朝日新聞科学欄は科学的?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 ちょっと古い紙面だが、8月6日付け朝日新聞の科学欄では『原発20~22%「非現実的」』とのタイトルで2030年の電源構成に関する解説があった。米国のブルームバーグ関連企業の予測を紹介したものだが、エネルギー政策の基本的な考え方を無視した、何を主張したいのか、よくわからない記事だった。

 ブルームバーグ関連企業の予想では、30年の原発の比率は8.9%に留まり、減った分を天然ガス火力が穴埋めすると記事の前半で紹介している。天然ガスの比率は政府案の27%に対し42.2%になるとの予測だ。米国のようにエネルギー省の独立機関が予測するアプローチも考慮する必要があるとのコメントも紹介している。

 この記事には、大きな勘違いがある。日本政府が発表した30年のエネルギーミックスは、予測ではなく、「あるべき姿」即ち、目標なのだ。経済成長、エネルギーコスト、気候変動問題等を考慮した望ましいエネルギー比率を示している。予測ではない。エネルギーミックスの目標を出す国は先進国では日本だけだろう。米国エネルギー省の独立機関は「予測」を出すだけで、望ましいエネルギーミックスの目標を示すわけではない。

 「予測」通りに、原子力比率が8.9%で、天然ガス比率が42.2%になると、電力価格は上昇する可能性が高い。電力価格を抑制するのが、今回のエネルギーミックスの狙いの一つなので、そんな「予測」の電源構成が実現しては困るということだ。

 6月に発表されたハーバード大学のマイケルE.ポーター教授とボストンコンサルティンググループの共同論文によると、日本・韓国向けの米国の天然ガス輸出価格は、百万BTU当たり11米ドルと予想されている。今の為替1ドル120円でLNG1トンに換算すると、約68,000円だ。LNG火力の燃料代だけで、1kWh当たり9円を超えてしまう。再エネ負担金の増加もあり、LNG比率が42%にもなれば30年の電気料金は上昇するだろう。

 政府の原発の数値20%~22%は「目標」であり、達成のためにこれから様々な政策手法が利用されるはずだ。例えば、来年春からの電力自由化の後には、将来の電気料金は不透明になり、発電設備への投資、特に設備投資額が巨額になる原子力発電所の建設には事業者は躊躇するだろう。その環境下で投資を促進するためには、設備を建設すれば一定額が支払われる容量市場、あるいは英国政府が導入した発電された電気の固定額での買取制度が必要になるだろう。現時点での「予測」では目標が達成できないからこそ、望ましいエネルギーミックスが設定されるのだ。目標と予測を同列で論じることは、科学的な思考方法ではない。「目標」と「予測」を分けて論じ、必要な政策手法を議論することが「科学的」な態度ではないか。

 記事の後半は、さらに意味不明になる。『「電気料金減は不透明」指摘』とのタイトルで、電源構成を決めたのは、ベースロード電源と電力コストと紹介し、電力コストは火力と原子力の燃料費、再エネの買い取り費用と送電線への接続に伴う費用を足し合わせたもので、政府はこれを全体で引下げ国民負担を減らすとアピールすると紹介し、その後に、「電力コストには他の費用もあり、電気料金が減るかどうかはわからない」とのコメントを紹介している。

 政府の計算で示されているのは、原子力が稼働することにより化石燃料の購入費が削減され、その削減分で再エネ導入の負担を行うことにより、電気料金の上昇を抑制しようということだ。「燃料費が減った分以上に再エネの買い取り費用は増やせないため、再エネ導入量の伸びしろは限られる」と記事にはあるが、燃料費の減額分以上に再エネの買い取り費用が増えれば、電気料金を値上げせざるを得ない。燃料代が削減された分を再エネに充てても、再エネに使われる資金は、系統安定費用を除いても13年度比3.2から3.5兆円増えるのだ。この分の負担額は電気料金にすれば、1kWh当たり3円以上になる。

 記事が触れていないもっとも重要な情報は、再エネ導入量が増えれば、電気料金が上昇するという簡単な事実だ。政府は電気料金の上昇を避けつつ、再エネを導入する手法として燃料費の減額分を再エネに回す方法を考えたが、朝日新聞は電気料金が上昇しても再エネ導入量を増やして欲しいようだ。東日本大震災以降、産業用の電気、家庭用の電灯料金は、それぞれ38%、25%上昇しているが、さらなる上昇も受け入れ可能というのだろうか。

 燃料代と再エネ導入費用以外のコストが不明だから、将来の電気料金は下がるかどうか不明というコメントは当たり前だ。政府の計算の狙いは再エネ導入量の目標値をはじくためであり、将来の電気料金が下がると保証している訳ではない。第一、化石燃料代が想定通りに動く保証があるわけもなく、将来の電気料金が下がることが保証できるはずがない。一定の想定を行うための計算に関しても科学的とはいえない解説をする朝日新聞は不思議というしかない。新聞社が主張を持つのは結構だが、科学欄で取り上げるのであれば、数字について「科学的」に解説する義務がある。