関する法的措置を取る一方、過剰投資と国民負担増大を招かないよう固定価格買い取り制度を改革し、英国のように無炭素電源間での支援平準化を図ることが重要だ。
日本は化石燃料は全量輸入し、しかも政情不安定な国に多くを依存しているという他国よりも厳しい環境にある。それは日本が近代国家になって以来、宿痾のようにまとわりついてきた問題なのだ。
そのため、化石燃料からどのように脱却していくか、そのための戦略はどうあるべきかは、長きにわたって検討され続けてきた。温暖化問題で慌てふためき、規制強化だ(それも石炭火力だけで、天然ガスまでとは言わない)と騒ぎ始めている欧米とは、年季の入り方が違うはずだ。省エネと電源多様化、技術開発による新エネルギーの開発-これが日本が長年、追求してきた合理的戦略なのである。
海外の環境NGOの議論を借りて、削減目標の内容について非難している日本の論者は、その自虐的傾向を抜本的に改めるべきだ。われわれは、むしろ歴史的経験と詳細なエネルギー状況についての分析を踏まえた日本の戦略の合理性や有望性について、世界各国に対して発信する姿勢を取るべきなのである。