自主的取り組みの経済理論
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
2030年に向けての日本の温暖化対策はどうあるべきか。日本では、エネルギー価格は既に高く、また省エネ法は一巡しており、今後の政策強化は「政府の失敗」をもたらす恐れがある。従って、更なる温暖化対策としては、自主的取組みが重要だ。
1.一般論: 「市場の失敗」と政策のあり方
単に市場任せだと、CO2が問題になる。これを経済学で「市場の失敗」という。そこで政策介入が必要になる。処方の第1は、エネルギー価格を上げることだ。ただし価格に対して消費者は合理的に行動しないことが、行動経済学で知られている。そこで処方の第2として、省エネ法で、合理的な行動を促す注1)。
省エネ法というと、「規制だからコスト増要因」かと云えば、これは違う。省エネ法は、エネルギー消費者を合理的行動に誘導し、コスト減をもたらす。省エネ法の目的には、「合理化を進め、国民経済の健全な発展に寄与」することが明記してある注2)。
2.日本では「政策は飽和」している
さて日本の現状はと言えば、エネルギー価格は世界で最も高い。
またエネルギー効率も高い(図)。これは、省エネ法の整備が進んでいることの反映だ。
この図はドイツ・英国・フランスを代表する研究者の合作であり、IEAやIMFなどの公開データに基づいている。誰がどう見ても、日本は最もエネルギー価格が高く、省エネも進んでいることを、この図は語っている。なお彼らは、EUはもっと努力出来る筈だという主張の裏付けとしてこの図を作成したが、企らずも、日本が最先端であることを示す結果となった。(情報源:ウェブ上の公開資料はNeuhoff (2014) 、書籍版はGrubb, Hourcade and Neuhoff(2014))
3.「政府の失敗」に要注意
この日本の状況で更に税を課したり、規制を強化したりするには、慎重を要する。エネルギー価格が更に上がり、また規制が過剰になる。すると、経済を大きく損なう割には、CO2はあまり減らない。これを経済学で「政府の失敗」という。
4.自主的取り組みの役割
このように、「政策が飽和」した状況において、自主的取り組みが威力を発揮する。省エネ法等の規制は普遍的なので、それを遵守するだけでは、個々の企業は合理化を尽くすことはできない。だが自主的取り組みによって、企業は、規制を超えて、さらに極限まで合理化を出来る。
業界団体は、企業間の省エネに関する情報交換を促進し、また、どこまで省エネができるかという共通の期待を高めることで、企業の省エネの後押しをする(具体的な事例集はこちら)。このような業界団体がもともと「制度的なインフラ」として存在することは、日本特有の利点であり、フォローアップと呼ぶPDCAサイクルで実効性が高まっている。(経団連自主行動計画についての評価はこちら)
- 注1)
- 例えば安くて燃費の悪い車と、高くて燃費の良い車があるとき、消費者は安物を買って銭失いをするという、不合理な行動をする傾向がある。政府が規制で燃費の悪い車を排除することで、消費者は合理的な行動をすることが出来る。省エネ法はこのように機能する。
- 注2)
- 省エネ法の概要はこちら。(省エネ法の目的はp2に掲載あり)