オバマが石炭への戦争を仕掛けられるわけ
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
◎本稿は、IEEI理事・常葉大学経営学部教授の山本隆三氏と共同執筆したものです。
オバマ大統領の指示により、環境保護庁が既存と新規の石炭火力発電所に対する二酸化炭素排出量の厳しい規制を実施することになった。米国内では「電気料金の上昇を招く」、「雇用への影響がある」と反対の声も強く、実際に規制が実施されるまでには紆余曲折が予想されるが、大統領が伝統的民主党支持層の労働組合などの意向に反してまで、「石炭への戦争」を仕掛けるには、理由がある。
まず、あげられるのはシェール革命による天然ガスの生産増と、価格の下落だ。シェールガス生産は米国の天然ガス生産の40%を占めるまでになり、米国はロシアを抜き世界一の天然ガス生産国になった。天然ガス価格も大きく下落し、産炭地を除けば固体ゆえに輸送費の高い石炭と競争可能になった。このため、産炭地以外の多くの州の石炭火力で天然ガスへの燃料転換が行われた。図-1の通りだ。結果、米国の発電に占める石炭の比率は50%から40%まで低下した。オバマは石炭火力をさらに天然ガスに切り替え可能と考えたのだろう。
Energy Information Administration(EIA)は、シェールガスを含む米国エネルギー需給の長期見通しに関する年次報告書を公表しているが、米国におけるシェールガス生産の拡大は2040年に向けて継続する見通しである。シェールガスは、米国のエネルギー安全保障を強化し足元を固め、CO2排出の多い石炭や石油の代替エネルギーとして、また再生可能エネルギーとともに低炭素電源として、今後さらに重要性が増していくと位置づけている。
オバマの石炭への戦争に関しては、産炭州においては大きな反発を招いている。特に、石炭が主要産業であるケンタッキー州、ウエストバージニア州では共和党は無論のこと、民主党からも大きな反発がある。米国は中国に次ぐ世界第2位の産炭国だ。年間10億トン近い生産を行っている。坑内掘りが多いケンタッキー州の炭鉱夫数は2万名を超え、ウエストバージニア州でも1万人を超えている。しかし、機械化が進んだこともあり、かつて数十万人いた全米の炭鉱夫数は8万人にまで減少している。
シェールガス業界の直接雇用は、12年段階でも35万人で、間接雇用は175万人だ。全米で考えれば、石炭とシェールガス、どちらが票になるか、結果は明らかだ。一部州の反発を受けても、石炭消費を減少させ気候変動対策を進められるとオバマが考えるのも無理はない。
オバマ政権において、医療保険改革、移民問題、イランの核問題、刑事司法制度改革など国内外の問題が山積する中、もっとも重要視しているのが、気候変動対策だという見方は現地でも強い。「オバマは歴代の大統領の中でもグリーン志向が極めて強い。残りの任期が2年をきったオバマがレガシー(遺産)を残すべく、気候変動対策は脱石炭を中心とした政策にして、石炭火力への規制を一層強化している」という声が米商工会議所やシンクタンクから聞かれた。
米国の景気は回復し、失業率が改善してきているのにもかかわらず、「リーダーシップの欠如」「決められない政治」などと揶揄され、第二次政権スタート後からオバマ大統領の支持率は低迷している状況である。「Yes, We Can」「Change」を合い言葉に勝利し、2009年1月米国初のアフリカ系大統領として世界に注目されてホワイトハウス入りした当時の面影はもはやない。2016年に任期が終わるオバマ大統領にとって、石炭業界をはるかに上回る、シェールガス業界の雇用の増大と長期的なシェールガス増産の見通しは気候変動対策を進めるうえで非常に有利であり、「石炭への戦争」をしかけることでリーダーシップを発揮し、自らのレガシーを残すことができると見込んだのだろう。