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緊急提言 【提言2】

—COP21:国際交渉・国内対策はどうあるべきかー


国際環境経済研究所前所長


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<パリでの合意に向けた交渉のあり方>

COP21において重要なのは、米中を含む全ての主要排出国が参加する枠組みを作り、約束草案に盛り込まれた各国の努力を相互検証し、目標達成のための政策の着実な実施を確認することを通じて、相互信頼が醸成されるような持続可能なプレッジ&レビューの仕組みを構築することである。そのための前提条件は、データの信頼性である。ところが、中国やインドの温室効果ガス排出に関する公式データは、10年遅れになっており、特に中国については、最近の石炭統計の訂正で、排出量の巨大な誤差脱漏(年間2億数千万トン、わずか3年間分で日本一国の排出量の半分)が明らかになった※4。各国の公式データそのものに疑惑があれば相互の信頼感が生まれるはずがない。まず何よりも、主要排出国がきちんと精度の高いデータを収集し、公表する体制を整えることが「基本中の基本」である。プレッジ&レビューを実効有らしめるためにはMRV(測定、報告、検証)という基礎インフラの設計が不可欠なのだ。その際、後述のセクター別アプローチ(提言4)を活用しつつ、セクター別のデータを整え、効果的、効率的な排出削減の進め方を明らかにすることも重要である。
プレッジ&レビューにおいて本質的に重要なのは、対策が実行され、確実に削減効果をあげることであって、経済成長率やエネルギー価格等、様々な変数や外的事情の影響を受ける従属変数である数値目標の達成(基準年からの削減率)そのものではない。京都議定書のような数値目標至上主義の枠組みでは、第一約束期間におけるカナダのように目標達成の目途が立たない国は枠組から離脱することになるし、そもそも削減目標が義務的なものであったとすると、初めから達成容易な低めの数値目標を、出すことが合理的になり、結果的に目標の野心レベルが低下することにも繋がる。
目標数値の大小や横並び比較にこだわるのも時代錯誤だ。日本の2030年目標の検討に際しては、「欧米に遜色ない目標数値を出さないと国際交渉でもたない」「野心的な目標を出して国際交渉をリードするべき」といった議論が良く聞かれたが、これは先進国の削減目標が主要な交渉テーマであった京都議定書時代の発想と言わざるを得ない。もとより、日本として「欧米に遜色ない削減努力」を行うことは当然である。しかし、これは「欧米と同じレベルの削減率」を意味するものではない。2009年前半、麻生内閣の下で2020年の中期目標を検討していた際には、削減率だけを比較していた京都議定書交渉の苦い教訓を踏まえ、「努力の公平性」に留意した議論が行われていた※5。にもかかわらず、今ふたたび、「欧米に遜色ない目標数値」というのは先祖がえりの議論である。
日本の約束草案が示した、2013年比26%減という削減目標は、エネルギー安全保障、エネルギーコスト削減、温暖化防止という3つの要請のぎりぎりのバランスを取りつつ、裏づけのある対策・施策や技術を緻密に積み上げて策定されたものである。総発電電力量に占める原子力と再生可能エネルギーの発電電力量に占めるシェアを、それぞれ20~22%、22~24%とし、非対策ケースに比してエネルギー消費を17%削減するという、第1次石油危機直後並みの高い省エネを前提としており、実現可能性に対して多くの懸念も示されているハードルの高い目標だ。
一方で米国の2005年比2025年に26~28%減目標はこのような積み上げを経たものではなく、その対策の内訳もあきらかになっていない※6。また前述のとおり、議会共和党からはこの26%目標は「中国に譲りすぎ」との批判を受けている。EUの1990年比40%減目標は、土地利用・森林吸収による削減分4%をカウントしており、現在の施策をそのまま継続するだけで32%減に達するとの見通しを加味すれば、36%までは追加的な努力なしに達成できることになる※7。さらに過去の目標を「超過達成」することで発生した余剰排出権を2020年以降に繰り越せば、ハードルは一層低くなる。今後新たに取り組む努力の度合いは決して高いものではない。
一方、省エネが相当程度進展している日本の掲げた目標の限界削減費用(CO2削減において最後の1トンを削減するのにかかる費用)は、米国やEUに比してはるかに高い。図表2に示す地球環境産業技術機構(RITE)の分析では、今回政府が提示した2013年比26%削減目標の限界削減費用はトン当たり380ドルとされており、EU(160ドル)や米国(60-70ドル)を大幅に上回る。「欧米に遜色ある」どころか、実態は「はるかに野心的な目標」なのである。卑下する必要は全くない。欧米に比べれば、日本の約束草案は目標策定に至るプロセスの緻密さや野心レベルの高さを含めて国際的に誇ってよいのである。

※4
「中国のCO2 排出ピークは従来想定よりその頂点は高く、ピークアウト前倒しの議論は時期尚早」堀井伸浩九州大学大学院経済学研究院 准教授 http://ieei.or.jp/2015/03/opinion150331/
※5
「努力の公平性」を図る指標の一つとして、各国の限界削減費用の均等化が提唱されていた。
※6
米国商工会議所21 世紀エネルギー政策研究所は、米国が発表している石炭火力発電への規制や自動車燃費規制など、既発表の政策を全て積み上げても26% 削減は積みあがらないとの分析レポートを発表している。(” Mind the Gap: The Obama Administration’ s International Climate Pledge Doesn’ tAdd Up” Institute for 21st Century Energy(2015.5)
http://www.energyxxi.org/mind-gap-obama-administrations-international-climate-pledge-doesnt-add
※7
EU が条約事務局に提出した約束草案には土地利用、森林吸収源が含まれているが、欧州の環境シンクタンクEcofys はこれらの貢献分を90 年比4%程度と試算している。また40%目標を提案するに当たって欧州委員会が作成したワーキングペーパーでは現在の政策を継続した場合の2030 年の削減幅を90 年比32%減と見積もっている。
http://www4.unfccc.int/submissions/INDC/Published%20Documents/Latvia/1/LV-03-06-EU%20INDC.pdf#search=’eu+intended+nationally+determined+contribution
http://www.ecofys.com/en/publications/climate-action-tracker-policy-brief-february-2015/
http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52014DC0015&from=EN
また、Ecofys・ポツダム気候研究所(PIK)等の連名による“Has the EU Commission weakened its climate proposal? Possibly” はLULUCF 吸収分を目標の内数に入れていることを批判している。
http://climateactiontracker.org/news/187/Has-the-EU-Commission-weakened-its-climateproposal-Possibly.html


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