「クリーンパワープラン」正式発表後のオバマ政権vs.石炭業界
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
誤解①「炭素規制基準は、雇用の喪失と経済損失を招く」
事実:我々アメリカ人は、炭素汚染を減らすことが我々の子供たちの健康を守り、雇用の創出につながることを理解しているはずだ。これは、長年の間、炭素多排出事業者らが好んで使ってきた「誤った認識」である。「大気汚染防止法(Clean Air Act)」は、スモッグなどの公害問題を解決し、次世代の子供たちのために責任を果たすことを約束して、共和党のリチャード・ニクソン大統領が署名して成立したものだ。
炭素多排出事業者たちは、炭素排出規制が自動車産業に打撃を与えると批判するが、それも誤った認識だ。1990年、共和党のジョージ・ブッシュ大統領は酸性雨対策のため議会の合意形成を図った。酸性雨対策により米国内の照明が消えて、国の産業に多大な影響を与えると、当時業界団体の反発は大きかったが、結果としてはそうならなかったのは明白な事実だ。
EPA(環境保護局)は40年以上大気汚染対策を行ってきた。その間、米国経済は3倍以上に成長したが、今こそ、排出した炭素の70%を削減する努力をすべき時が来たのだ。炭素排出削減計画は、発電所におけるクリーンエネルギー技術とエネルギー効率の向上を図ることにつながり、結果として、雇用の創出と家計の支出を節約することになる。ひいては、国民の健康を守り、医療費削減につながることが期待できる。
EPAが行った詳細な経済分析によると、クリーンパワープランによる発電所からの炭素規制により、全米で数千人の雇用が創出することが試算されている。その他2つの独立系の調査研究において、クリーンパワープランが完全に遂行されるならば、30万人の雇用が創出されることが見込まれる。2014年から2016年に実行される「Regional Green House Gas Initiative trading program(地域温室効果ガス排出取引プログラム)」では、9つの州で1万4000人の雇用の創出が期待されている。
誤解②「炭素規制基準が、米国の電気代を急上昇させる」
真実:炭素排出削減は、廃棄物を減らし、家庭の電気代の節約になる。最大の炭素排出事業者(注:石炭業界のことだろう)が、EPAの提案が米国における電気料金の上昇につながるといった誤解を世間に植え付けている。実際には、クリーンパワープランは、一般家庭の電気料金を上昇させることなく、我々の子供たちの健康を守るのである。
現実に、EPAによる石炭火力への環境規制により、一般家庭の電気料金は毎年85ドル減る見込みだ。エネルギー効率の向上と電力システムにおけるコスト削減の取り組みにより、2020年から2030年までに全世帯で総額1550億ドルの家計の節約が試算されている。
誤解③「オバマ政権は石炭への戦争をしかけている」
真実:何年もの間、オバマ大統領の政敵らが、大統領就任前から、市場や世論の動きを見ながら批判し続けている。彼らは、EPAによる「大気汚染防止法」を「石炭への戦争」と批判している。しかし、最近の経済レポートでも明らかなように、石炭依存の割合が減ってきているのは、天然ガス価格の低下や、再生可能エネルギーのコストの低下、エネルギー効率の向上による経済的な競争力により、クリーンエネルギーへのシフトが進んでいるからである。
石炭産業における炭鉱夫数の減少や失業は、オバマ大統領の就任前から起きていることだ。レーガン政権とクリントン政権時のほうが炭鉱夫の失業数は多かった。石炭生産州における影響を考慮し、オバマ政権は2016年度予算として、石炭産業や関連技術、雇用への支援措置として約1000億ドルを計上している。
この他にも、オバマ政権は、世間に広がるさまざまな「誤解」に対する「真実」を解説しているが、クリーンパワープランは、気候変動対策としてだけではなく、国民の健康やイノベーションの創出、米国企業の競争力強化など、ダイナミックな政策展望があることがうかがえる。クリーンパワープランの目標達成に不可欠な各州政府による計画の策定が今後スムーズに進むかが鍵だが、石炭火力への規制は日本にも大きく関わってくる問題でもあり、今後の動向から目が離せない。
The Clean Power Plan Explained by EPA Administrator Gina McCarthy
EPAのジーナ・マッカーシー長官による「クリーンパワープラン」最終版の解説