CO2削減の「イノベーション・シナリオ」
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
技術革新への洞察を深めることで、現実的な、イノベーションによるCO2削減シナリオが見えてくる: 革新的技術は、イノベーション・エコシステム(技術の生態系)から生まれる。これを育むには経済成長が不可欠で、日本のエネルギーは安くなければならない。
1 稚拙なIPCCシナリオ
温暖化問題の解決のカギは技術革新である。
だがIPCCのシナリオ注1)では、技術革新の扱いは稚拙だ: 技術の仕様やコストは、現時点での予測に基づいている。或いは、単に生産量が増えれば安くなると想定している。いずれも不確かで、2050年、2100年という遠い将来まで的中する筈が無い。
問題の根源: 技術革新は本質的に不可知だ。
だから、無理やりに既知の技術でシナリオを描くと稚拙になるのだ。IPCCの2度目標達成シナリオは、「世界全体で一致協力して、高コストを厭わずバイオエネルギーとCCSを大規模に普及させる」としているが、これは実現可能性が全くない。荒唐無稽だ。
2 ICT革命@2030を思い描く
では、実際のところ、今後の技術はどうなるか? もっとも動きが大きいのは、ICTであろう。過去15年、インターネットによって、雑誌は減り、本屋が消えた。これからの15年は、更にICT革命が加速する。ウェアラブル、ロボット等だ。人工知能は、言語処理や判断など、人間の知識労働をも置き換える。生産から生活まで、経済の全てが変わる。これに連れて、エネルギー消費もCO2も激変する。
以下、予言は必ず外れることを承知で注2)、諸文献から、将来のイメージを掴んでみよう。何れも技術的には既に開発されつつあり、一部は既に実現している:
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[運輸部門]
自動車は100年に1度の変化をする。自動運転、無人運転だ。トラックは高速道路から順に無人運転になる。乗用車は無人化でEVが有利になる。EVタクシーが普及し、車の保有は激減する。交通事故と渋滞は消滅する注3)。
[業務部門]
オフィスはどうか。コールセンターは機械に代わる。法務など、知識集約的な仕事も人工知能が取って代わる。1人での座業は家庭に移る。打ち合わせも多くはネットになる。オフィスでは、個人の机は消えて、打ち合わせスペースだけが残る注4)。
学校の授業は家庭にネット配信され、学校では宿題を個別指導する。つまり今と逆転する注5)。やがて大半がネットになる注6)。
病院では、まず看護師と人工知能が診察をする。医者は、それを確認し、患者と対話することに特化する。次いで遠隔診断、無人診察も普及する注7)。
物流・小売りは変わり続ける。過去15年、アマゾンやセブンイレブンが伸び、家電量販店は消えた。ネット販売、コンビニ、ディスカウントストア等が再編され続ける注8)。
レストランはどうか。機械の作る食事が増える。家庭料理が減り、食事の宅配が増える。
[家庭部門]
スマートフォンやグーグルグラスがさらに進化したウェアラブルが家電と連動し、老人は健康に、子供は安全に、生活は快適になる注9)。
[産業部門]
これまで労働集約的だった工場が、知識集約的・設備集約的になる。この結果、人件費の安い途上国から、インフラや企業集積のある日本へ、工場立地が回帰する注10)。
[経済と余暇]
ICT革命で富は増大し、人々は、レストランで、家庭料理で、美容院で、整体院で、自然公園で、旅行で、コンサートで、リアルな体験を楽しむ。現在の雇用の半分は機械にとって代わられる注11)。だがリアルな体験のための雇用が生まれ、経済は成長する注12)。
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さて、以上のような変化が表層の観察だとすると、その深層にある原理は何か?
- 注1)
- IPCCのシナリオについて、詳しくはこちら
- 注2)
- 参考:ガードナー著「専門家の予測はサルにも劣る」
- 注3)
- 詳しくは鶴原他著「自動運転」。
- 注4)
- 詳しくはオフィスビル研究所著「オフィスビル2030」。
- 注5)
- 英語圏では既に実現している:詳しくはブリニョルフソン他著「機械との競争」
- 注6)
- 既に無料のネット授業は多い。「無料授業 ネット」でググるとヒットする。
- 注7)
- 詳しくは、モス著 「MITメディアラボ」
- 注8)
- 参考:ストーン著 ジェフ・ベソス「限りなき野望」、朝永「セブン&アイ 9兆円企業の秘密」、山田順著「出版大崩壊」
- 注9)
- 詳しくは、スコーブル他著、「コンテキストの時代」
- 注10)
- なお産業部門では、エネルギー集約産業(電力、鉄、セメント)は例外的で、他産業に比べると、変化は少ないだろう。既に設備集約的で、技術が成熟しているからだ。
- 注11)
- 詳しくは、オックスフォード あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」
- 注12)
- 米国ではこれが実際におきた。詳しくは、モレッティ著 “年収は「住むところ」で決まる: 雇用とイノベーションの都市経済学”