MENUMENU

懲りない朝日新聞は相変わらず反原発


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授


印刷用ページ

 9月21日(日曜日)の朝日新聞には織り込みちらしで、読者の皆様にとして「吉田調書」に関するおわびの文が入っていた。しかし、同日の記事を見ると、朝日新聞は反省しているとはとても思えない。
 吉田調書については、評価を誤ったとの朝日新聞の公式説明だが、その説明を信じている人は、まずいないだろう。朝日新聞の読者投稿欄にも「意図的だったのでは」との投稿が掲載されるほどだったから、朝日新聞も世間の受け止め方は気付いている筈だ。
 なぜ、朝日新聞が吉田調書の一部を利用して「撤退」としたかったのかは明らかだ。反原発を推している朝日新聞としては「東電には原発を運転する能力がない」「すべでの電力会社は信用できないから原発の運転は任せられない」と主張したいのに違いない。そのためには、「逃げ出す運転員」がいたほうがいいし、「電力会社はとんでもない会社」であった方がいい。となると、「全員撤退」と聞いたと主張する管、枝野、細野の発言を、なんとしても裏付けしたくなる。
 吉田調書の記事を書いた記者のツイッターのアカウントはいつの間にか削除されたが、足跡は多く残っている。個人の意見と断りがあっても、まるで反原発の活発な活動家の発言だ。この記者の記事を、十分に検証せず掲載した朝日新聞幹部の責任が免れないのは当然だ。
 その朝日新聞は反省しているとは思えない。今までも、吉田調書に限らず、電力会社、原発に関する間違った記事を多く掲載している。私も「河野太郎と朝日新聞不正確な脱原発論の共通点」では経済部の記者が規模の経済を無視した馬鹿げた主張をしていることを指摘しているが、吉田調書に関するお詫びをした後も朝日新聞の本質は変わってはいない。
 おわびのちらしと同じ日の9月21日の「政治断蘭」「民主党らしさ取り戻すとき」では、民主党幹事長に就任した枝野幸男を取り上げている。著者の編集委員は、枝野の著書「叩かれても言わねばならないこと。」を再度読み返し、いま読むと味わい深いと書き、脱近代化論を脱原発論に枝野は結びつけているとしている。
 枝野の著書を私も読んだが、とても味わい深いとは思わなかった。あまりに馬鹿げている脱成長路線と思った。その脱成長路線は水野和夫の主張にも通じているが、経済学的な根拠は全くないと言っていい。資本主義、あるいは近代化は続けられないとこじつけて、無理やり主張しているに過ぎない。枝野と水野の主張については、Wedge Infinityの連載で取り上げたばかりなので、『「資本主義の終焉」?脱成長路線では世界を救えない』を、お読み戴きたい。
 枝野の主張「段取りを間違わなければ原発をやめていくことによって日本の経済は活気づく」は自民党の対立軸になりえると、編集委員は主張し、世論調査をみると多くの人が消費税10%への引き上げや原発再稼働に反対しているともして、いまこそ民意をくんで政策を磨き直し、民主党らしさ、野党らしさを取り戻すべきときだとしている。脱近代化、脱原発路線が民意であり対立軸として推せると朝日新聞の編集委員が思うのは、朝日新聞が反原発路線だからではないのか。枝野の著書をよく読んで対立軸になると思ったのであれば、経済に関するきちんとした本を何冊かまず読むことをお勧めしたい。
 ちなみに、同日の朝日新聞の社会面には大江健三郎の「原発に頼らないのが真面目の力」との反原発発言を紹介する記事もあった。朝日新聞の主張ではないというのだろうが、わざわざ大きな写真入りの記事で紹介する内容とは思えなかった。朝日新聞は、懲りて、反省しているとは思えない。当分の間、客観的なデータに基づく記事を主体にすることが読者の信頼を得るためには必要ではないか。反省するとはそういうことだ。



山本隆三 ブログ「エネルギーの常識を疑う」の記事一覧