最前線知る著者の「現実的提言書」

書評:有馬 純 著「地球温暖化交渉の真実 - 国益をかけた経済戦争」


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電気新聞からの転載:2015年9月11日付)

 本書は日本政府交渉官としてその最前線に長く身を置いた有馬純氏による交渉の真実と、今後に向けた現実的な提言の書である。

 氏はまず、これが国益をかけた経済交渉であることを自覚せよと警告する。そう書くと、純粋に未来の地球を憂う方の中には反発を抱かれることもあるだろう。しかし、ここでいう「経済」は人々の生活であり現実を意味する。気候変動問題に純粋に取り組む人ほど、これが何よりも優先すべき課題であると感じるのは当然であり、交渉の場にも「今こそ行動を」、「未来の地球のために」と高揚感をかきたてる言葉があふれる。しかし、現実社会に目を転じれば、貧困・飢餓、疾病、教育など課題山積だ。平和で満ち足りた社会に生きる日本人は理念先行型になりがちだが、世界の現実を踏まえず理念に訴えると、交渉の場で都合のよい相手と軽く見られるだけでなく、気候変動問題の解決にも貢献できない。人々の生活や現実を無視した対策は、それ自身が持続可能ではないからだ。

 京都議定書の第2約束期間に日本が参加するか否か瀬戸際に立たされたCOP16において、氏は非常に明快な言葉でそれを否定した。「京都を殺すな」という感情的な批判にもさらされたが、一部先進国にのみ削減義務を課す京都レジームは温暖化対策として効果がなく、新たな枠組みの構築に注力すべきであるという確固たる信念を、会場の中でも外でも繰り返し、時には芝生で車座になって説いて回っていた。各国の交渉官や産業界、環境NGOのメンバーにもこうした真摯な説明を続けた結果、交渉の場での日本批判は日を追うごとに沈静化した印象がある。日本のメディアには「日本が孤立」と、孤立すること自体が悪であるかのように書き立てるものも多かったが、孤立を過剰に恐れる交渉官に国益に関わる交渉など頼めたものではないし、当初孤立しても逃げずに説明することが何より重要なのだ。

 2020年以降の枠組みを決するCOP21までもうあと数カ月。これまでの経験を生かし実効性ある枠組みの構築に日本が貢献するために何が必要なのか。本書を読んでぜひ皆さんにも考えてみていただきたい。

※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

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「地球温暖化交渉の真実 – 国益をかけた経済戦争」 
著者:有馬 純(出版社: 中央公論新社)
ISBN-10: 4120047695
ISBN-13: 978-4120047695

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