ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第2回

再生可能エネルギー大量導入の帰結①


Policy study group for electric power industry reform

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 第1回で、貯蔵が利かない電気の技術的制約がミッシングマネー問題の要因となることを述べた。第2回は、それに加えて、固定価格買取制度(Feed-in Tariff:以下、「FIT」と呼ぶ)により、再生可能エネルギーによる電気が大量にkWh市場に流入してくることも、ミッシングマネー問題発生の誘因となることを述べる。

<FITとは>

 FITは、再生可能エネルギーの普及を促進する政策の一つであり、日本でも導入されている。電気事業者に対して、再生可能エネルギーにより発電した電気(以下、「FIT電気」と呼ぶ)を優遇された固定価格にて長期間買い取ることを義務付けるものである。固定価格は、固定費、変動費注7) を含むコスト回収が保証されるように設定されるので、再生可能エネルギーへの投資が促進される。電気事業者がFIT電気の購入に要した費用は、買取価格から回避可能費用(買取により節約できた費用)を差し引いたものであり、これは使用電力量に応じた賦課金の形で消費者が支払う電気料金に加算される。日本のFITの対象となる発電設備は、太陽光、風力、小規模水力、地熱、バイオマスである。そのうち、太陽光、風力といった自然変動電源が大量に普及すると、ミッシングマネー問題発生の誘因となる。それは以下の3つのメカニズムによる。

<第一のメカニズム:限界費用による価格形成を促す>

 第一に、FIT電気注8) のkWh市場への大量流入は、限界費用による価格形成を促す。これには、回避可能費用がkWh市場価格に基づいて決まることが条件になるが、日本でも2016年から回避可能費用はkWh市場価格に連動することになる注9) 。この場合、FIT電気の購入者は通常、購入することにより予め用意していた火力発電の燃料費、すなわち限界費用を節約できるので、kWh市場価格が限界費用以下でなければ、購入する合理性はない。したがって、FIT電気の購入者は、kWh市場価格が限界費用以下となるように振る舞うインセンティブを有する注10) 。具体的なメカニズムは、FIT電気の買取主体が送配電事業者か小売電気事業者か等によって異なるが、一例を次回紹介する。

<第二のメカニズム:限界費用の水準を引き下げる>

 第二に、FIT電気のkWh市場への大量流入は、限界費用の水準を引き下げる。図3にイメージを示したが、限界費用ゼロのFIT電気がメリットオーダーの先頭に割り込んでくるために、同じ需要曲線の下でもkWh市場価格は安くなる。これはメリットオーダー効果と呼ばれる注11) 。図3に示したとおり、FIT電気の投入量の分、供給曲線は右にシフトし、同一の需要曲線D1の下でも、kWh市場価格はP1からP2に低下する。

図3 メリットオーダー効果 (出所)筆者作成

図3 メリットオーダー効果
(出所)筆者作成

<第三のメカニズム:従来電源の収益機会を奪う>

 第三に、FIT電気のkWh市場への大量流入は、再生可能エネルギー以外の電源の収益機会を減少させる。自然変動電源は、火力発電をはじめとする従来型の電源よりも優先的に活用されるので、これらの電源はFIT電気が供給した残りの需要を供給することになる。この需要を残余需要という。残余需要は、FIT電気の流入量が増えるにつれて当然に減少するが、その様子をイメージしたものが図4である。

注7)
ただし、太陽光発電、風力発電は変動費(≒限界費用)はゼロである。
注8)
ここでは、FIT対象電源の中でも、自然変動電源が大量に流入することの影響を述べる。したがって、これ以降FIT電気は、太陽光、風力に代表される自然変動電源による電気を専ら指す。
注9)
厳密には前日スポット市場の価格と1時間前市場価格の加重平均値となる予定である。両市場の取引量の実態を踏まえると、実質的に、前日スポット価格の価格に近くなる。現行のFITでは、回避可能費用は火力発電の平均的な燃料費等を基に固定価格が定められているが、kWh市場の価格がこの固定価格より高い場合が多いため、そのような時間帯に一旦受電したFIT電気をkWh市場に転売すれば、労せず利益が得られる弊害が指摘され、制度が変更されることとなった。
注10)
FIT電気の購入者が火力発電所を保有している場合は、kWh市場価格が限界費用となることでミッシングマネーが発生することになるので、kWh市場価格が限界費用以上となるように振る舞うインセンティブも同時に有している(利益相反)。
注11)
例えば、IEA(2014)を参照
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 図4は、2013年度における東京電力エリアの1年8760時間分の電力需要実績(「現状」)を元に、自然変動電源が大量(10%~40%)に導入されたと仮定した場合の残余需要を試算し、デュレーションカーブ注12) で表現したものである注13) 。これを見ると、自然変動電源が10%からさらに増えても、残余需要のピークはほとんど変化がない。

図4 残余需要のデュレーションカーブ (出所)筆者作成

図4 残余需要のデュレーションカーブ
(出所)筆者作成

 太陽光発電は、日本で電力需要のピークが発生する夏の暑い日の昼間に、稼働率が高くなるので、導入の初期段階では電力需要のピーク削減に貢献する。しかし、導入が一定量を超えると、残余需要のピークの発生時刻が、太陽光発電の稼働が低下する、あるいは稼働しない夕方以降に移ってしまうので、ピーク需要の削減効果は消滅する。実際、図4の試算では、自然変動電源のシェアが10%となった段階で、既に残余需要のピークは夕方以降に移っているので、これ以上自然変動電源を増加させても、残余需要のピークは変わらない注14)

 つまり、自然変動電源を大量に導入しても、自然変動電源が発電しないときへの備えとして、従来型電源は維持される必要がある。設備量が維持される必要があるのに、これら設備に割り当てられる需要が減少するから、設備の利用率は当然に低下する。設備利用率が低下するということは、製品であるkWhが売れる機会、すなわち収益の機会が減るということである。

 以上をまとめると、FIT電気の大量導入は、火力発電をはじめとする従来型電源が固定費を回収するために十分な収益を得ることを困難にし、ミッシングマネー問題を発生させる。そのメカニズムは;

kWh市場の価格について、固定費を考慮しない限界費用による価格形成を促すこと
メリットオーダー効果
により、従来型電源のkWhの売値を引き下げるとともに、
設備利用率を低下させること
により、従来型電源がkWhを売る機会を減少させることによる。

注12)
電力需要を、発生時刻に関係なく、大きい順に並べ直した右下がりの曲線。持続曲線ともいう。
注13)
自然変動電源の発電パターンを10%から40%まで10%刻みで作成し、2013年度における東京電力エリアの1年8760時間分の実績電力需要のパターンから差し引き、大きい順に並べ直した。もともとの電力需要に現時点で家庭等に設置している太陽光発電の発電電力量がマイナスの需要として織り込まれているので、厳密な意味での残余需要ではないが、在来型電源への影響を考察するには、これでも十分である。仮定している自然変動電源は、太陽光:風力=98:2の割合である(東京電力エリアの実情に合わせた)。なお、政府が2015年7月に閣議決定した長期エネルギー需給見通しでも、2030年度における自然変動電源のシェアは8.7%である。したがって、この試算は当面は想定されない極端な例であるが、デュレーションカーブの変化のイメージをつかみやすくする観点からあえて作成したものである。
注14)
発生する季節は冬の場合も夏の場合もある。図4の試算では、年間の最大需要の発生日は2月であり、その日を除いた最大発生日は8月になった。
<参考文献>
 
IEA(2014) , “The Power of Transformation(NEDOによる和訳)

執筆:東京電力株式会社 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室長 戸田 直樹

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