リスク恐れず原子力政策に挑め
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
(産経新聞「正論」からの転載:2014年12月4日付)
いま日本に必要なのは、どういう人材か。一言で言えば、「リスクを取る」人物だ。
長く続いたデフレ経済の中で、リスクを取って新事業を始めても、売り上げ拡大は期待できない。投資しても報われないから、安定的な金融商品から離れない。結果、経済は縮み志向になる。
政治も同じだ。リスクよりも安定を求める世間の風を感じ取って、世俗的人気を失いそうな政策からは距離を置いてきた。公益実現のためなら複雑な利害調整にも積極的に取り組むような政治家は消えた。落選リスクを取ってでも困難な政策課題にチャレンジする「ステーツマン」はいない。
≪待ったなしのエネルギー政策≫
官僚は、世間のご機嫌を伺いながら仕事をする政治家ばかりが「政治主導」を進めたのだから、やる気を失うか、お追従するかの選択しか残らない。理にはかなうが、世論受けしないきまじめな解決案を政治家に振りつけることなど、左遷リスクを負ってまでする気は起きない。
その結果、長年、放置されてきた不況、財政赤字、安全保障問題など、国の存立にかかわるような政策課題の多くが、待ったなしの局面を迎えている。これらの問題を真摯に解決するためにはどんな政治的リスクでも引き受けるという、肚のすわった政治家が必要なのだ。今回の衆議院選挙では、こうした政治家に1票入れたい。
エネルギー政策はそうした問題の1つだ。エネルギーは経済活動や日常生活の必需品である。中でも電力は、それ自体が必需品であるばかりか、水や石油製品といった必需品を供給するインフラを機能させるのに必要なエネルギーであり、インフラ中のインフラだ。
電力については、温暖化などの環境問題に配慮しつつも、とにかく低廉かつ安定的な供給を確保しなければ話が始まらない。原子力を含め、化石燃料や再生可能エネルギーなどをどのようなバランスで電源を確保していくのか。電源の確保は一朝一夕には不可能だ。立地や建設に時間がかかることを前提に、中長期的な視点に立って計画を策定する必要がある。
≪政治的人気取りの道具に≫
このとき大事なことは、価値中立的に検討することだ。なぜならエネルギー確保は国民が生きていくための手段であり、それ自体が目的ではないからである。将来の不測の事態に備えて、どの電源をどの程度、どのくらいのコストをかけて準備していけばよいのかを合理的に試算することが重要だ。
ところが、東京電力福島第1原子力発電所の事故以来、原子力は「悪の権化」、再生可能エネルギーは「正義の味方」といった倫理的な価値観をもって語られることが続いている。また、原子力を推進し、再生可能エネルギーの導入には消極的に見える電力会社は「悪の代表」であり、地域独占の上にあぐらをかいて競争も不十分だというイメージも形成された。
こうした世論が優勢だと見るや、政治やメディアは競って原子力や電力会社に掣肘を加えるという態度を取り始める。政治家は、発送電分離などの電力自由化や再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度といった、世俗的な人気を博した政策を推進することに熱心で、それぞれが孕む問題点を洗い出して対応策を練るための検討が十分行われたとはいえない。
福島第1原子力発電所事故以降のエネルギー政策は、イデオロギー論争や政治的人気取りの場と化してしまったとの印象が拭えないのである。
≪世論にすり寄る政治家たち≫
その中で、原子力政策をどうするかだけが後回しにされてきた。本来は電力自由化や再生可能エネルギー導入促進政策などと同時並行的に、総合的な検討対象とすべきものだ。しかし、民主党政権下では、「脱原発」というそれ自体を目的とするかのような思考停止の状態で終わり、自公政権になっても電力自由化議論が先行し、最近ようやく原子力政策議論がキャッチアップしてきたところだ。
原子力政策は足元の再稼働問題のみならず、中長期的な技術・人材の維持や設備の更新問題、最終処分を含む核燃料サイクル問題、最適な安全規制のあり方など課題山積だ。世論調査をすれば、半数以上の人々が否定的反応を示すような要素を含む問題ばかりが、未検討のまま積み残されている。
こうした世論にすり寄って、反対、否定の評論家的言動だけを繰り返していさえすれば、自らの落選リスクは避けられるかもしれない。しかしそうした政治家の行動が、日本経済や国民生活全体をエネルギーの量的不足や価格高騰のリスクに晒すこととなるのだ。
今の日本では、原子力政策に関する未解決の課題解決に乗り出すことは、政治家にとって自らの政治的資産を脅かすことになるのは間違いない。しかしこれからは、リスクを取った政治家こそが選挙民の信頼を得ることができ、政治的資産を積み増せるような日本にすべきである。解決困難な課題に果敢に挑戦する候補者は、あなたの選挙区にいるだろうか。
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